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OS/2、ついに出荷終了」記事へのコメント

  • もう忘却の彼方ですが、、、
    OS/2の出始め当時は、まだ日本の半導体、DRAMが強くて、値段もどんどん下がっていたので、DOSに比べれば大量にメモリを必要(といっても8MBくらいかな、今から考えると信じられないくらい小さいですね)としても、リッチなユーザインターフェイスやマルチメディアのためには決して技術的には間違った選択肢ではなかったと思います。
    が、スーパー301条をちらつかせる米通商代表部のご活躍によってDRAMの値段は下がることはなく、DOSとOS/2の間ぐらいのメモリサイズ(2MBぐらいかな、もちろん英語版)で動くWindowsにやられちゃったのが不幸の始まりだったような気がします。
    #MSはヒルズ女史にきっと感謝していることでしょう。
    古い話なので、勘違いはつっこみよろしく>識者の方々。
    • 懐かしいOSですね。今から考えると
      設計思想に問題があったのだと思います。

      今でこそオープンソースを推進しているIBMですが当時はメインフレームの牙城を守るため必死の攻防戦のさなかでした。

      OS/2の肝はIBMのSAAアーキテクチャの「端末」であって、「ホスト」は9270か3090(ヨーロッパはAS/400?)、通信はSNA、エミュレータは5250か3270に「囲い込まれる」ように作ってありました。
      そもそも技術ドキュメントを取るのが大変でPS/2と込みで買ってもマニュアルを触る前に「六本木」本社から「お目付け役」の法務がPDA今すぐサインするよう迫られましたから。

      >(といっても8MBくらいかな、今から考えると信じられないくらい小さいですね)としても

      そもそもWarpの前のバージョン触ったことある人の方が少ないのでは?(笑
      まぁ、当時IBMメインフレームは24Bitアーキテクチャ、ユーザー領域は実質的にOS/370の16Bitアーキテクチャなのでパソコンにに16MB以上のメモリーは乗せたくなかったのですよ。独自のWindows32アーキテクチャにかけたBillの決断は当然で、IBMの決定的な敗因でした。

      あの当時にIBMの尻馬乗ってた連中共は、もはやリストラか引退ですが、今でも理不尽な戦略の間違いを許せませんし、今でもどこぞに媚売ってる連中は何を考えているか理解に苦しむところがあります。
      --
      co2masato
      親コメント
      • by Anonymous Coward
        > 当時IBMメインフレームは24Bitアーキテクチャ、ユーザー領域は実質的にOS/370の16Bitアーキテクチャ

        当時、31bit論理空間に拡張された370XAアーキテクチャは存在したと思います。

        互換性のため32bitではないところがポイントなACより。

身近な人の偉大さは半減する -- あるアレゲ人

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