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ビデオゲームに関する8つの”神話”が暴かれる」記事へのコメント

  • 検証してみた (スコア:0, 参考になる)

    by Anonymous Coward on 2005年12月24日 22時21分 (#854838)
    これらの問いはゲーム反対派の代表的な主張なのでしょうか。
    このレポート作者が設定したものでしようか。
    これらの問い自体に問題があります。
    なので、その反論にも問題が生じている。
    素直にゲーム批判派の主張をスルーしたほうが賢明なのでは。

    1.ビデオゲームの登場により、若者に暴力行動がひろまった。
    >合衆国における青少年の暴力犯罪率は、ここ30年のあいだ低下傾向にある。
    そのかわりに凶悪化の傾向が見られる。また再犯率も上昇している。
    >犯罪前にメディアに触れていた割合は人口全体における平均的な人物よりも低い
    少年犯罪は低所得層に多いためゲームの購入率は低い。
    しかし盗難率は高いし違法コピーも多い。
    また低所得層は同じメディアの繰り返し利用率が高く友人間の貸借率も高い。
    これはゲームに限らず音楽や映像メディアに共通する。
    それらは表の統計に表れない。

    >強力なリスク要因は、精神安定性と家庭生活の良し悪しであってメディアに触れること
    >ではない
    強力なリスク要因とは、はっきり言うと薬物とアルコールのことです。
    それがないとストレスが解消できない生活環境が問題です。
    で、逝きながら18禁やスカっとするガンフェクトなんかを見てると催眠効果がでますと。
    この論文の家庭環境は家庭内暴力のことを指しているのでしょうが、親が暴力的性向の場合、子も同様な性向を有し、暴力的表現を含む作品を好む傾向もみられます。
    暴力性向のある人物は暴力的描写を好む傾向にあり、それらの因果関係が疑われています。

    2.暴力的なゲームで遊ぶことと若者の攻撃性のあいだに関連を見いだした科学的な証拠がある。
    >これらの論文の大部分は確定的なものではなく、多くは方法論的な観点から批判を浴び
    >ている。
    ソース示さないと検証できないじゃん。なのでこの部分は論拠不明で留保になる。

    >研究室における環境は、ゲームが通常プレイされる環境とは根本的に異なるものだ。
    それを言い出したら社会心理学の研究なんて全部否定されちゃいますね。

    >それは暴力ゲームがほかのもっと直接的で実社会における影響と組み合わさったときに反社会>的行動に寄与するリスク要因のひとつになり得る、ということだろう
    だからアメリカでは暴力表現規制論議が出てくるわけ。
    ドラックやガンが青少年にも容易に手に入れられるから。

    3.子供はビデオゲームの主要な消費者である。
    >成人向けコンテンツに関しては、若年層の消費者をターゲットにした広告やマーケティ
    >ングを制限し、親たちに彼らの前にあるメディアをどのように選ぶかを教えるために、
    >もっと手段を講じるべきなのは明白であろう。
    これは正論のようだが、コンテンツの販売規制に触れていないのはなぜでしょう。

    そして、もっとも重要なことに、暴力描写に影響されたと思わしき犯罪の多くは少年ではなく、二十歳以上の青年層によって引き起こされる率が高いことに触れていない。
    これは日本でも同じ傾向なのだが少年時代の体験に成人後も影響を受ける事実を無視している。
    成人後も精神的に未熟でメディアの影響を無批判に受け入れ易い性格の人は一定割合で存在するしそのような人は、物事の表面しか見ずに短絡的に物事を受け止め、多角的に考察せず直接行動に移りやすい性質を有する。
    こうなると18禁は意味を持たず一定レベル以上の性的、暴力的表現は一律禁止する必要がある。

    みたいな結論が導きだせちゃうんですけど。
    少年に視点を限定したまま青年について考察してないのはどうかな。

    4.コンピュータゲームをプレイする女の子はほとんどいない。
    この項目全体が不思議の塊。
    ゲームをアダルトや恋愛シュミレーションとRPGやシューティングに限定して考えていないか。
    ジャンルごとにきちんと考察しないと。
    >強い女戦士像を自分の代理として心のうちで利用すると指摘している。
    キリスト教右派が聞いたら卒倒しそうな言い回し。
    母性と殺人は両立しないのが彼らの発想。
    あちらでは宗教論議は避けられないからな。

    5.ゲームは兵士が人殺しをする訓練に使われているのだから、それらをプレイする子供にもおなじ影響をあたえるはずだ。
    >ゲームプレイヤーは失敗を誤りとは見なさず、上達のための機会として捉える能動的な
    >問題解決者だと評している。
    うん。そのとうり。リセットすればいいんだからね。
    で、ペットを死なせて、リセットのやり方がわからない、リセットできないと先生を困らせる生徒が何人も登場すると。

    >プレイヤーはよりあたらしく、より優れた問題解決法を摸索する
    より多くの時間をゲームに費やして経験値を上げ、裏コマンドの発見に努め、その結果、いかに素早く条件反射できるように神経を鍛え深く考えず要領よく問題解決をはかるをよしとする。

    >プレイヤーはつねに推論を立ててはテストするように動機づけられる。
    ゲームの結果を向上させるために論理な推論よりも直感的な推察を重視するようになる。
    なぜなら推論と検討には順列を追ったテストに時間がかかるが、推察の検証は思い当たる
    ポイントを追うので効率がよい。
    そして経験則からポイントを推察しやすい。
    逆に完全に別体系の作業をやらせるとチャート化できずに行き詰まる。
    パターン化された処理を条件反射的に処理することは上達するが、自らバターンを創成す
    るなどの想像力や感性の働く性格にはなりにくい。

    6.ビデオゲームは意味のある表現の形式ではない。
    >初期のゲームの多くは射撃練習場に毛が生えたようなものであり、
    >今日のゲームの多くは倫理の練習場としてデザインされている。
    作品名を出すと訴訟を起こされるからなのだろうが、具体性に欠けていてなんとも。
    現在でも殺伐としたシューティングゲームは存在するし、むかしもモラルチェック要素の
    入ったシュミレーションゲームは存在した。
    それらの各要素はアバロンヒル社のボードゲームの時代から存在した。

    >正しい状況下であれば、仮想世界の中でどのようにふるまうかから、我々は自己の価値
    >を検証できるかもしれない。
    それは学術的なシュミレーションの世界でもなかなか困難ですよ。

    7.ビデオゲームで遊ぶと社会的に孤立する。
    >ビデオゲームで遊ぶことはおおかた社会的である。
    これはジャンルや年代によって異なります。
    この項の前段と後段では年齢層が違う。
    少年層の場合、プレイの機会の不平等があります。ここで示されているのは理想的な事例であり、逆に40%は一人でプレイしていることになる。
    多人数でプレイする場合には何人かが異なったゲームを持ち寄るため複数のタイトルを交互に経験しますが一人プレイの子は同じタイトルだけを延々とやり続けることになります。
    それが半々であることが読み取れます。
    問題なのはその40%の方です。
    なぜ友達と交わらず一人プレイするのかは家庭環境に左右されることが多い。
    例えば片親だとか。日中、母親が不在だったり就寝中で友人を招けなかったり訪問できないなどなど、日米共通点がある。

    >規則と規則を破ることについて考える環境を提供していると結論づけている。
    そして市場原理によってMRT市場が成立する。その結果、ID/PW搾取による成りすましや、不正アクセスにマルウェアが氾濫すると。
    暴力描写とは関係ないけれど、バーチャル世界を基点にリアル世界で犯罪が起きている、
    それもきちんと検証しないといけないでしょう。

    >そこでは社会的な期待がプレイを律する社会的な契約によって再確認されているのだ。
    皮肉ですかね。
    いずれにしても1項と7項の記述には矛盾点が含まれます。
    低所得層の友人コミュニティでは一緒にゲームしながら悪の社会学を身に付けます。
    ゲーム仲間は窃盗や恐喝仲間でもあるからです。
    日本でも万引きはもはやリアルスリルゲームだけどね。

    8.ビデオゲームで遊ぶと感情が抑圧される。
    >類人猿は遊戯上の戦いと実際の戦闘を基本的に区別していると示唆している。
    へぇー、そうなんだ。
    猿山の社会学には「遊戯上の戦い」なんて概念は無かったぞ。
    この分野では日本が最先端ですから犬山の資料でも漁ってみよう。
    ああ、アメリカ人ならゴリラかチンパンジーか。
    ソース欲しいな。

    >我々が遊びと現実を区別して理解する方法を
    99%はちゃんと理解できるんだけど1%の区別の付かない奴が大事件引き起こすと信じられているから暴力描写規制だなんて主張が出てくるのに。
    ごく微数の例外的な可能性のために全体を規制されるのは理不尽ではないか、との議論を
    してるのに大多数は大丈夫だから規制は必要ない、では説得になってませんぜ。

    >ビデオゲームでの遊びは、現実の事件の被害者に対する共感を失わせると主張している。
    このような子供は現実に存在します。
    そして年々増加傾向にあります。
    感受性と想像力の欠如なのですが、本人の資質なのか家庭環境によるものなのかは不明で
    すし、もちろんゲームやTVなどとの因果関係も不明です。
    バーチャルとリアルの区別が付かない子供は自己抑制が効きません。
    なのでケンカになっても程度というものを知らず相手が完全に失神するまで殴る蹴るを繰り
    返し自身も(殴りすぎて)骨折する場合があります。
    どうして途中でセーブできないかというとゲームなら攻撃過剰の時点で自動的にセーブが
    入り次ステージへ移行しますが、自分にそのセーブがかからないから痛くて続けられなくな
    るまでするまで止まらないと。
    これを見てゲームの影響だと思う人はいます。因果関係は証明で来ませんが。

    >ビデオゲームに対して現実の悲劇の被害者に対するのと同じように反応したとしたら、そ
    >ちらのほうがよほど感情的に混乱していると言えないだろうか。
    それでは、私たち大人を含めて、小説やドラマや映画で、ハラハラしたりドキドキしたり、
    怖がったり、喜んだりするのはなぜでしょう。
    あれは全て精神的に混乱しているからでしようか。
    作品に対する感情移入を否定することは多くのクリエーター、もちろんゲームデザイナーを
    含めた創作に関わる人々の創意工夫や努力に対する冒涜ではないでしようか。
    「ゲームは悪くないんだ」との自己主張を展開するためにオワンゴールを決めて論理破綻し
    てますよ。

    このレポートではゲームと暴力の因果関係は証明できないと主張しています。
    それには同意しますが、同時に因果関係を否定することもできません。
    出展元はいずれも2000年から2003年に執筆されたもののようで現状からするとやや古めの
    資料ですが、参照しようにもリンクがなかったりリンク切れだとかで結局ソース不明。
    これは国内にもまともに参照できるリンク先が無いのと同じなのですが。
    つまりこのストーリーはあくまでも雑談の域を出られないってことですね。

    最近のキレて抑制の効かない子供や受身で自発性の乏しい受動的な子供の増加とゲーム市場
    の拡大が比例関係にあると感じている教育関係者は多くいます。
    もちろん感覚的にということなので、客観性も科学性もありませんが。
    ただ、あくまでも主観ですが、ゲーム機世代の親を持つ子供の性格に従来とは違った変化を感じる年配のベテラン教員は少なくありません。
    もちろん主観ですから統計だとかの科学的な根拠はないし統計の採りようも無いですしね。
    現時点では否定も肯定もできないとの結論になるのでしょうか。
    • 欧米圏でよく見られる、このような「8つの~」とか「10の~」と言った主張は、分かりやすさとキャッチーさを出すために大抵の場合はディテールを削ぎ落として、ある意味極端な主張になっています。今回の場合も、わざとそうしている節が見られます(だからこそ、レポートではなくエッセイなのでしょう)。


      現時点では否定も肯定もできないとの結論になるのでしょうか。


      これは全くの主観ですが、おそらくこのエッセイにはもう一つの隠された項目があるかと。つまり、「9.これらの議論には既に結論がついている」という項目です。

      既にいくつかこのエッセイに対して疑問のコメントがついていますが、まさにそれこそがHenry Jenkins氏の狙うところでしょう。つまり、議論の踏み台として、このエッセイを発表したと。

      ここのコメントで出された意見のほとんどは既に研究者達なら理解していることです。だからこそ、詳しい人ほど、結論を語りたがらない。何も結論がついていないのだがら、曖昧で慎重になるのも当然です。で、そういうものはマスメディア的には「使えない」コメントですから、「使える」極端な意見が流布する。このエッセイが別言語圏の/.-Jで話題になるのも、それだけ極端に作ってあるからです。

      「毒をもって毒を制す」ではありませんが、このエッセイには一般的な議論をニュートラルな状態にもっていきたい、という微かな意思が感じられます(本当に極端な意思があったならば、エッセイではなくてレポートを、きちんとした学会に出すでしょう。このエッセイの内容は研究者なら何を今更、の内容です。明らかに一般向けを意図していることが伺われます。)。

      実は、この内容に一番懐疑的なのは、書いたJenkins氏本人かもしれません。
      --
      ― 少年は最初、自由に向かって溜め息をつく。 ― ConquestArrow
      親コメント
    • Re:検証してみた (スコア:1, すばらしい洞察)

      by Anonymous Coward on 2005年12月25日 0時53分 (#854900)
      長いのを我慢して読んでみりゃ、自分の主観をつらつらと書き連ねてるだけじゃないですか。
      犯罪に凶悪化の傾向がみられるとか、低所得層のゲーム購入率が低いとか、ソースも無しに勝手なこと書いてるし。

      元記事に文句が言いたいだけということは分かりました。
      次からは「うぜー」とだけ書けば、ほぼ同じ効果があるとおもいますよ。
      親コメント
    • by Anonymous Coward on 2005年12月25日 6時29分 (#854953)

      1.ビデオゲームの登場により、若者に暴力行動がひろまった。
      >合衆国における青少年の暴力犯罪率は、ここ30年のあいだ低下傾向にある。
      そのかわりに凶悪化の傾向が見られる。また再犯率も上昇している。


      何を見て貴方がそう言ったのかしらんが、とりあえず日本における反証 [infoseek.co.jp]

      それでは強盗・殺人・強姦・放火の四種をすべて合計したグラフをお見せします。

      (中略)

       最も少なかった平成2年と、最も多かった昭和35年では、件数の差は6.9倍にものぼります。というわけで、本日ここに戦後最もキレやすかった少年が決定致しました。グランプリは昭和35年の17歳、つまり昭和18年生まれで西暦2001年現在58歳の方々です。おめでとうございます。


      昭和35年ってビデオゲームの売り上げが現在の7倍近くあったんでしたっけ?
      親コメント
    • ごめんなさいごめんなさい。
      貴方は凄く立派な文章を書いていて読みながら色々考えさせられたのですが

      >オワンゴールを決めて

      脱力してすべて吹っ飛んでしまいました。
    • by Anonymous Coward
      なげえなおい。

      コレどうなんだろうな。
      http://gr.bolt.com/oldsite/articles/violence/violence.htm [bolt.com]

アレゲはアレゲ以上のなにものでもなさげ -- アレゲ研究家

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