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「この人」に私の心臓を」記事へのコメント

  • 反対 (スコア:1, すばらしい洞察)

    by Anonymous Coward
    提供先については本人の意志を認めるべきでない。 その「意志」が他人に強制されたものでないとなぜ言える?
    • 他人に強制されようが、されまいが、それが本人、或いは本人の代理人が認めるものであれば、それで構わないのではと私は考えます。
      自分が生きてるのか死んでるのか、或いは自分の体を誰にくれてやるのかは、当事者である本人が決めるというのが一
      • by Dobon (7495) on 2002年04月13日 21時43分 (#81830) 日記
        消極的な提供拒否としては有効かも。
        適合しないヒトを移植先に指定し、他はダメと意思表示する[笑]。

        移植には、本人の意思以前に『適合するか』という問題があります。
        (現代の免疫抑制剤なら、かなり無理な移植も可能になっていますが)

        以前、生体肝移植が話題になりましたが、そのとき、肝臓障害をもつ子供の親は不愉快な思いをした方が結構いらした様です。
         『何故あなたは子供に自分の肝臓を移植しないのか?』と聞く馬鹿者が多かったためです。
        親子でも型が一致するケースは少ないって事を理解している一般人はあまりいない様です。
         今度は、こう言われるでしょう。『何故あなたは家族を提供先に指定しないのか?』

        #「生体肝移植」自体が非常識って事があんまし報道されなかった事も問題です...
        # 普通は死体からの移植になります。
        #血管だらけの肝臓を切り取るのは危険の大きな手術なので、そうとう重症でないと行われません。
        # まして、健康な人の肝臓を切り取るとなれば…
        --
        notice : I ignore an anonymous contribution.
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