山形さん、ご指摘ありがとうございます。ただ、『Clio and the Economics of QWERTY』(The American Economic Review, Vol.75, No.2 (May 1985), pp.332-337)で「Because the printing point was located underneath the paper carriage, it was quite invisible to the operator.」(p.333)と書いてるところからすると、Paul A. David自身は、upstrike式タイプライターとfrontstrike式タイプライターの違いは理解してるんですよ。ところが岡崎哲二は、これらの違いすら理解せずに「タイプライターの歴史を調べる必要があるのです」なんて書いてるあたり、非常に始末が悪い。
いえいえ、そこではなくて、Paul A. Davidの言う「ロックイン」の例として、QWERTY配列を考えるのは無理でしょう、ってことです。Davidは『Clio and the Economics of QWERTY』で
The advent of "touch" typing, a distinct advance over the four-finger hunt-and-peck method, came late in the 1880's and was critical, because this innovation was from its inception adapted to the Remington's QWERTY keyboard. Touch typing gave rise to three features of the evolving production system which were crucially important in causing QWERTY to become "locked in" as the dominant keyboard arrangement. (p.334)
っていう風に、QWERTYにおけるタッチタイプの発明こそが、1890年代前半におけるキー配列のロックインを生んだとしています。しかし、現実にはタッチタイプはQWERTYの専売特許じゃなくて、他のキー配列でもおこなわれていました(たとえばCaligraphにおけるLouis TraubやThomas W. Osborne)。となると、1890年代にQWERTY配列が優位にたった理由を、タッチタイプによる「ロックイン」に求めるDavidの説は根拠がなくて、別の根拠(私の場合はこれをTypewriter Trustに求めてるわけです)を考えるべきだろう、ということです。
この話のネタもと (スコア:1)
http://www.utdallas.edu/~liebowit/knowledge_goods/david1985aer.htm
岡崎哲二が書いている内容は、ほぼここからギッてきたものです。この論文で Qwerty について書かれている内容には、ご指摘のような批判はすでに多々存在しますが、論文そのものの本題、つまりいったん何らかの理由で広まってしまったものがロックインされてしまうことでさらに普及する、という構造の指摘が否定されるわけではないために(そしてこの指摘は経済学の歴史では非常に重要なものだったので)、この論文は引用され続け、この話も経済学者の多くは鵜呑みにしています。そういう事情なのでございます。
Re:この話のネタもと (スコア:1)
ちなみに、Typewriter Trustの存在を考慮に入れると、QWERTY配列をロックインの例として使うのには、もはやさすがに無
Re:この話のネタもと (スコア:1)
>Typewriter Trustの存在を考慮に入れると、QWERTY配列をロックインの例として使うのには、もはやさすがに無理がある、というのが私の印象です。
ぼくは全然無理だとは思いません。理由はどうあれ、最初に何らかの原因で優位が確定すれば、あとは勝手にそれが広まっているという事例としてはどんぴしゃだと思います。いまのキーボードはそのトラストに脅されてQWERTY配列になってるわけじゃないんだし。むしろ、ロックインの初期条件を人工的に作れるという主張をする多くの論者にとっては、かえって好都合だと考えます。
岡崎哲二は、確かにDavid論文の受け売りしてないで自分で調べたほうがよかったのは事実です。が、ロックインと経路依存の本質というのはまさに、その初期に普及した理由がまったくどうでもいい、というところにあるのです。したがって、QWERTYが機能的に圧倒的に優れていたからこそ普及した、という議論が展開されない限り、トリビアでしかないとは思います。なかなかにおもしろいトリビアではありますが。たぶんフランスのAZERTY配列の普及と比べると、そのトラストの果たした役割も明確になるとは思います。
Re:この話のネタもと (スコア:1)
Re:この話のネタもと (スコア:1)
>いまのキーボードはそのトラストに脅されてQWERTY配列になってるわけじゃないんだし。
いえいえ、そこではなくて、Paul A. Davidの言う「ロックイン」の例として、QWERTY配列を考えるのは無理でしょう、ってことです。Davidは『Clio and the Economics of QWERTY』で
っていう風に、QWERTYにおけるタッチタイプの発明こそが、1890年代前半におけるキー配列のロックインを生んだとしています。しかし、現実にはタッチタイプはQWERTYの専売特許じゃなくて、他のキー配列でもおこなわれていました(たとえばCaligraphにおけるLouis TraubやThomas W. Osborne)。となると、1890年代にQWERTY配列が優位にたった理由を、タッチタイプによる「ロックイン」に求めるDavidの説は根拠がなくて、別の根拠(私の場合はこれをTypewriter Trustに求めてるわけです)を考えるべきだろう、ということです。