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究極の目覚まし時計は究極の個人工場から」記事へのコメント

  • 訳文見ました。>タレコミ人さま
    欠けてしまったお気に入りのお皿のその部分だけとか、
    折れて閉まらなくなった電池ケースの蓋とか、
    ひとつだけなくなってしまったネジとか。
    修理に出すより手元で
    --
    =^..^=
    Enjoy Computing, Skiing, as much as Horse Racing.
    • by MIYU (17727) on 2005年04月11日 0時10分 (#721157)
      この記事の題が「究極の目覚まし時計は究極の個人工場から」になった為に、欲しかった目覚まし [srad.jp]とか目覚まし [srad.jp]みたいなツリーで、「自分にとって望ましい目覚まし」のようなコメントが複数出ています。

      例えば、今写真を自分で「印刷」しているように、思った分が手元の工作機械で作れるとしたら、これらはみな形を持った物として存在する事になるかもしれません。もちろん大部分は他の人にはフィットしないでしょうが、そういったものが何万・何十万という単位で登場したら? 今とは確実に違う社会が到来する様に思えます。

      そしてもちろん、「誰かの素晴らしい作品を使う」選択肢も有りだろうと思います。例えば、その作品のライセンスが現在広まりつつある「Creative Commons [creativecommons.jp]」のライセンスだったら?

      > 自分用に形を変えるのにもいいなぁ
      > あとちょっとだけ長かったらいいのに
      > もう少し小さかったらいいのに

      素晴らしい作品を生み出す人達に、きちんと「有り難う」という分が報酬としても届けられる仕組みが出来れば、ばんざいですが … 難しいかな。

      > 修理に出すより手元で作れたら、どれだけいいでしょうね

      物を修理しながら快適に使い続けられる状態は、ぜひ欲しいです。
      というか、現在の価格2万USドルでも、「中学校・高校に1台ずつ」が可能かもしれない。ものを創り出す事が持つ教育効果は高いと思います。学校にはそれらの機械を扱える人材は既に存在しているはずですし、「基礎がないと自由にはなれない」事を子供達が自覚出来るという事だけでも、充分教育的価値は有る様に思えます。

         # 創造性を発揮するのは他の人に任せよう と決心している MIYU
      親コメント

コンピュータは旧約聖書の神に似ている、規則は多く、慈悲は無い -- Joseph Campbell

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