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電力なしで表示を保持する液晶が登場」記事へのコメント

  • 紙の代わりとするには折れない、曲げられない、といった点がネックかな。
    下敷き程度の厚さで何枚も並べられるようなものができれば少しは理想に近づくかな。

    事ある度に紙に印刷して読む方の意見も聞いてみたいです。

    スーパーのPOPや値札に利用する例は効果的だと思いました。
    • さんざん議論されつくされたことかもしれませんが、

      私は「電子ペーパーは完璧に紙の代わりになりえない」、と思います。
      できるとしても紙の補完的役割しか担えないのではないかと。

      読書好きの観点から言わせてもらえば、折り曲げられるのは当然のこととして、
      紙の放つ臭い、質感、インクの滲み、ページをめくるという触れる・聞く快感、その他諸々がなければダメなのです。

      そんなこと電子ペーパーにはどうやっても実現不可能じゃないですかね。

      だから私は無駄に紙の代用を目標とするよりは「電子ペーパー」としての利点を最大限伸ばすべきだと考えます。
      情報の最新性だとか、ユーザーカスタマイズ可能なインターフェースとか、双方向コミュニケーションとか…。
      まぁここまでくるとタブレットPCやPDAと何が違うの?って話になりそうですけど、それは「見れる・触れることが可能なエリア(電子ペーパーはハードウェアボタン等が存在しない)」と「使いやすさ、持ち運び易さ、壊れにくさ」の問題だと思います。

      --
      POP・値札に利用する例はホント*使えそう*ですね!
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      PKDばっかし読んでて脳内ピンク色。
      • by Anonymous Coward
        電子ペーパーが紙の代替品になりえないとしている理由が個人的な習癖や慣れの問題ばかりです。
        万人には当てはまらず説得力に欠けるように思えます。
        • いやいや、完璧に質感や臭い、その他が再現されたとしても多分だめだと思いますよ。また別の理由を見つけてくる事でしょう。
          • 正解です。

            バーチャルリアリティが完璧に実現したときの、それに対する極めて倫理的・美学的な問題に近いんですよね。
            デリダって哲学者の「代補(シュプレマン,supplément)」という概念がこれを良く言い当ててると思います。

            ある事柄の代理をすることは同時に事柄の補足の可能性を常に秘めている。
            つまり、代理を行った時点で、本来必要とされる代理の機能より、必要のない過剰な機能(ここで言う機能は電子ペーパーの紙以上の新たな可能性のことではありません)が提供されてしまうということである。
            例えば、義肢は人の身体を代理する役割があるが、そこには、やはり何か付け加えられてしまった(ホンモノではない)という違和感がある。それならば、いっそ義肢を使わないほうが良かったのではないか。もちろん、使うことによる便利さは否定できないが、ある種の気分の悪さ、そんな感情を持ちうることは事実である。


            ↑はめっちゃくちゃ自分なりの解釈が入ってるので、正しい(ある程度客観的な)解釈は、
            http://wwwsoc.nii.ac.jp/dickens/archive/ge/ge-kajiyama.html
            あたりをお読みください。(哲学関係はネットの情報少なすぎや…)
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            PKDばっかし読んでて脳内ピンク色。
            親コメント

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