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暴力的なゲームよりもヒーローものゲームで子どもの攻撃性が増加」記事へのコメント

  • 悪人を演じる時は「俺は悪いヤツだ」という自覚の上でやっているから「普段はしない」という風に考えられるが、
    ヒーローの場合は「普段もしても良い」という風になってしまうのかも知れない。

    ゲームの中では、ヒーローも悪役も「相手をぶちのめす」ことしかしないからなぁ。
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    「なんとかインチキできんのか?」
    • バイオハザードとかディノクライシスなんかだと暴力的ゲームになるんだろうか、それともヒーローゲームになるんだろうか?まあいずれも敵は人間ではないバケモンですけど・・・(バイオの敵はは元人間ですが)

      ヒーローゲームで暴力性が増加する、なんて結論だとまたまたいっそうヒーロー番組への風当たりが強まりそうですね。どうする東映、なんと答える宮内洋?
      • by Anonymous Coward
        >ヒーローゲームで暴力性が増加する、なんて結論だとまたまたいっそうヒーロー番組への風当たりが強まりそうですね。どうする東映、なんと答える宮内洋?

        だからですか。今のヒーローは変に苦悩して見る側が全然すっきりしないのは。
        • by Anonymous Coward on 2005年01月08日 15時32分 (#675713)
          >今のヒーローは変に苦悩して見る側が全然すっきりしない

          でも結局は怪人を必殺技でやっつけてしまう。そんな破壊のカタルシスがある以上本質的には変わらないと思うです。大人にすれば主人公の苦悩がストーリーを深めているように感じても子供にとってはスッキリしないだけで、だから結局は敵倒すんでしょ?さっさと派手にブチかましてくれよ!ってかんじになるのではないのかな?最近のライダーより戦隊の方が人気あるってのはまさにそこにあるんではないかと思うのです。

          結局のところいかにアレンジを加えても勧善懲悪の基本フォーマットをこえきれないと思うのです。グロンギもアンノウンもミラーモンスターも単純にとらえれば悪でしかなかったと思うし、ライダー同士が殺し合ってもライダー自身が怪人だったりして「絶対正義」を否定してもそれが「暴力による問題解決」を否定するまでに到ってない。だからといってウルトラマンが真っ白真面目光線使って怪獣を改心させるのでは戦闘シーンがただの茶番にしかならない。

          そもそも私は勧善懲悪を否定はしません。むしろ一つの精神段階として勧善懲悪的世界観はあっていいと思うんですよね。だからもっと真っ正面から勧善懲悪を描いていいと思う。そもそも幼稚園や小学生の段階で完全な人間性を求めるのはまだ早い。発達途上なんだし、発達には段階があるのだから。

          ゲームやアニメやドラマで攻撃性が高まるとしてもそれだけを取り上げて問題視するほうが問題で、たったひとつの食品で全ての栄養をまかなおうとするようなものでしょう。他の手段で補えばいいと思いますよ。

          昔の人は子供のころに戦争ごっこをやっていた。それとゲームやテレビで闘いを疑似体験するのとどっちが悪か。ゲームやテレビは本人に肉体的痛みを伴わないという問題はあるかもしれない。そのかわり戦略的思考や状況判断力、情報処理能力を向上させられるかもしれない。直接的な肉体的痛みや人間関係を憶えさせたいならスポーツをやらせて補うこともできる。そもそもゲームは一人遊びだから人間関係が学べないとかいう非難そのものが的を得ていない。遊びのテーマが違うのだから当たり前だ。しかしそのことは、ゲームやテレビを全面否定することにはならない。
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          • by gendohki (16311) on 2005年01月09日 1時19分 (#675951)
            >昔の人は子供のころに戦争ごっこをやっていた。それとゲームやテレビで闘いを疑似体験するのとどっちが悪か。ゲームやテレビは本人に肉体的痛みを伴わないという問題はあるかもしれない。そのかわり戦略的思考や状況判断力、情報処理能力を向上させられるかもしれない。

             戦争ごっことテレビゲームの戦争モノとの決定的な違いは、「セーブしたところからやり直せるかどうか」だと思うのです。
             将棋や囲碁の感想戦は、覆せない結果が出てからやり直してますが、
            ゲームでは結果を変えることが可能なのため、失敗した時にそこからリカバリーする能力というか根性が育たない可能性があります。

             いわゆるネトゲーはそういうことが出来ないから、子供にやらせるんだったらネトゲーなのかも知れない。
             それはそれで子供はブチ切れるとは思うけれど。
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            「なんとかインチキできんのか?」
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            • by N'gatt (9815) on 2005年01月10日 0時45分 (#676307) 日記
              いえ、戦争ごっこでは…
              「や、やられたぁ~…」
              「よし、次は…」
              「と見せかけて!」
              「うお!」
              ってのがあるから、そんなに厳密に区別はできんですよ。

              戦争ごっこよりむしろ殴り合いの喧嘩があったということの方が、健全な子供を育てる上で重要だったんじゃないかなあ。あとは膝小僧をすりむいたりする肉体的なダメージ。

              テレビゲームでは肉体的な暴力まで発展しないじゃないですか。一つには、憎い相手を倒すには画面の中に集中するしかないから。もう一つには、子供がテレビゲームをする環境ってたいがいは屋内だから、親の一人もいるはずでつかみ合いになる前に止めに入る。

              空き地や路地裏で親の目を盗んで遊んでいた子供たちには肉体的な痛みが常に伴っていましたよね。こけたり、ひっかけたり、殴り合ったり。そうすると傷つけられた相手の痛みが実感として想像できるようになって、それが一番の抑止効果になったんだと…思いますけど。

              ちなみに私の場合は小学校3年生くらいで暴力をふるうことが心底厭になりました。ただどうしても力に頼らざるを得ないことも、その後2度ほどありました。その時はどうしようもなく厭な気分でしたね。
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              • by gendohki (16311) on 2005年01月10日 16時48分 (#676557)
                675713 [srad.jp]で戦争ごっこがあったんで、その返事なんであぁいう比較になってます。

                >「や、やられたぁ~…」
                >「よし、次は…」
                >「と見せかけて!」
                >「うお!」

                 それは、やられた=苦境に立たされた方にとっては、それなりの学習になると思うので一概に「違う」とは言い切れないかも。
                 例えばゲームだったら、その瞬間リセットしてやりなおせちゃうのでね。

                >戦争ごっこよりむしろ殴り合いの喧嘩があったということの方が、健全な子供を育てる上で重要だったんじゃないかなあ。

                「(幼稚園の時に)砂場で学んだ事だけで世の中渡っていける」
                みたいなことを西原理恵子がマンガに描いてましたね。
                確かに力一杯やった所で大怪我までで済む子供のウチに加減を覚えておくのは必要なのかも知れません。

                ケガした時の事を親は心配してしまうけれど、
                実際小学校の時、遊びの最中に三針縫うケガして帰ってきた人間としては「そりゃ心配するだろう」と思うけども。
                それでも「死ななければ良し」くらいの開き直りを親はしないといけないのかも知れません。
                #極論なのは重々承知。

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                「なんとかインチキできんのか?」
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              • by Anonymous Coward
                >>戦争ごっこよりむしろ殴り合いの喧嘩があったということの方が、
                >>健全な子供を育てる上で重要だったんじゃないかなあ。
                不意打ちと目つぶしが極めて効果的な攻撃法だというのは子供の頃に学びました。

                >確かに力一杯やった所で大怪我までで済む子供のウチに加減を覚えておくのは
                >必要なの
              • by N'gatt (9815) on 2005年01月10日 23時33分 (#676730) 日記
                #んー、ごめんなさい。正直、gendohkiさんのご意見がいまいち飲み込めてないんです。

                > 例えばゲームだったら、その瞬間リセットしてやりなおせちゃうのでね。

                ええ。でもそれは戦争ごっこでも一緒ですよ。

                私の例えが悪かったかも知れませんが、私が言いたいのは、戦争ごっこでの「死亡」というのは当然バーチャルなもので、それはゲームの「死亡」と実は大差がないということです。
                #卑怯なことが有効だった、と言いたいわけではないです。
                #いえもちろん、いろいろソレで悟りましたけどね。(^^;

                戦争ごっこによる「死亡」は基本的には紳士協定です。明らかに相手に「撃たれた」状況に陥ったら潔く死ぬというルールなわけですが、ルールに従いたくなければ、必ずしも従う必要はありません。
                #たいてい口喧嘩に発展しますが(^^;

                テレビゲームもそうで、リセットしてやり直すというのは本来のゲームの遊び方から若干逸脱しています。例えばカードゲームや囲碁にもリセットはあります(一般に「待ったを掛ける」と呼ばれます)。ゲームというのは、与えられたルールの中で楽しむのが本来ですから、リセットというのは要するにプレイヤーのワガママです。そしてそれは、「撃たれた筈なのに死にたくない」子供たちと同じ原理に基づいています。

                一方、肉体へのダメージはバーチャルではありませんから、殴り合ったり引っ掻き合ったりした傷の痛みは現実として残り、取り返しがつきません。だからこそ学習効果が高いわけです。たぶん。

                > それでも「死ななければ良し」くらいの開き直りを親はしないといけないのかも知れません。

                私の意見もそれに近いです。加えて、「他人様に迷惑を掛けたら謝罪する」ことさえ教育できれば、まず親として合格だと思います。
                親コメント
              • by gendohki (16311) on 2005年01月11日 0時42分 (#676778)
                >> 例えばゲームだったら、その瞬間リセットしてやりなおせちゃうのでね。
                >
                >ええ。でもそれは戦争ごっこでも一緒ですよ。

                 AとかBとか言うの面倒なんで、
                 私gendohkiとN'gattさんが戦争ごっこやったとします。

                 で、

                1. gendohkiがN'gattさんに撃たれた。
                2. 勝ち誇ったN'gattさんが後をむいた。
                3. それを良いことに「ふはは、お守りに当たったのだよ」と復活して、N'gattさんを撃つgendohki。

                 というシチュエーションになったとします。

                 この時、N'gattさんの中で「このやろう、卑怯だ」ってのが出ると思うんですが、
                 そうっなったN'gattさんはこの状況をリセットする手段は特に無いと思うんですね。
                 もちろん同じ手を使ってgendohkiを撃つと言う手はありますが、まぁ何度か繰り返したら喧嘩になるでしょう(笑)。

                 さて。
                 その結果(喧嘩に発展)について、gendohkiとN'gattさんはリセットできるか?っていうと、出来ないワケです。
                 それで「じゃぁ、どうしましょう?」となって、例えば謝るとか、とことん殴り合うとか色々出てくると。
                 私はごっこ遊びはそこまでがセットだと思うわけです。

                 これがCPU相手だと、リセットした所で文句言われるでもなく、
                 CPUの卑怯な手(シナリオ)を喰らったところでリセットしてやり直しがあっさり出来てしまう。
                 強いて言えば、時間が無駄になったくらいで。それはあんまりダメージになりにくい。
                 イコール、ある意味学ばないで済むものが出来てしまうと。

                 なので、

                >リセットというのは要するにプレイヤーのワガママです。

                 ワガママやらかした時に、喧嘩になるかならないか、
                 またそのことで社交性を養う可能性があるか無いか?
                 と、そんな違いがあるんじゃないかと思うのです。

                 といった感じなんですが、どうでしょう?
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                「なんとかインチキできんのか?」
                親コメント
              • by N'gatt (9815) on 2005年01月11日 0時54分 (#676783) 日記
                > といった感じなんですが、どうでしょう?

                はいはい、ばっちり分かりました。同意します。
                (#675951)の

                > いわゆるネトゲーはそういうことが出来ないから、子供にやらせるんだったらネトゲーなのかも知れない。

                これは、
                ネットゲームだと相手はCPUではないから、まだ多少は社会性(というか相手の融通を聞かなければならない、という常識)が身に付く、という話ですね。

                ただやっぱりネットって相手が目に見えないし、ルール違反も「記憶にしか残らない」ですから、できれば友達の家で角突き合わせて格闘ゲームだかシューティングだかで対戦するのがベターなんですけどね。
                #何しろ友達とは明日も明後日も顔をつきあわせるわけで、
                #拗らせたままにできないですから。

                ##ID/ACの話にも通じますねえ。
                親コメント
              • by gendohki (16311) on 2005年01月11日 0時58分 (#676787)
                あと一つ。

                上の例でN'gattさんが素直に死んだ場合、
                他の人が一連の流れを見てて、「gendohki誘うの?あいつ卑怯だよ」みたいな話が出てきてもおかしくない。
                gendohkiとしては次回から遊びに誘ってくれなくなるピンチに見舞われる。

                その時に、gendohkiはそうなった現状をリセットしてやり直しってやっぱり出来ないですよね。
                次のチャンスが与えられた時にその手を使わないとかして、印象アップを図るか、
                その前に何かしらの行動で許しを乞う必要がある。
                #まぁ、指摘されなければまたやると思うけど(苦笑)。

                CPU相手ってやっぱりそういう意味で気楽だと思います。
                そんで、そのCPU相手のノリで人間を相手しようとしちゃう人が時折いらっしゃって困るなぁと。
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                「なんとかインチキできんのか?」
                親コメント

クラックを法規制強化で止められると思ってる奴は頭がおかしい -- あるアレゲ人

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