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UNIXはシンプルである。必要なのはそのシンプルさを理解する素質だけである -- Dennis Ritchie
マスターの入手元はどこだ (スコア:0)
レコード店とかではなくて。
てっきり映画会社から正規に権利を入手して販売していたものだと思いました。
でないとすると激安ソフトの販売業者はその映像素材をどこからどのようにして入手したのかが疑問に思えます。
版権ビジネスでは著作権が期限切れになった作品を商品化する場合には音楽や小説でもそれらの権利を管理していた企業や財団からオリジナルをそれなりの対価を支払った上で入手するのが一般的です。特に文芸作品は版によって改変が行なわれていることが多いため要注意になります。
権利が
Re:マスターの入手元はどこだ (スコア:0)
(つまり、製作会社が保管している原版ではなく、公開用のコピーを入手してくるようです)
「このオリジナルの入手方法にもノウハウがあり、入手先は企業秘密」みたいな紹介の仕方でした。
著作権の期限は「公開日」を基準として起算するので、当時劇場で公開していたフィルムをそのまま持ってきてマスターとする分には(そうしている、という話でしたが)期限のカウントの仕方としては問題ないと思われます。
現在の著作権体系は制度疲労を起こしているとおもう (スコア:0)
>つまり、製作会社が保管している原版ではなく、公開用のコピーを入手してくるようです
なるほど、そういうことでしたか。
私自身は映像ビジネスに関与した経験が無かったので不思議に思っていました。
著作権ビジネスの世界には長年の慣行やしきたりがありますので一筋縄ではいかないところがあります。
著作権の法的概念と商品化する実務処理との間にはギャップがあって感覚的に理解しずらいことが多い世界です。
ひとつだけはっきりと言える事は「著作権が法律による保護期間を終了しても作者に無断、無償で商品化することは出来ない」ことです。
マンガもそうですよね。同じ出版社でも文芸部と雑誌部は流儀も慣行も違います。
印税扱いの文芸は原稿返却が原則ですが原稿料扱いの雑誌は原稿預かりが原則なので数年前までは今は大御所の大先生の若かりし頃の原稿も出版社が管理していてなかなか他社に移せないどころが紛失なんて騒ぎもありましたっけ。
これが映画の上映権だのテレビ放映権だのとなってくると更に複雑奇怪であることは専門外であっても容易に想像がつきます。
その複雑奇怪さ故に映画やテレビ番組のネット配信事業が実現しずらいことは皆さんよくご承知だと思います。
個人的には歴史的な経緯があり主に個人によって創作され作品単独で鑑賞できる音楽、絵画、
文芸などと、主に企業によって制作され何らかのメディア産業を通じて鑑賞される映像作品は保護したり活用するための法律を分けるべきなのではないかと思っています。
創作者個人の権利の保護と集団で制作された映像コンテンツの権利の保護とでは「法律や制度で守るべきもの」が異なるように思えますし、出版分野について言えば現在の著作権制度が必ずしも本来保護すべき作者自身の権利を十分に保護しているようには思えないからです。
期限の議論も良いのですが制度の枠組みそのものについても議論すべき時期に来ているのではないでしょうか。
Re:現在の著作権体系は制度疲労を起こしているとおもう (スコア:1)
そんなことはありませんよ。保護期間を終了すれば、権利は消失してますから。
書籍の場合だと、著作権の切れた書籍テキストを無料で公開する青空文庫 [aozora.gr.jp]というものもありますし、
ちょっと前に、サンテグジュペリは死後50年(+戦時加算10年)で著作権が切れたので、星の王子様が各社から出版されてます [srad.jp]
「原稿預かり」というのは、著作権的には、著作者が出版社に独占的な権利を渡している、という形になるわけで、
保護期間がすぎれば、そもそも出版社が持っている権利が消失します。
ですから、死後50年経ったような漫画家はまだ多くないので実例は無いですが、漫画の著作権が切れれば
「掲載されてた漫画を雑誌からコピーとって新規に出版」するのに、作者とか元々の出版社の許諾は不要です。