アカウント名:
パスワード:
より多くのコメントがこの議論にあるかもしれませんが、JavaScriptが有効ではない環境を使用している場合、クラシックなコメントシステム(D1)に設定を変更する必要があります。
弘法筆を選ばず、アレゲはキーボードを選ぶ -- アレゲ研究家
ユーザーが修理できる製品ってできないか (スコア:2, すばらしい洞察)
もし、このノートの筐体がはめ殺しでなく、もし回路図が添付されるか、もしくは交換部品表でもついていれば、自分で中を開いて電池の張り替えをしてしまうのですが・・・。
もし環境対策を考えるのであれば、修
修理可能は多数の顧客に魅力的か? (スコア:3, 参考になる)
例えば、ハメ殺しをやめてネジ止めにすると、ハメ殺しならパチンとはめれば終わりな物が、部品としてのネジを管理し、組み立て場面ではネジを一本ずつ締めていかなければなりません。大雑把には1人あたり作業時間1秒=1円(日本の場合)という環境では、ネジが10本増えると組立作業時間だけで100円単位でコストが上がってしまいます。またネジの締め忘れなどのリスクも出てきます。(特に海外で組み立てる場合)
(他にもネジ自体のコストや部品管理工数も増えます)
リチウム電池にしても
つけを未来の世代に回すことを良しとするか (スコア:2, 興味深い)
ただ大量生産・大量消費を、このまま続けて良いのかという環境問題を考えると、長く使える製品が望ましいことに反論は無いと思います。
また生産に人手がかかるようになれば、雇用も増やせるし、修理が産業として再確立すれば新たな雇用の場を作ることにもなります。生産は海外に持っていくことも可能だけど、修理は地元密着になるでしょうし・・・。
現代社会では「顧客」は、工場の労働者だったり、熟練した職人だったり、事務員だったりするわけで、「顧客」として安さのみを考えると巡り巡って自分にも、その「安さ」の悪影響が及んでくるわけです。そう考えると「安さ」を絶対的に良いものと考えるべきか検討すべきところに来ていると思います。
商品には適正な価格がつけられるべきですし、環境破壊や資源の浪費など後世の世代につけを回して安く作られているような商品は無くすべきです。
なんか分かりにくい文章になってしまった・・・。
例によってタマゴとニワトリの関係 (スコア:1)
> 後世の世代につけを回して安く作られているような商品は無くすべきです。
他のところでも書きましたが、メンテナンスや資源の再利用に配慮した商品を望む声はメーカーが「市場」として捉えるにはあまりにも規模が小さすぎます。
消費者の中でそのような商品を望む人たちが多数派とはいかなくてもある程度の割合を占めている手ごたえを感じればそういう商品を真剣に検討するメーカーも現れるでしょうが、現状ではそういう裏づけがあるとはいえません。
上位数社でシェアの大半を占めているような市場ならともかく、現在のPC市場ではこれはメーカーにとって非常にリスクの大きい要求になってしまいます。
メーカーがそのような商品を出さないから消費者は意思表示できないという意見もあるでしょうが、これは何も商品購入時の選択に限った問題ではありません。
例えば1台のPCの使用期間をもっと長くして買い替えの頻度を減らすだけでもかなりの資源の節約になります。
> 汎用品ベースで製品を作ることも一つの方法だと思いますし、
> 商品の寿命自体を延ばす・あるいは部品を流用することも必要でしょう。
実際、コンシューマ向けPCは業務向けの計測機器などに比べると非常に短い期間で新製品が次々と出てきますが、それだけPCの買い替え需要がある(=消費者が浪費している)と考えることもできます。
OSやアプリケーションがより高性能な機器を要求するという面も確かにありますが、そういうものも含めて消費者が次々と買い替えている現状ではメーカーもそれに合わせて新商品をリリースしなければ生き残れません。
目先の利益を追いかけているのはメーカーと消費者の両方で、どちらもそこから抜け出せない状態だと思います。
#やはり行政の力で強制的に押し付けないと無理なんでしょうか。
#できればそれは避けて欲しいのだけど。
#それとも業界の足並みを揃えるために談合を容認しましょうか。
#それはむしろメーカーが嫌がりそうだけど。
うじゃうじゃ
顧客(消費者)が「同じ機能なら安いもの」を求める限 (スコア:1)
半導体技術の進歩は異常に速く、低速のものを除いて長期間に渡って入手可能な汎用の半導体部品は存在しなくなってきました。数年前なら大きなプリント基板に複数のLSIを必要とする回路も、現在ならLSI一つに収まって、さらに高性能化までできて、大量生産するならコストも数分の1から10分の1とかになってしまうような状況です。
その上で動作するソフトウェアもどんどん肥大化し、古いLSIを使ったものでは(ハードウェアのスペックとして)動作すらしない場合も多々あります。
そのような状況下ではメーカーとしても「同じハードウェアで長く商品を出す」というのは、数年後には「高い」「遅い」「大きい」・・・となり、難しいものがあると思います。(それを消費者が評価してくれてその期の売上につながれば別ですが)
したがって、情報機器に関しては、ムーアの法則が破綻するまでは現在の状況が続いてしまうのかもしれない気がします。
#たとえ2年前のPCを「10年間修理できることを保証します」と言われても、ほとんどの人は今のPCと同じ値段でも買わないでしょう?。これが、冷蔵庫やビデオデッキ・テレビなどの家電製品ならそれほど抵抗はないでしょうけど。別に2年前と同じ物じゃなくて、今の製品が10年修理できるようにしてくれれば良い、という人もいるかもしれませんが、まるで2年前のPC(のマザーボード)と共通部品の少ない今のPC(のマザーボード)では修理部品はほとんど共通じゃないので、修理部材の管理やコストの話に戻っちゃいます。
それまでは、我々にできるのは「せめて情報機器以外の家電製品や家具類は永く使えるものを選ぶ。」「必要のない情報機器は買わない(買い換えない)」「PCもマザーボードだけ入れ替えてケースや電源やドライブ・ディスプレイ類はなるべく流用する。そのためには少々ケースなどが大きかったりするのは我慢する。」「(まるごと廃棄するしかない)ノートPCはなるべく使わない。」くらいしかないように思います。
結局、大量生産(による低コスト・低価格)と大量消費(による売上確保)が、消費者(安い方がうれしい)とメーカー(売上が立たないと潰れちゃう)の両方の利益にマッチしてしまっているので、このどっちかを断たないと解決しません。みんな理屈では「将来のために環境破壊や資源の浪費はいけない」ということはわかっているのですが、結局は「明日の飯より今日の飯」状態で「今日の飯が食えなくて餓死しては将来なんか意味がない」という状態になっちゃってるんですよね。