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嫌いなものは嫌い」記事へのコメント

  • by NyaNya (12681) on 2005年02月22日 23時40分 (#697835) 日記
    「自分が嫌いなものは、自分自身が持つ嫌な面が投影されているから嫌いなんだ」
    ・・・自分が"全く"持っていない面ってのは少ないと思うぞ。
    てことで、これって実はどーとでも取れるんですよねー。


    わたしは信者ですが(ぉぃ

    まぁもっともわたしの場合はちょっと違ってて、
    「自分自身(のある一面)」が嫌いで腹を立ててるのですが。
    てことで、一度イライラし始めると当分収まらないわけで。


    #いつ収まるのかなー(なに
    •  まあ誰にでも多少なり自己愛や支配欲があるわけでして。他人の不快感を感じる(あんまし直接有害でない)行動の強力な属性の1つに理解・共感不能だからというのがありますが、逆に言えば理解不能じゃないけど不快なものは自分にも同じものがあって当然なのです。
       それに加えて、その共感性を見越して「説教されるとウザイなのに平気で説教かますアイツは嫌い」とか考えるという意味でも、同じものがあるから嫌いといえると思われます。あるいは、微細なファウルプレーはそのスポーツを知らない人には分からないみたいなもんでもあるでしょう。

       で、以上は屁理屈ですが、「自分が嫌いなものは、自分自身が持つ嫌な面が投影されているから嫌いなんだ」はユングのアレだと思われます。ユングは心理学的な意味でのコンプレックスという言葉を広めた人でもありますが、これは本来言語連想法で詰まったり連想が飛躍する部分を指して、概念の固まり(complex)があると指したものです。まあつまり、変な反応をするところにはわだかまりがあると。で、それが防衛機制により外部に投影されると病的に嫌いになったりするヨ、と。
       ここでミソなのは病的ってことです。つまり、説教好きや個性的を自称する痛い子とかいうのは、割と普遍的な嫌われキャラです。シャドウとしては弱いです。まあ、これをいきなり磔獄門打ち首にしだしたら病的でしょう。あと、人によっては説教好きなパパが嫌いで避けてたら死に目に会えなくて罪悪感が…!! みたいなプチトラウマストーリーが埋まってやたら説教好きを嫌ってないとも限りません。そんぐらいの話。

      親コメント

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