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192.168.0.1は、私が使っている IPアドレスですので勝手に使わないでください --- ある通りすがり
着信音がうるさいと言うひと (スコア:1, 興味深い)
携帯電話の着信音がうるさい、と感じるとか、電話の中での携帯電話の話し声がうるさい、と感じる、という人は、どこかで
「こんなにあれもこれもどんどん進んでいく世の中から、自分は取り残され、やがては消されるのではないか」
という恐怖感に似たものが、心のどこかに、大なり小なり、あるのではないでしょうか?で、こういう人ほど、もともと「自分は社会から疎外されている」と普段から感じているので、携帯電話の流行、といったような「突出した事象」に過剰反応してしまうのでしょうね。
世の中の変化というものについていけない、という人は淘汰されて、世の中の表舞台からは消えていってしまいますから、結局この人たちの意見を過大に聞きすぎる、というのもどうかと思うんですよね。
世の中は変化していくものであり、その変化に自分をあわせていけない人間は生き場を失う、というのは、昔からあった、ごくあたりまえな現実です。
でも、人間がトシとれば、そういうように感じる場面も増えてきます。そういうものです。そうやって人間は老人になって死んでいくものですよね。
だから、そういう人には「携帯電話」みたいなわかりやすいものだけが、変化の象徴=自分の存在を脅かすものの象徴、に見えます。でも、ものごとを理解する能力が不足しているので、自分がより深い理解をもってこれらの機器の動作原理などがわかっているわけではなく、結果として「明らかに見えるものにしか反応しない」「なぜそれが動くのかをわからないから、自分は<実はそんなものわかりたくないのだ>=能力はあるがしていないだけ、というような主張をする」というような、偏った行動に出ます。
この「老人の主張」がめでたくかたちになったのが「ペースメーカーうんぬん」そいうことだと思うんですね。昔は「人生50年」とか言っていて、明治、大正時代の平均寿命なんか50前ですよ。ということは、時代の変化にさらされて恐怖を覚える老人になる前に、多くの人は死んでいたわけです。だから問題なかった。
でも今はどんなボンクラでも長生きするわけですね。本当はこれが問題なのかも。