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理科は実生活で役に立たない?」記事へのコメント

  • 料理に酒を使わない知り合いがいます。理由は酔っ払うから。アルコールの沸点が水より低いということも知りませんし、熱を加えれば気化してアルコール分が無くなることを説明しても理解できませんでした。
    • 昔イスラム系の彼女がいた時の話。イスラムの人は、酒を飲めないんですね。

      赤ワインで肉を煮込む料理ってのがあるでは無いですか。その話になった時に、「酒ってのは熱を加えればアルコールなくなるじゃん。」と言ったんです。

      「駄目な物は絶対に駄目!我が家では、その料理作るとき、水を使ってるのよ。」

      いや、肉を柔らかくする為にわざわざワインを使うのだけど。その後段々と原理主義っぽくなって行ったので、遠ざかっているんですけどね。

      彼らの事をフォローしておきますが、昔は最先端を行っていた中
      • by Anonymous Coward on 2004年08月02日 1時22分 (#599676)
        >「駄目な物は絶対に駄目!我が家では、その料理作るとき、水を使ってるのよ。」

        宗教の原則は思考停止にあるのだと私は思うんですけどねぇ。
        科学ってのは、宇宙の物理法則などの既に其処に存在して居るものを発見し理解する事が基本だと思うのですが
        宗教の基本は、神の言葉とか教義とかを思考停止で盲信する事にあるのでしょう。
        彼ら(思考停止の盲信者)にとって、科学的根拠とは「宇宙の物理法則」って教義を信ずる異教徒の理屈であって
        我々とは信じるものが異なるって事で衝突するんでないかと。
        しかし、宇宙の物理法則は実際に此処に存在していて誰も逆らえないんですけどねぇ。
        科学では、今迄の理解がが誤っていた事が認識されれば更新されるんで思考停止が原則の宗教とは根本的に異なるんですがねぇ……
        彼らにとっては科学も宗教の一種なんでしょう。
        なので、科学的根拠を盾に説得しようとしても無駄かと。
        親コメント
        • そこまで言うからには宗教(あなたの言う思考停止)を信じるべきではない理由が確固としてあなたの中にあるのだと思うのですが、よければ説明していただけないでしょうか。

          欲を言えば「宇宙の物理法則は実際にここに存在していて誰も逆らえない」ということの根拠についても科学的に説明してくだされば幸いです。
          • なんでそんなに噛み付いてるのかわかりませんが
            上のコメントのAC さんは宗教を信じるべきでない等とは一言も書いてませんよ。

            宗教に捕われると思考停止になるという点には私も賛成です。
            自分の行動や言動に一貫性や意味を持たせるのは非常に労力が要りますし
            時間もとられます。

            だからといって宗教で偉い人が言った事を丸呑み
            • 宗教をどう捉えるのかにも因りますよね。

              自分が真実とか幸せに辿り着くアシスト的なものだと捉えていれば、一人ひとり宗教を確立なんて話にもなるでしょうけど。
              神(仏)を人間のちょっと偉い人みたいな位置づけをしている場合も同じ事が言えるか。
              絶対的な存在として捉えている場合は丸呑みというかまず受け入れるというのは姿勢として当然でしょう。

              宗教の教義の中には、何故それが禁止事項になったのかという理由が説明されていないか、もしくは当時の一般人の知識レベルに合わせたのか喩えとか抽象的な概念で説明されている事が幾つもあると思うのですが、それがために原理主義な人達や慎重な人達は頑なにそのままを実行し、リベラルな人達は自分達の理屈でその解釈を変えていっているだけですよね。

              どちらが正しいかなんて私には結論は出せませんが。
              親コメント
              • うちのセンセは「道徳観念のテンプレート」って言っていたなぁ。
                社会活動の規範を共通化する為には意外と便利とかなんとか。

                #別のセンセは「人間の価値観の基本クラス」って言っていたけどな。

            • なるほど、冷静なご意見ありがとうございます。宗教を信じるべきではないというのは撤回します。『宗教と科学の違いが確固としてあるのならご説明下さい』と書けば良かった。

              宗教が思考停止だという意見には私も同意できます。しかし科学が思考停止ではない理由も
              • 横槍ですが。

                科学というのは論理的な考察の積み重ねだと思います。
                なので、必ず、Cが成り立つのはBだからであり、Bが成り立つのはAという事実があるからで...
                というようにA→B→C→D→...と目的地までどこまでも積み上げていくことができます。

                一方、宗教というのは創始者ないしは上層部がまず世界を定義して、そのあとでその世界の中の各事象を定義したものだと思います。
                なので、その話している内容に穴がある、とか、思わず納得してしまう、とか言うのは、その各事象の定義の作りこみの度合いによる、と思います。

                したがって、すでにわかっている事柄、想定内の事象については科学も宗教もそれぞれの定義に基づいて説明が行えるので、科学と宗教にたいした違いが無いように思いますが、
                未知の事象、想定外、考えていた世界の外側の事象については、科学はわかっているところまで定義を積み重ねていって、
                足りない最後のアプローチについては推論という形で自分で定義を作ることができます。
                (その推論が別の人によって実証されれば新たな定義として受け入れられるでしょうし、あまりにもおかしいとトンデモ扱いされるでしょうが)

                一方、宗教では一信者においては定義は与えられるものであるので、その世界外の事象については定義が無いために考えることができません。
                ここで、明らかに思考停止をします。
                ただ、その事象が身近に迫るものであれば、その事象を上層部にpostして新たに定義を作ってもらうでしょうから、思考停止の状態を維持するか先に進めるかはケースバイケースでしょう。

                という訳で、現在の段階では宗教と科学の間には未知の領域において確固たる違いがあり、宗教はそこで必ず思考停止をしてしまう、と私は思います。
                逆に言うと、遠い将来、すべての事柄が完全にわかってしまったなら科学と宗教が同一になるのかもしれんなぁ、と思っています。

                親コメント
              • >宗教と科学の違い

                宗教として一神教しか考えてないようだが、仏教も含めれば「宗教は人生の方法論」,「科学は真理探究の方法論」であるわけで、科学と矛盾する宗教もあれば無関係なものもあり、本来は独立な関係だ。

                一神教に限ると世の中全てが神の意思に帰着されるため、科学と矛盾することが多いが、釈迦が始めたときの仏教は「宇宙の真理」などを議論するのは仏教の範囲外で、「自
              • >横槍ですが。
                >
                >科学というのは論理的な考察の積み重ねだと思います。
                >なので、必ず、Cが成り立つのはBだからであり、Bが成り立つのはAという事実があるからで...
                >というようにA→B→C→D→...と目的地までどこまでも積み上げていくことができます。
                >
                (中略)
                >という訳で、現在の段階では宗教と科学の間には未知の領域において確固たる違いがあり、宗教はそこで必ず思考停止をしてしまう、と私は思います。
                >逆に言うと、遠い将来、すべての事柄が完全にわかってしまったなら科学と宗教が同一になるのかもしれんなぁ、と思っています。
              • 悪のりして、いろいろと考えてみました。
                #本筋からは全然離れてしまいましたが。

                類似面:


                1. 宗教と科学は、ともにより良い生活を実現するために生まれたものである。ただし、かならずしも万民が幸せになることを目的としているとはかぎらない。

                2. 宗教と科学は、ともに戦争の道具に使われる。宗教は戦いを正当化し味方を鼓舞するのに用いられ、科学は強力な兵器に使わる。

                3. 宗教と科学は、ともに平和の維持にも役に立つのかも知れない。一般にそう信じられているが、目覚ましい成果というものはあまりない。ただこれは悲観するものではない。平和の維持というのは細かなことの不断の積み重ねの結果であり、なにか一つのことでなされるものではないのだから。



                相違面:


                1. 宗教と科学は、ともに商売の種として用いられるた、そのビジネスモデルは少し異なっており、宗教はその教義をできるだけ広く広めること(布教)で集金力を高めるが、科学はその知識を限られた人間で独占すること(たとえば特許)で集金力を高める。

                2. カジノでは、客は宗教(神や運)を信じていることが多いが、オーナー(胴元)はすべからく科学(確率論)を信じている。

                親コメント
              • > カジノでは、客は宗教(神や運)を信じていることが多いが、オーナー(胴元)はすべからく科学(確率論)を信じている。

                もしや「すべからく」を「全て」(英語のallやevery)という意味(誤用)で使用していませんか。(無粋な突っ込みだけど)
              • 宗教はソースが一般に非公開で
                科学は誰でもソースをいじることが出来るんですね。

身近な人の偉大さは半減する -- あるアレゲ人

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