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「この人」に私の心臓を」記事へのコメント

  • 確か昔、アメリカで難病にかかった少年が、同じ病院で知り合った少女に「自分の心臓をあの少女にあげて欲しい」と母に頼み、結局その少年は亡くなったものの、少年の願いは叶えられ、少女は命を得たというのが話題になったはず。 ちょっと探してみたけど、
    • なんだか、臓器移植そのものに反対する意見も強いことなんか忘れられている、あ るいは意図的に無視しようとしている感じもしますね。

      素朴な疑問ですが、臓器移植って「死」の概念にまで手を付けて実行するほど の大した技術なんでしょうか。

      --
      佐藤亮一 in Frankfurt Germany
      • by Anonymous Coward
        > 「死」の概念にまで手を付けて実行するほどの大した技術

        リンク先の文章を読むと "That's a natural death" とあるので、少なくともこの一件に関しては

        >「死」の概念に手を付けた

        とまでは言えないでしょう。

        > まあ、(生命に関わるほどのではないにしても)病気に
        • > そういう反論の仕方はどうかと。
          > 例えば、貴方が東大批判をして(以下省略)

          かなり無理な反論ですね。東大に入れる人は少ないが、病気にならない人はいませんから。

          • by Anonymous Coward
            > かなり無理な反論ですね。東大に入れる人は少ないが、病気にならない人はいませんから。

            そういう言葉のトリックで自己を正当化するのはいただけませんね。
            貴方は先刻

            > 病気になって入院でもしてみれば考えが変わりますよ。

            とおっしゃったんですよ。
            確かに「病気にならない人」はほとんどいないと思いますが、現在の年齢までに「入院したことがない人」は少なくない(
            • > 貴方はご自分の都合のいいように話をすりかえておられるのです

              なんで? まあ、交通事故で即死とかいうのでない限り、やがて歳を取って病気になるなどで一度や二度は入院すると思うが? それで、入院というのは非常に一般的で、誰でもなる可能性があるのに対し、東大に入学するのは非常に明晰な頭脳と、受験期を迎えた青年だけだから、「東大」と「入院」を同列に扱うのは無理があると思うが。

              > 「病気にならない人」はほとん

              • ところで、入院した人のうち、臓器移植を必要とする人は何割ですか?
                東大受験者のうち合格する率とどっちが高いんだろうなぁ……

                >結局、あなたが無理に考えたたとえ話は、自分自身が納得するには十分だが、さほど説得材料にならないし、逆に無関係な話題に発展しかねないという、逆効果しか無いような。

                鏡打ち。
              • > ところで、入院した人のうち、臓器移植を必要とする人は何割ですか?

                その様な人は実際には極めて少ないとでもおっしゃりたいのでしょうか。こういった資料があります。

                • 腎臓
                  • 献腎移植希望登録をしながら種々の合併症のために年間約600~700人の患者が亡くなっています(1999年は622名)。
                  • 腎臓移植は米国では年間約10,000件、ヨーロッパでは約12,000件行なわれています。
                • 心臓:年間78~254 人の方が心臓移植の適応がありながら亡くなっていると推定されます。
                • 肝臓:年間約2,300人が、肝臓移植の適応でありながら死亡していると推定されます。
                資料は臓器移植ファクトブック2000」 [medi-net.or.jp]より。 ここ [medi-net.or.jp]も参考になりますね。
                親コメント
              • ふむ東大の学生 [u-tokyo.ac.jp]とおんなじくらいはいるのですね。
                親コメント
              • > ところで、入院した人のうち、臓器移植を必要とする人は何割ですか?

                その様な人は実際には極めて少ないとでもおっしゃりたいのでしょうか。こういった資料があります。

                「何割」という割合の問いかけに対して「数」を答えるのは議論の摩り替えでは?

                ざっと調べてみたところでは、総務省統計局 [stat.go.jp]の資料によれは、「2-17 出生・死亡数と婚姻・離婚件数」(なんでExcel...)より、平成12年度の死亡者総数が961,653人、同じく「2-4 年齢各歳別人口(平成12年)」(なんで...以下同文)によれば、18歳人口が1,510,000人。
                Technical Type さんの挙げた数字を元に臓器移植により救えたかもしれない死亡者数が700+250+2300=3250(腎臓、心臓、肝臓以外の疾患でも移植で助かったかもしれない人がいるかもしれないけど、とりあえず)
                東京大学の学部学生・大学院生の入学状況 [u-tokyo.ac.jp]より、学部の入学者総数が3318人(平成13年度)
                これらから、全死亡者数の内移植OKなら助かった可能性のある人が0.34%
                18歳人口に対して、東大へ入学した人の割合が0.22%

                この数字から見て、多少の差はあるけど、お話にならない程(桁が違う程)の差ではない(=統計的に比較例として不適切な程には違わない)。

                親コメント
              • > (=統計的に比較例として不適切な程には違わない)

                東大のたとえは、いわば「おととい来やがれ!」といったニュアンスを含んでいる反論だという解釈もできます。ですからこのたとえはこの議論にはそぐわず、話が脇道に逸れるのです。

                一方、入院に関しては、入院していない人であっても、入院している人を見舞いにいくなどすれば、その人の境遇に配慮を示す事もできます。これは、臓器移植を考える上で関係があります。

                それもあって、入院の話に東大の話で反論するのは、違うのではないか、と思います。

                親コメント
              • 私は、あくまでも「何割」という問いかけに対して「何人」という人数で答えているのを見て、話が違う方向へ行きそうだったから、一つの数字を提示し、また、割合としてはそれ程外れた例ではないと書いたまでです。

                一度死んでしまった人が、別の病因で死にたかったからと言って死に直す事はできないけど、東大に入りかたっけど落ちてしまった人なら、来年もう一度挑戦する事もできます。
                そういう意味でも東大の例話はあまり適切ではないと私も思います。

                親コメント

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