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UNIXはシンプルである。必要なのはそのシンプルさを理解する素質だけである -- Dennis Ritchie
見てない (スコア:1)
ころころ転がる心から解き放たれたとき真我が現れる。
だけどころころ転がる心も自分であるから迷うのか。
知識としてはあるけど、心にストンと落ちないなあ。
Re:見てない (スコア:1)
ピカソの青の時代についてテレビで話していたんですよ。で、青という色についての話しになって、顔料の歴史とか細かいところもあったんですが、心理面からの青のお話になりました。で、ある絵の教室に通っている子供の絵が紹介されました。その絵は紙にパレットが貼り付けてあってそれだけなのですが、パレットも紙も真っ青一色なのです。そこで先生が「どうしたの?」と聞くと「来月から学習塾に行かなくちゃならないから、絵を描きに来ることができない」と。
子供が青色を使うのは「自我の目覚め」の時で同時に「自分を失い始める」というコトだったのです。その変の言い回しが微妙に記憶違いである可能性があって、なんとも苛立つのですが、自分が自分で無くなるというかそんなニュアンスだったと思います。
ま、青が自我の目覚めを意図するというのは鵜呑みにするつもりはないのですが(笑)、先生のお話がおもしろかったなぁと。
> ころころ転がる心から解き放たれたとき真我が現れる。
> だけどころころ転がる心も自分であるから迷うのか。
おもしろいですね。回っているコトに気付いた時点で止まっている?転がりながら自分を意識する事は実は転がっていない?
だめだ・・・頭ボンっ!
Re:見てない (スコア:1)
あって、絶対矛盾的自己同一という言葉があるんや。絶対に矛盾しあう
ものが一つの人格にあるということやね」と語るのを思い出しました。
少年の自我のめざめと絵の具の話はちょっとおもしろい。先生が子ども
たちとの交流のなかで気がついたのだろうか。
自分の時はどうだったんだろうと考えたけどよく思い出せない。
ただひたすら空を描きたい時があったような気がする、小学5年ころ。
ロリロリはわからん。