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水からの伝言」記事へのコメント

  • 荒唐無稽な新興宗教に人が群がる理由は、わからなくもない。
    「人は自分が信じたいものを信じる」という法則に従っているだけのことだからだ。
    「信じることで病気が治るなら」という願いが、「信じていれば病気は治る」という信仰に変わる。
    オカルトに傾倒することで財産を巻き上げられ、あるいは「適切な治療」を受ける機会を喪失するのは哀れだが、少なくとも本人には「信じる動機」があるわけだ。

    「伝言」の派生系である「波動水」などの詐欺ビジネスも、同じように「信じたい者が信じる」という構造になっている。
    思い込みの強い人なら、プラシーボ効果が発現して「実際の効能」がみられる可能性すら、あっても不思議ではない。

    しかし、この「伝言」自体は、少々毛色が違う。
    こんなものを信じたくなるほどの「動機」が、そうそうあるとは思えないのだ。

    「良い言葉」で、水の状態が良くなる。
    人の体は、ほとんどが水でできている。
    だから、人の体も「良い言葉」で良い状態になる。

    そんなものを信じて、どうしようというのか。
    目的が、その先の「水ビジネス」にあることなど、一目瞭然ではないか。
    結局、「信じた者」が行き着く先は、詐欺師たちの「獲物」でしかない。

    無垢と言うか、無邪気と言うか。
    それは、愚暗、愚昧の一側面でもある。

    それで「本人」が損をするだけなら、とやかく言うことではない。
    しかし、それを「他人」に押し付けるのは、「害悪」だ。
    それを「善」だと思い込んでいたりすると、さらに始末に負えない。

    その点は、宗教も同じか。
    強引極まる勧誘には、何度も辟易とさせられている。

    ま、要するに、信じるのは勝手だが、他人は巻き込むな、ってことだ。

普通のやつらの下を行け -- バッドノウハウ専門家

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