パスワードを忘れた? アカウント作成
この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。

GPL FAQ日本語版完成」記事へのコメント

  • by Anonymous Coward on 2002年05月06日 20時01分 (#90008)
    FAQに部分に限らないけど「劣等GPL」って訳はなんとかならんのですか?
    日本語的にしっくりこないきがします。せめて、最初に使用するときに原語の併記を希望。
    • 訳語統一 (スコア:4, 参考になる)

      by kubota (64) on 2002年05月07日 9時29分 (#90154) ホームページ 日記

      LGPL を「劣等 GPL」と訳すのは、すでに定着してしまった訳語だし、 その訳語自身が良い訳語だと思うので、 いまさら変えないほうがいいと思うのですが、それに関して、 GPL FAQ ページにひとつ注文があります。

      まず、FAQ は GPL のことをよく知らない人も読むということ。 ですので、「劣等 GPL」が LGPL (Lesser GPL) の訳であるということを、 どこかではっきりとさせておいたほうがいいと思います。 それから、「劣等 GPL」を使っているところと、 「LGPL」を使っているところがありますが、 統一しないと、「劣等 GPL」と「LGPL」という別々の ものがあるのではないか、という誤解を招きます。 もしかしたら、「LGPL とはライブラリ GPL のことだ」 と思う人がいたりして。

      というわけで、最初に「劣等 GPL (LGPL)」という表記を用い、 そのあとは「劣等 GPL」を使うのがいいのではないかと思います。 (そのあとも「劣等 GPL (LGPL)」とするのでもいいですが。)

      というか、原文自体が、「LGPL」と「Lesser GPL」を ばらばらに使っていて、和訳はそれを忠実に訳しただけっぽいですが。 (じつは意識的に使い分けがされていて、ぼくがそれに 気づいてないだけなのかなあ...)

      親コメント
    • LGPLの訳案 (スコア:2, 参考になる)

      by Anonymous Coward on 2002年05月06日 23時23分 (#90055)
      「控えめGPL」なんかどうでしょ。
      親コメント
    • Re:なんか違和感 (スコア:2, おもしろおかしい)

      by YOUsuke (6796) on 2002年05月06日 23時55分 (#90067) ホームページ 日記
      「劣性GPL」なら音は似てるかも
      --
      妖精哲学の三信
      「だらしねぇ」という戒めの心、「歪みねぇ」という賛美の心、「仕方ない」という許容の心
      親コメント
    • Re:なんか違和感 (スコア:2, 参考になる)

      by nasb (3002) on 2002年05月07日 1時16分 (#90094) 日記
      FSFにとってはLGPLは「望ましくない(でも他よりまし)」な気分なものなので、
      「劣等」という訳はイヤゲな感じを漂わせていてなかなかうまいと思ったり。
      親コメント
    • by Nowake (5100) on 2002年05月06日 20時23分 (#90014)
      「あまり適用すべきでないライセンス」っていってるのだから。
      個人的にはライブラリ利用者(=ユーザー)に優しいライセンス
      だと思うんですけどね……
      プログラムをフリーソフトウェアのための武器と考えているFSFは
      そんなこと気にもしないし……まあ、いいけどね。
      親コメント
    • by rsato (1724) on 2002年05月07日 4時11分 (#90127) 日記
      熟語と言うか、漢字列で訳そうとするから難しくなるのでは。かなも使って解説的 に訳してもいいと思えば、すでに幾つも案がでているように思えますが、いかが?
      --
      佐藤亮一 in Frankfurt Germany
      親コメント
    • 「簡易GPL」ではどうでしょう?
      「縮小版GPL」とか・・・・
      親コメント
    • わたしゃ「簡素化」GPLかと思っていたが…かなり間違いですね。
    • by Anonymous Coward
      劣等という表現は諦めて、逆にGPLの方を「Giant GPL」=「巨人GPL」としたら面白いかもしれないな、パンダみたいで
    • by Anonymous Coward
      "LGPL"でいーんじゃないかと思った。
      中途半端に訳す必要あるんでしょかね。
    • by Anonymous Coward
      個人的には弱GPLって感じがします。
      • by Anonymous Coward
        「弱GPL」一票。
        「劣等」という言葉は、それに関わる人間の人間性まで劣っているかのような連想を誘発しやすいので、不適切だと思います。

        (言霊的発想ですが、政治的に必要な配慮だと思います)
        • by Ying (4319) on 2002年05月07日 10時26分 (#90164)
          それに関わる人間の人間性まで劣っている
          GNUの主張としてはまさしくそう言いたいのでは? :)
          少なくともFAQを読んだ限りではそうとしか思えない。
          親コメント
          • FAQ のこの部分 [gnu.org]を読んでも、そのように思いますか?
            親コメント
            • GNUにとってLPGLは妥協の産物でしかなく、それを選択するような人間を嫌悪しているようにしか読めませんが?
              親コメント
              • なぜでしょうか? こんどはリンクじゃなくて引用しますが、
                ほとんどのGNUソフトウェアパッケージにはGNU GPLが適用されていますが、いくつかのGNUプログラム(およびその一部)には、劣等GPLのようなより緩いライセンスが適用されています。これには、私たちの戦略が関係しています。
                とあります。「妥協の産物」というのは、そのとおりだと思いますが、GNU 自身が LGPL を選択することもありえるわけです。ということは、LGPL を選択するような人間を嫌悪しているのなら、自分自身を嫌悪しないといけなくなります。そうではなくて、GNU 自身が LGPL を選択するのは戦略上のことだ、とあります。その戦略が目的とするところについては、賛成・反対の意見はあるでしょうが、ある目的のために戦略をたてて行動する、ということ自身は嫌悪するような行為ではないと思いますし、そのような行動は嫌悪すべきものだと GNU が思っていると読み取れる部分はどこにもありませんが。

                もし、LGPL を選択するような人間を嫌悪しているようにしか読めない部分があれば、具体的にその部分を指摘してもらえませんか?

                親コメント
              • 必要悪で理想から外れた行動を取らなければいけないというのは、普通自己嫌悪の対象になると思うのですが違うのですか?
                親コメント
              • GNUの目的は、別に「世界をGPLで染めること」ではないでしょう。
                「世界をGNUの理想で染めること」が最終目的であって、そのための手段が「世界をGPLで染めること」である…ってだけで。
                で、GNUが自ら進んでLGPLを用いるとき、それは「世界をGPLで染めよう」という理想からは外れるかもしれませんが、
              • なるほど、それでやっとわかりました。 たしかにその GPL の FAQ には、GNU の理想は何であるか、 ということは説明されてないですからね。 逆に言えば、「自己嫌悪」ということはその誤解に基づいた 「GNU の理想」とやらを前提にして初めて成立するので、 その FAQ を読んだだけではそのような「自己嫌悪」は 読み取れるはずがないですね。

                さて、GNU の理想はフリーソフトウェアにあるのであって、 GPL にはありません。と、ぼくは解釈しています。 GPL は、フリーソフトウェア推進のための道具です。 なぜそれが道具たりえるかというと、GPL なソフトウェアに 基づいてフリーではないソフトウェアを作ることを禁止しているからです。

                むしろ、GPL も LGPL も両方とも、世の中にはフリーではないソフトウェアや、 フリーではないソフトウェアを作ろうとする人がいるという、理想的な 状態ではない現実に対処するために必要なものとして生まれてきたものなので、 LGPL を使うことが自己嫌悪なのなら、GPL を使うことも自己嫌悪ですよ。

                というわけで、「フリーだけれども GPL ではないソフトウェア」 の存在を、GNU は認知しています。たとえば このページ [gnu.org] を見ると、X11 や Perl や Apache のライセンスを持つソフトウェアは、 フリーソフトウェアだとみなされていることが分かります。

                というか、GPL が GNU の理想かどうかにかかわらず、 理想から外れたことをするのは自己嫌悪だ、なんていうのは、 おかしな考え方だと思いますが。世界のすべてが自分の理想どおりに いかないと気がすまないのでしょうかね。

                親コメント
              • > GPL を使うことも自己嫌悪ですよ。

                うーんと、自己嫌悪って言うより、必要悪って感じかな。
              • たとえば このページ [gnu.org] を見ると、X11 や Perl や Apache のライセンスを持つソフトウェアは、 フリーソフトウェアだとみなされていることが分かります。
                え?
                以下に、フリーソフトウェアのライセンスと認められない いくつかのライセンスを列挙します。
                どうみてもPerl特有のライセンスをフリーソフトウェアのライセンスとして認めているようには読めないんですが。
                ついでにいうと議論に皮肉や嫌味を混ぜる人と意見を交わすのは苦痛なんですけど、そういうのは妥協することにしています。自分だって聖人君子じゃないんだから他人に多くは求められませんからね。 :)
                親コメント
              • #「GNUの理想と~」とかほざいたのと同一のAC

                なので、 LGPL を使うことが自己嫌悪なのなら、GPL を使うことも自己嫌悪ですよ。

                なんで?

                GNUの理想という漠然としたイデアがまずある。
                これを具体化した形としてGPLがある。
                GNUは自分たちの理想の具現としてGPLを採用したのだから、たとえGPLがGNUの理想を完璧に体現したものでなかったとしても、GPLを使うことで自己嫌悪に陥るなどあり得ないで

              • Artistic(Perlのライセンス)はそれ単体ではGPLコンパチとはみなされません。PerlがそうであるようにGPLとのデュアルライセンスのときのみGPLコンパチとみなされます。

                matz.
                --
                まつもと ゆきひろ /;|)
                親コメント
              • 確かにFSFは昔のArtisticを「フリーソフトウェアのライセンス」として認めていません(原文はqualifyなので、そう呼ぶに値しない、というニュアンスかな)が、それはArtisticが法律の専門家によって書かれたものではないために、曖昧だったり変な抜け穴があったりで契約書として不備があったからだと記憶しています。 ここ [unimib.it]にあるThe Clarified Artistic Licenseはフリーであると認めていますね。
                というかFSFのライセンスの一覧、訳が追いついていないね...申し訳ない。
                --
                mhatta was here
                親コメント
              • ぼく自身は、GPL を使うことも LGPL を使うことも、どちらも自己嫌悪などとは無縁だと思っています。ですから、ac さんと意見が異なるというわけではないと思います。

                GPL とは何か、という解釈ですが、「GNUの理想」はあくまでもフリーソフトウェアだと思っています。ですので、理想だけを言うなら、フリーと認められる、GPL 以外のライセンス (たとえば X ライセンスとか) でも、GNU としては構わないはずです。

                で、GPL も LGPL も、現実 (世の中すべてがフリーソフトウェアというわけじゃないし、フリーソフトウェアでないソフトウェアを作りたがっている人もいっぱいいる) との妥協という面は共通してもっています。だって、世の中にフリーでないソフトウェアを作る人がいなければ、「フリーでないソフトウェアを派生させることは禁止」なんてことをライセンスで宣言する必要さえないわけだし。(GNU の立場からすれば、現実との妥協というよりは現実への対処とか現実との戦いのための武器、と言うほうが適切かも。)

                一方で、LGPL は GPL と同様、完全に、「フリーソフトウェア」のライセンスです。これは断言できます。「LGPL使ったからって、即、フリーソフトウェアでなくなるわけでもないでしょう」というような、あいまいさを残した言い方をする必要もありません。ですので、自己嫌悪に陥る必要などこれっぽっちもありません。

                ただし、GNU が LGPL はめったなことでは使うな、と言っているのも確かですが、それは「現実との戦い」の戦略上のことです。GPL と LGPL を適材適所で使い分けることができれば、べつに自己嫌悪に陥る必要などありません。(もちろん、GNU と異なる見解を持つ人が、GNU の考え方に反して LGPL を使ったりするのは、それはその人の自由ですので、やはり自己嫌悪に陥る必要がありません)

                親コメント
              • 「それに関わる人間の人間性まで劣っている 」発言をしたACです。

                何故「劣等」なんでしょうかという問いに戻っちゃいましたね。
          • 少なくともFAQを読んだ限りではそうとしか思えない。
            もし日本語訳しか読んでいなくて、それでそういう印象を受けたなら、それは訳者たる私の不徳の致すところなので、問題の箇所を 明示的に教えて下さい。直しますので。
            ちなみに、non-freeなソフトウェアを公開するということについては道徳的に堕落しているだのなんだのとひどいことを 言っていたと思いますが、LGPLを適用する人すなわちダメ人間だなどという風には書いていなかったんじゃなかったかな。
            --
            mhatta was here
            親コメント
    • by Anonymous Coward
      「低級GPL」あるいは「下級GPL」なんてのは候補に上がらなかったのかな?

      #劣った感じもそこはかとなく漂ってると思うのだが.
    • by Anonymous Coward
       前に、LGPLを一般公共利用許諾書と訳しているのを見かけたことがありますが。

       検索しても見つかりませんでした...

人生unstable -- あるハッカー

処理中...