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その問題は非常に大きいと思います。#アランチューリングの「同性愛」が病気だから「治療」を受けさせるとか、#暴力的行為を行うのは脳に欠陥があるからロボトミーで「治療」するとか。
どこまでが「個性」でどこからが「欠陥」なのか。それを誰がどのように「定義」するのか。
優生学は政治的、人種差別的に悪用される危険が大きいのです。
本来持っているはずのメラニン色素が少ない白色人種こそ治療の対象とすべきでしょう。
なるほど、日差しが強くて皮膚がんのリスクが高いオーストラリアの白人は黒人やアボリジニ風に”治療”されてしまうわけか。
>最初にその域に達するのは日本人なんじゃないかと期待してしまいます。むしろ我々は排他的というか均一性を求めすぎる性質があると思うんですが。
少なくとも色盲に関しては、日本は神経質なほど差別している気がします。例えば小学校で毎年色盲検査をやったりしてたのは日本だけではないかと。最近はやめたようだけど、隠すべき欠陥のように考える親が増えたせいかも知れないし。色彩感覚が大部分の人とは違うというだけなのに、就職でも結婚でも差別的扱いをする人が多いのは日本くらいでは?
差別の原因になるのは論外ですが、自分の色覚が他人と異なるという自覚を本人が持っていることは重要だと考えます。
# 世の中のすべてがユニバーサルデザインな色彩でできているわけではないので、# 無用な誤解や事故を防ぐためには避けられないかと。
本人だけを見ればその通りだとは思うんですが、頑張って治せと言う教師や、出来損ないとして扱う親も居るわけで・・・検査を受けさせる側の動機に無理解や偏見があるのが現状だと思うのです。語ることさえタブーになってしまうよりマシかも知れませんが。
#国語教育じゃないけど、誰もが同じものを見て同じように感じなければいけない、という世界は恐ろしいと思う
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一つのことを行い、またそれをうまくやるプログラムを書け -- Malcolm Douglas McIlroy
そして、 (スコア:0)
Re:そして、 (スコア:1, 興味深い)
その問題は非常に大きいと思います。
#アランチューリングの「同性愛」が病気だから「治療」を受けさせるとか、
#暴力的行為を行うのは脳に欠陥があるからロボトミーで「治療」するとか。
どこまでが「個性」でどこからが「欠陥」なのか。
それを誰がどのように「定義」するのか。
優生学は政治的、人種差別的に悪用される危険が大きいのです。
Re:そして、 (スコア:1)
本来持っているはずのメラニン色素が少ない白色人種こそ治療の対象とすべきでしょう。
Re: (スコア:0)
逆に日照の弱い環境においては健康に害を生じている場合もあります。
ですから近い将来においては、高緯度地域に長期滞在する際に肌を白くしたり、
逆に低緯度地域に長期滞在する際に肌を黒くするような、
「治療」が行われるようになる可能性は否定できないと思います。
とは言え、そこまでこだわりを捨てられる柔軟さを、
あらゆる人種・民族がそう簡単に獲得できるとは思えませんね。
最初にその域に達するのは日本人なんじゃないかと期待してしまいます。
Re: (スコア:0)
なるほど、日差しが強くて皮膚がんのリスクが高いオーストラリアの白人は黒人やアボリジニ風に”治療”されてしまうわけか。
Re: (スコア:0)
>最初にその域に達するのは日本人なんじゃないかと期待してしまいます。
むしろ我々は排他的というか均一性を求めすぎる性質があると思うんですが。
少なくとも色盲に関しては、日本は神経質なほど差別している気がします。
例えば小学校で毎年色盲検査をやったりしてたのは日本だけではないかと。
最近はやめたようだけど、隠すべき欠陥のように考える親が増えたせいかも知れないし。
色彩感覚が大部分の人とは違うというだけなのに、就職でも結婚でも差別的扱いをする人が多いのは日本くらいでは?
Re:そして、 (スコア:1, すばらしい洞察)
差別の原因になるのは論外ですが、自分の色覚が他人と異なるという自覚を
本人が持っていることは重要だと考えます。
# 世の中のすべてがユニバーサルデザインな色彩でできているわけではないので、
# 無用な誤解や事故を防ぐためには避けられないかと。
Re: (スコア:0)
本人だけを見ればその通りだとは思うんですが、
頑張って治せと言う教師や、出来損ないとして扱う親も居るわけで・・・
検査を受けさせる側の動機に無理解や偏見があるのが現状だと思うのです。
語ることさえタブーになってしまうよりマシかも知れませんが。
#国語教育じゃないけど、誰もが同じものを見て同じように感じなければいけない、という世界は恐ろしいと思う