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人間の脳は沈黙も聞く」記事へのコメント

  • by Anonymous Coward
    つまりJ.ケージは天才だったということですね!
    • by Anonymous Coward
      ネタにマジレスしておくと、あれは音楽とは何かであって
      音とは何かというレベルでは無い。4"33のことを指すなら。

      演奏者や媒体はほぼ無音だけど、周囲にある音の流れを
      音楽とするという、メロディーへの問題提起であって、
      天才というか難癖というか、それでも一切の音が無い状態を
      音楽とまでは言ってないのだな。

      4"33に限らず、あらゆるレコードやCDを再生する事前に
      すでに俺の「沈黙」がレコーディングされているから
      著作権よこせという主張をするような人が、
      この件に対する天才と呼べるかもしれないw
      • by Anonymous Coward
        ん、全面否認ではないが、ちょっとだけ異論を唱えたい。

        >演奏者や媒体はほぼ無音だけど、周囲にある音の流れを
        >音楽とするという、メロディーへの問題提起であって、

        それは演奏者からの視点での「4"33」ですね。
        つまり、演奏者が演奏する項目がないことへの自問自答というか。

        「4"33」には聴衆からの視点も欠いてはいけません。
        つまり「ここでは何も演奏されないと分かっているにも関わらず演奏会場に集まった一同」の視点(聴点?)です。
        彼らが「何を聞きに来たのか?」という観点で評論を作ろうと思えば、
        この研究は十分に「4"33」に対して科学からのアプローチになっているでしょう。
        • >「4"33」には聴衆からの視点も欠いてはいけません。
          「曲を成立させてるのは何か」という、頭でっかちな楽曲だから、
          それを聞きにくる観客には期待する事など無いという考えですから、
          欠けていたというよりワザと欠いたのですよ。

          >「ここでは何も演奏されないと分かっているにも関わらず演奏会場に集まった一同」の視点
          「演奏されないと分かっているにも」というのならば、この実験の意図とは全く関係ないでしょう。
          いわば「演奏者がいるはずの矢印とか演奏者を見ると音を聞くという事であって」
          「梅干を見ると唾液が出る」事の音版をやったという事だから、
          4"33という「演目が分かっている」観客の観測は意味が無いでしょう。

          4"33のどこを演奏と認識するのか、そもそも演奏と認識するのか、
          「結果として4"33である事」その特異性には、初演のデータでもとらないと
          科学的にアプローチする事は出来ないと思う。
          • ぶら下げる位置が違うかもしれないけど。

            この手の話だと,どこへ行ってもジョンケージが出てくるのはあほらしいです。あれ,popularになりすぎ。これだけ毎回語る価値があるとは思えない特異例でしょう。正直言えば,くだらない(と,大多数の人間は思ってるでしょ)。
            • by Anonymous Coward on 2006年01月12日 10時57分 (#863360)
              多くの芸術は特異であることに価値があるのです。
              これを下らないという事こそ下らない。
              親コメント
              • by Anonymous Coward on 2006年01月12日 14時50分 (#863489)
                まぁそうなんだけどさ,「無音=ジョンケージ」って必ず出てくるのは変じゃない?
                芸術性とは全然関係ないところでばかり扱われてるしさ。著作権云々とか。
                なんか,使い古されたペダンティシズムって感じがして嫌いなのよ。
                親コメント
              • >芸術性とは全然関係ないところでばかり扱われてるしさ。著作権云々とか。

                確かにあるねそういう場面。
                個人的には、最近そういう脈略でケージを語る人と合わないって言うか、
                ケージの意図は汲み取らずに録音物聞いて、ツマンネっていう人間ばかり
                見ているので、ケージってクリエイターズクリエイターでしかないと思ってる。
                (聞きやすい作品は、凡庸で退屈なんだよな)

                そういえば、クリエイターに向けたアイロニーみたいな作品を出すのは、
                彼が音痴であり、音楽の成績が悪いからという指摘があったな。
                敢えて芸術作品面しているような音楽だから、一般の聴衆には煙たいだけだし、
                芸術と切

アレゲはアレゲを呼ぶ -- ある傍観者

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