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たしかこのマンガが流行ったあたりはサリン事件で社会が騒然としていた時期だったと記憶しています。
むしろプロローグや「市長」の死のシーンからすると、環境問題がテーマのように思えます。 タイトルの「寄生獣」の本当の意味が明かされた例のシーン、「やられた…」と思いませんでした?
>寄生獣のパラサイトって、テロリストなどの殺人を >なんとも思わない犯罪者のメタファだと思いますね。
たぶん Technobose さんは「寄生獣」の記憶が薄れてるんでしょうね。ある程度内容を憶えているなら,こういう見解は出てこないはず。
あの作品に「殺人をなんとも思わない犯罪者のメタファ」なんて出す必要はないでしょう。シンイチ以外の人類で唯一寄生獣を見分けられる人間として,まさにそういう犯罪者が登場していますから。しかも作中では,人間を「獲物」として捉えている点は寄生獣と同じであるにもかかわらず,寄生獣とは全く異なる存在であることが明示されています。
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犯人は巨人ファンでA型で眼鏡をかけている -- あるハッカー
猟奇ホラー+パラサイトアクションバトル (スコア:0)
田宮良子の最期のシーンはすごく心に残ってるんですけど
こういうシーンは2時間枠でうまく納められそうにないし。
単なる猟奇ホラー+パラサイトバトルメインのホラーアクションになりそうな予感が…。
同感 (スコア:1)
この間もそのまんま「パラサイト」というアメリカの異星人侵略学園ものをテレビでやってましたが、単純な侵略ものとかホラーとは怖さの質が違うと思うんです。
そのあたりうまくアメリカのスポンサーを説得して、原作を活かせるのか不安でもあり期待でもあります。
・・・そういえば「パラサイト・シングル」なんて言う言葉も、この時期に有名になりましたよね。時期的に見て「寄生獣」の流行→パラサイトという言葉の認知の広がり→親に寄生している若者の表現にぴったり「パラサイトシングル」という流れだとにらんでいるのですが、どんなものでしょうか?
Re:同感 (スコア:2, すばらしい洞察)
…。おーい。
パラサイトはただ生きるために食ってるだけ。家畜を食ってる人間と同じ。
あるいは肉食獣が草食獣を食うのと同じ。それが悪いのか?
では、「家族を守る」という理由でパラサイトを殺すという「正義」は本当に正義か?
食うために殺すことが悪で、守るために殺すことは善なのか?
ってあたりが(少なくとも終盤の)主題だったでしょうが。
むしろ、アメリカ的な「我々が正義だ」的な世界観に疑問を投げかけるものなので、その部分を骨抜きにされずに映画作れるのかな~という懸念は持ってますが。
Re:同感 (スコア:1)
むしろプロローグや「市長」の死のシーンからすると、環境問題がテーマのように思えます。 タイトルの「寄生獣」の本当の意味が明かされた例のシーン、「やられた…」と思いませんでした?
Re:同感 (スコア:1)
書店で寄生獣がたくさん平積みされるようになって、しばらくしてから地下鉄サリン事件が起きましたね。
Re:同感 (スコア:1)
全体に広げて書くと誤読する人間が増えるんでまずいと思います
あなたの発言だと寄生獣が原因で地下鉄サリンとも読めますよ?
印象だけで語らないでくれ (スコア:1, 参考になる)
寄生獣 [wikipedia.org]連載:1990年1月号から1995年2月号
1993年第17回講談社漫画賞一般部門受賞、1996年第27回星雲賞コミック部門受賞
松本サリン事件(まつもとサリンじけん) [wikipedia.org]:1994年6月27日
地下鉄サリン事件 [wikipedia.org] :1995年3月20日
パラサイト・イブ [wikipedia.org]初版は1995年、映画は1997年
山田昌弘 [wikipedia.org]:パラサイト・シングルを造語
# 『パラサイト・シングルの時代』(筑摩書房[ちくま新書], 1999年)
時系列的には重なっているが、オウムの社会敵視の始まりは1990年の衆院選全員落選が期と言われているし、
共時性だけで同じ時代の雰囲気があるというのはどうだろうか。
Re:同感 (スコア:0)
環境問題がテーマではあったでしょうが、広川がその象徴というのは違うと思いますけど。
KC最終巻の作者コメントを読んでください。
むしろ最終回一つ手前の話に作者がたどり着いたテーマが隠されていると思います。
Re:同感 (スコア:1)
そりゃあんまりだ。
一番恐ろしいのは人間ってのの対比として描かれる存在だったように思いますが。
Re:同感 (スコア:1)
たぶん Technobose さんは「寄生獣」の記憶が薄れてるんでしょうね。ある程度内容を憶えているなら,こういう見解は出てこないはず。
あの作品に「殺人をなんとも思わない犯罪者のメタファ」なんて出す必要はないでしょう。シンイチ以外の人類で唯一寄生獣を見分けられる人間として,まさにそういう犯罪者が登場していますから。しかも作中では,人間を「獲物」として捉えている点は寄生獣と同じであるにもかかわらず,寄生獣とは全く異なる存在であることが明示されています。
Re:同感 (スコア:1)
それがまじめにテーマを持ったホラーとして書かれてる。原点回帰だと思うんです。ホラーって古くはそういうテイストも散見されるじゃないですか。自分の存在に悩むフランケンシュタインとか。(このあたり詳しい方がいらっしゃったらツッコンで欲しいわけですが。)
Technoboseさんの主張に対する反論はすでに語りつくされているでしょうから控えますが、この漫画は、連載当時あまり強く語られることがなかった"環境問題"にそのテーマの本質を重ね合わせて深く語ってることに意味があると思うんです。何せ京都議定書より前ですから。
テーマ的に見て所詮、手塚修へのオマージュな部分は無いとはいえませんが、"環境問題"の言葉が(一般に)無かった頃、"公害"を超えて深くそこに命の価値というテーマまで掘り下げきれたことがこの漫画の先見性であり、時代へのマッチと、支持が得られた理由だと思います。
むしろ私だけその辺で盛り上がったのかもしれませんが。
-------
自信が無いのでAC
Re:同感 (スコア:1, 参考になる)
漫画で環境問題を(かなり深く突っ込んで)描いたのは風の谷のナウシカ(連載:82-94年)などの先駆があったと思います。
(漫画を抜きにして)環境問題を論じる、ということ自体は公害問題との重なりもありますが、
その一里塚は yottanさんの指摘した京都議定書ではなく92年のリオデジャネイロの地球サミットで、
ここで地球環境問題が国家のトップが語るべき国際政治問題となったのです。
#このとき、日本の首相は数少ない(唯一?)先進国の欠席者だったw
市民レベルでは既に80年代から(例えば、ワールドウオッチ研究所の「地球白書」は1984年から)、政府の事務レベルでは92年以前から論じられているのは当然です。
寄生獣を先駆者とするのは言い過ぎで、時代の雰囲気とともに盛り上がっていた、と私は記憶しています。
Re:同感 (スコア:0)
そこで質問というか…、マスコミで"環境問題"と言う言葉が市民権を得たのが、ちょうど時代として重なったと記憶していたのです。指摘したかったのはそこなので、国際政治として、問題が既にあったことはご指摘にある通りなのですが、いわゆる環境問題が"環境問題"として"日本の社会の中で"扱われるようになったのはいつごろでしょうか?(大衆芸術として漫画を捕らえたか
Re:同感 (スコア:0)
漫画
Re:同感 (スコア:0)
http://imozo.leh.kagoshima-u.ac.jp/ecology/2005/kyozai/ecoedu.html
"公害"という認識と"環境問題"という認識には隔たりがあると思います。人から見て都合のいい住みやすい社会から、持続可能な発展というパラダイムシフトは"公害"という言葉の再定義に拠るところも少なくないのではないでしょうか。
そこに、命の平等性っていう根本原理を持
Re:同感 (スコア:0)
#時代的な背景だけ。
「公害問題」から「環境問題」にシフトしたのが80年代です。
公教育における受容(初等・中等教育、あるいは高等教育機関における
環境系学部・学科の設立)は90年代初めから始まっていますが、
言い換えればその時点までである程度の議論がなされてきたからこそ
学部の設立などの形にみえる成果になっているのです。
「人間は地球の癌細胞であ
Re:同感 (スコア:0)
ガイア思想がありますが、その初版年は
「地球生命圏-ガイアの科学」(1979、ジェームズ・ラブロック)
「ガイアの時代」(1989、ジェ
Re:同感 (スコア:1)
>自分の存在に悩むフランケンシュタインとか。
フランケンシュタイン博士によって造られた人造人間ですね。
一般的には被創造物の創造主に対する憎しみ、被創造物が創造主になりたい、っていうような
捕らえ方をされるような事が多いようです。
#フランケンシュタインコンプレックスとか。
らじゃったのだ
Re:同感 (スコア:0)