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FreeBSD 10 周年おめでとう」記事へのコメント

  • あの頃 (スコア:3, 興味深い)

    SunOS4.1の開発が止まり、Solarisにどうしてもなじめませんでした。 コンパイラが別売りということにものすごい違和感を持ちました。標準でコンパイラがついてこないものはコンピュータではないような気がしました。

    BSD系のかゆいところに手が届くようなコマンド類の作りに対して、System V系の手抜きな感じのコマンドにもなじめませんでした。 BSD系互換モードがあるものは、それを使いましたがそれでも何か 違う感じでした。

    TCP/IPももうだめだよ、これからはOSIだTLIだといろいろ言われ ましたが、そういう方向についていくことはできませんでし

    • by Anonymous Coward
      DOZ/DOS/Classic-MacOS/BeOS-PE/Amiga/etc...=コンピューターじゃない!

      賢い鯖管は、コンパイラ入れないと思うんだけど。。。

      2ch落ちてて鬱だ。スレッド立ってただろうに。。。
      • Re:あの頃 (スコア:2, 参考になる)

        by toycode (2164) on 2003年06月22日 16時45分 (#342997) ホームページ
        コンピュータ=プログラマブルな機械 という、幻想を抱いている僕としては、やっぱりコンパイラのない機械は *コンピュータ* ではないと感じます。

        最近のサーバーがコンパイラが入っていない方が普通になったのは、もはやサーバーが *コンピュータ* でなくて *専用機* になったのだど感じます。

        ちなみに。Mac や それを真似した Windowsマシンに コンパイラが入っていないのは *コンピュータ* じゃなくて *文房具* なのだから、ちっとも不思議じゃないですね。
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        • by tag (10007) on 2003年06月22日 17時20分 (#343008) 日記
          マックを初めて触った時には、ちょっといやな気がしました。コンパイラが付属していないので、何をしていいか分かりませんでした。堕落 したような気がしました。その後、文章を書くのにマックを使うように なり、その便利さは理解しましたが、確かに文房具としての便利さ でしたね。

          あの頃からでしょうか。一般市民がコンピュータを文房具として 使うことができるようになりました。ただ、僕はその便利さを理解しながらも、自分の求める世界ではないなと思うようになりました。

          マックやウィンドウズが受け持つ領域と、BSDが受け持つ領域は 違うのだろうと思います。それぞれ、その領域で頑張っていけば 良いのだと思います。

          親コメント
          • Re:あの頃 (スコア:2, 興味深い)

            by G7 (3009) on 2003年06月22日 18時25分 (#343025)
            >何をしていいか分かりません

            (往年の)Macについては、弄れる「部分」がUnixとは違う所にある、という印象を持っています。

            標準かどうかってのはまた別の問題として、印象深かったのは
            HypercardとResEditかなーと思っています。

            前者は敢えて無理矢理いえばshellみたいな位置付けの存在でしょうかね。まああれはさておいて。

            後者はなんだろう?Unixにはちょうど良いカテゴリーは無いような気がする。

            たしかに、コンパイラ(Cとかの)が全く不要になることが出来るような構造のOSでもないくせに、
            コンパイラはついてこなかった(し、一般人は大抵使わなかった)わけで、そういう意味では侘びしいですが、
            逆にいえばUnixにはResEdit的なものが無いという意味で侘びしかったように記憶しています。

            あれを見て、「ソースを弄れる」と同じくらいに、
            「ソースにいちいち触れなくても弄れる部分がある」こともまた
            大事な事なんだなーという気がしたんです。技術的にも、また使い勝手的にも。

            #同じことは、共有ライブラリにも言えるし、Javaの.classファイルにも言える、と思う。
            #VBやDelphiのGUI RADも。

            そういうことをすれば良かったのかも。
            何か作ったり弄ったりしなけりゃ計算機と思えない、っていう感覚には俺も結構賛同するんだけど、
            弄り方が必ずしもCとかのコンパイラである必要は無いはず。

            ----
            そりゃそうと、このコンパイラ路線とコンパイラなし路線との中間を行くのが、
            例えばスクリプト(LightWeight)言語の路線なんじゃないかなと思います。

            Cコンパイラにつきあう時ほどにはキリキリする必要も無い一方で、
            それなりに細かい(C的な細かさではないが)自由度で物事を記述できる。
            両方の足りない所を補完できる。どうしても足りなければ「少し」Cでライブラリを書く。

            特に近年は、CPUが速くなったおかげもあってか、LightWeightかつ本格的な言語が
            実用的速度(ごめん)で動いてくれるんで、幸せの数が増えましたねー。
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          • by Anonymous Coward
            MacOS Xについてはどうお考えでしょうか?
            開発環境が標準でついており、各種shell/gcc/Xもあります。
            そしてユーザーランドはFreeBSDベースでもあります。
            これなら「いやな気」もしないのでは?
            • by tag (10007) on 2003年06月23日 1時07分 (#343267) 日記
              僕のマックは昔々の7600/400(元132)で、OSは8.6のままで進化を 止めています。MacOS Xには乗り遅れてしまいました。新しいマシン が欲しいような気もしますが、今のツールとデータをどうしようか と迷います。もちろん、MacOS Xにクラシック環境があるのは知って います。でも、いつまでサポートされるのか、いつクラシック 環境はなくなるのかと不安です。それと俗にポリタンクと言われる あのデザイン、俗に鏡餅と言われるあのデザインにどうしてもなじめなくて新しいマシンが買えません。

              一方BSDのほうは、昔のデータ、昔のツールがリコンパイルさえすれば、今でも使えます。大切なデータを保存しておくには、BSDかまたは 印刷して紙で残すのが最善の方法だろうと考えています。

              昔のLPレコードが聞けますか? 昔のオープンリールの録音が聞けますか? 昔のビデオテープが 見れますか? 昔のワープロのデータが読めますか? 

              道具としてコンピュータを使う時、そういう視点も大切にしたいと 考えています。

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        • by Anonymous Coward
          >> コンピュータ=プログラマブルな機械 という、幻想を抱いている僕としては、やっぱりコンパイラのない機械は *コンピュータ* ではないと感じます。

          求める「プログラマブル」の次元によりますが、とりあえず sed と
        • by Anonymous Coward
          インタプリタじゃダメなの?
          #shやawkははいってるでしょ?

身近な人の偉大さは半減する -- あるアレゲ人

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