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プロジェクトXが映画化」記事へのコメント

  •  株価よりも、政治騒動よりも、このような「元気だそうよ」的な企画が映画になってしまうところに平成不況の深刻さを感じる。
    • 同感です。

      ただし深刻な不況だけでなく、世界の中で日本の置かれている状況も原因のような気がします。将来が不透明、あるいは今後の成長が全く期待できない状況で、過去の充実感あふれる成功体験を回顧し、もう一度ああいう風になりたい、なれたらいいなぁ、と末期的なノスタルジーに浸っているのではないかと。
      • 日本人の話しかネタにならないのは、 「オレたち日本人はこんなに優秀なはずなんだからガンバレ、やればできる」 ということを言いたいからなのでしょうか。

        でも、「人間はこんなに優秀なんだ」と言っても励みにならないのに、 「日本人はこんなに優秀なんだ」と言ったら励みになる、 というのも変な話ですね。

        • by sou (883) on 2002年02月25日 17時18分 (#66421)
          人類でなくて日本人にクローズアップする理由には、
          おじーちゃん&おばーちゃんから自分たちが生まれ、子供につながっていく綿々たる伝播/継承の再認識の喚起も含まれている気がします。
          自分のぶらさがる木構造が未来に目を向ければ人類という方向で収束するのかも知れませんが、過去を見れば「先人」となり得るのはやっぱり日本人なのかなぁと。

          まぁ制作側の意図はともかくとして、私の周りでプロジェクトXが好きな人を見て思うのはそんな所。その人たちはもっぱらそろそろ受け渡す側ですが。
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          • by kubota (64) on 2002年02月25日 19時35分 (#66467) ホームページ 日記

            伝播/継承、というのは、「おじーちゃん&おばーちゃんから自分たちが生まれ」というような血縁だけじゃなくて、知識とか経験とか、ものの考え方とかも含んでいるのですよね? (でないと、「血縁」集団として「日本人」は大きすぎ(ほとんどの日本人は自分にとってあかの他人)。たしかに、たいていの日本人の場合、自分の属する血縁集団は日本人の中だけで完結しているだろうけど、それを言えば、人類の中だけで完結している、とも言えるので、「日本人」という集団を特別扱いする理由にはならないです。

            知識・経験・ものの考え方の伝承、という意味では、現代ではまさしくマスメディアの存在が「日本人」の共同性というものを作り上げていると思うけど、もしそれがなければ、日本人が共通の知識ベースを持つというのは幻想に過ぎないと思います。そして、そのマスメディアについて言えば、別のコメントにあった「グローバル化」によって、「アメリカの価値観の押し付け」ということがまさに行われているわけで、マスメディアを「日本人」のよりどころにすることはもはやできなくなっています。それに、どうせマスメディアというのは一方通行で、sou さんのおっしゃる「伝播・継承」のイメージとはちょっと違うのではないでしょうか。

            さて、では知識や経験やものの考え方の伝播/継承はどのように起こるか、ということを考えたとき、家庭、地域社会、学校、会社、などは具体的な重要性を持っています。とくに会社は、会社内での知識の共有および、会社外への知識の漏洩の防止を、明確な目的意識の下で明示的に行います。多国籍企業の場合、「おまえは外国人だから教えてやらない」なんてことはありません。逆に、「同じ日本人」であっても「おまえはライバル企業だから教えてやらない」というのは普通です。それにあえて反する行動をとって成功した事例(まさしく、いま話題になっている VHS) もありますが、この場合は仕様を全世界に公開したのであり、日本だけに限定などしていません。IBM PC の場合だってそうです。

            つまり、知識の共有される範囲は、家庭のような狭い場合から、全世界という広い場合までいろいろあり、場合によっては「日本」という範囲が選択される場合もあるでしょうが、ほとんどの場合「日本」である、ということはありません。(伝承/継承、という面から「日本」という単位をクローズアップさせる sou さんの考え方はまさしく、伝承/継承はおもに「日本」という単位で行われているのだ、という前提に基づいているのですよね?)

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            • by sou (883) on 2002年02月26日 9時38分 (#66613)
              ご指摘ありがとうございます(_ _)

              日本人、伝承/継承という言葉を適当に使ってしまったと思いますが、この場に於いては、例えば恩師/生徒のような日常生活レベルでの話です。

              人間そのうち死ぬのは仕方ないと思うのですが、後に何も残せないというのはどうしようもなくやるせないワケで、例えば現在の中高齢者を考えた時に、戦後、高度成長期を生き抜く中でひとりひとりに大なり小なり自分のプロジェクトXがあったと思うのですが、プロジェクトXのテーマを日本に絞ってやっているなら、そういう所に意味はあるかな、、と思うのですが、、

              巧くまとめられないのですが、「突撃 隣の晩ご飯」をサクラメントでやると別の番組になってしまう(ある部分が喚起されない)という話。
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              • その番組のことは分からないのですが、たぶん、その「ある部分」ってなに? ということだと思うのです。別の番組で言えば、オリンピックを見て日本人がメダルをとったり、サッカーで日本チームが勝つとうれしい? とか。

                オリンピックだとかサッカーの場合は、誰かを応援したほうがより楽しく見れるんだけど、どうせ全員あかの他人だから、ちょっとでも自分に関係のあるほうを応援しようか、というくらいの気持ちなら、ぼくは理解できます。ですので、「どうせ全員あかの他人」が覆るような条件(たとえば、あの選手は生で見たことがある、とか、握手したことがある、とか、友達の友達だ、とか)だと、「日本人」という条件はたちどころに優先順位が落ちてしまうはずです。

                ちょっとオフトピでしたでしょうか...

                恩師/生徒とか、「後に何かを残す」ということで言うなら、大多数の人にとって、「日本」という範囲は大きすぎるのではないかと思います。大多数の人にとって、自分が「後に何かを残す」ときの「後」とは、具体的には、もっと小さな地域社会や、学校・企業のような組織なのではないでしょうか。「日本」に何かを残すのは、政治家とかくらいのものでしょうか。(芸術家・作家・科学者・技術者などのなかで優秀な人は、「世界」に何かを残すことでしょう。ぼくも、日曜プログラマとしてオープンソースの分野で「世界」に何かを残せたらと思っています)。

                ただ、NHK は日本全国に放送するわけで、そのときに「おらが村」のことだけを延々と話題にし続けることはできない。というわけで、あかの他人のプロジェクトの話を、視聴者ひとりひとりの自分自身のプロジェクトに重ね合わせて見て下さいね、というのはありえる話です。ただ、もしそうなら、あかの他人のプロジェクトは日本国内の話でなくてもいいはず。

                すみません、また10行を越えました。

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