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ミドルベリー大学史学部でWikipediaの引用を禁止」記事へのコメント

  • by Anonymous Coward on 2007年02月23日 10時33分 (#1115417)
    サブジェクトのとおり。

    トリビアとか、余談とか、未来の予想とか、知ってもどうしようもないことだらけで、
    果てには主義主張などを持ち出してバトルする人もいる。

    ソースを示せ、といわれてもソースを示さないというパターンもあるし、
    方針に従って編集せよと要求された人は、その方針が間違っているなどとけちを付け出す。

    10万項目ワーイワーイ、20万項目おめでとー、30万項目やったねー、と
    数だけを見て喜ぶ輩もいるが、そんなのはどうでもいい。それのみで百科事典の質を決定できるのであれば、
    今頃BritannicaやNipponica、Encartaなども項目数を水増しして質を主張しているころだろう。
    ではサイズの大きい記事が質が高いかというと、そうでもなく、大量にものがリストされた、一覧記事となっているものが多く、肝心の解説などが少ないので、お話にならない。テレビ番組のスタッフロールとか記載して面白いですか、ウィキペディアンのみなさん?

    なにか新製品/新作品(特にアニメやゲーム)の発表や事件の発生があると、我先にと書き込みを行い、その中で編集合戦が発生したために全保護が行われ、間違った、あるいは特定思想に傾いた状態で放置されるなどとか、もう見ていられない。

    日本も、特に大学などの学術研究組織も、引用はおろかしようを含めて禁止を検討すべき段階にある。このような、教育界からのbanは、ウィキペディアンを引き締めるのにきわめて有効だ。
    • by MG42 (30424) on 2007年02月23日 15時22分 (#1115605) 日記

      引用はおろかしようを含めて禁止を検討すべき段階にある。
      これには断固反対です。これってつまりは情報統制ですよね? しかるべき権威(とされている所)の刊行物のみを出典にしないためにも、Wikipediaは十分有益です。そもそも今回の件は間違った事実を引用したことが原因で、自分で書き直してしまえば大丈夫なわけです。そこまで強硬な姿勢をとっているわけではありません。

      あと、ご存知かもしれませんがWikipediaは質にも注意してますよ。記事数が膨大で手の回ってない記事がままあることは事実ですが、きちんとした合意プロセスを踏んで記事を修正できるような仕組みは整っています。最近では「要出典」というソースの提示を求める記述も増えつつあります。出典がきちんとしているところから利用するぶんには本と大差ないです。

      私は、間違いが放置されていたら必ず直す人がいる一方で、めんどう、あるいは(これはもっともですが)利用したくないということで間違いの指摘のみ行う人の差が非常に大きいことが、Wikipedia不信論のひとつの原因だと思います。その垣根を取り除いていかない限り、ずっと信用されないままかもしれません。

      # ソースを書かないしあまり修正しない一人より

      --
      All your base are belong to us
      親コメント
      • by mr_spock (908) on 2007年02月23日 15時31分 (#1115607)
        言論統制はイカンと思うけど、情報統制ならいいんじゃない?だって、使えない内容が多いのに、百科事典ですっていう名目のため混乱の元になるならね。

        ていうかWikipediaは"情報"ていえない状態だから、こういう議論になってるのでは?
        親コメント
      • by Anonymous Coward
        元コメントで「特に大学などの学術研究組織も」と限定条件を付けているが,学術論文などでは著者,すなわち記述の
        責任の所在,先取権を明らかに出来ないWikipediaの記述など引用出来るはずが無い.

        言い方を変えればWikipediaの記述は2chと同じ「便所の落書き」なんですよ.
        それが分かった上で,一次資料を探すためのリンク集として使えば,なかなか便利なものだと思いますが.
        • 前提条件なしに、論文で「論文ではWikipediaの記述を引用できない」なんて書いたら査読を通らん。
    • WikipediaっていうかWikiが全部そうですよね。
      いつ書き直されるかさっぱりわからない。ってことで。

      例えばゲームの攻略サイトにWikiが使われているけど、
      Wiki荒らしもいらっしゃいますし。まぁ、過去にさかのぼればよいんですがね。
      --
      「なんとかインチキできんのか?」
      親コメント
    • by Anonymous Coward on 2007年02月23日 12時24分 (#1115507)
      日本も、特に大学などの学術研究組織も、引用はおろかしようを含めて禁止を検討すべき段階にある。
      批判の多くはWikipediaだけに限った話ではなくてインターネット全般に当てはまる事ですね。Wikipediaを排除したからといって、より悪質なサイトに辿りつく可能性はなくならない。

      リテラシー教育にはいいんじゃないかな。悪いものから遠ざけるのは一時的に危険を回避するには良いけれど成長を妨げてしまう。最近は子供を甘やかしすぎだという批判も多い。 [srad.jp]むしろWikipedia程度でトレーニングした方が安全とは言えないかな。
      親コメント
      • by Anonymous Coward on 2007年02月23日 16時19分 (#1115632)
        リテラシー教育にはいいんじゃないかな。悪いものから遠ざけるのは一時的に危険を回避するには良いけれど成長を妨げてしまう。最近は子供を甘やかしすぎだという批判も多い。むしろWikipedia程度でトレーニングした方が安全とは言えないかな。


        「リテラシー教育のためにWikipedaが利用出来る」のは、確かにそうかもしれませんが
        現状では「Wikipediaのためのリテラシー教育」が必要となってしまっているのです
        なおかつ、Wikipedaはそのコストを十分に支払っていない様に見える。
        それどころか、安易な「百科事典」というキーワードで、リテラシー低下さえ招いている。

        Wikipediaは既に、それなりに大きな(もしかするとWikipedianが思う以上の)影響力を持ってしまっているので
        「Wikipediaの内容を信用しないでください」
        と、自らもっとはっきりとアピールするべきではないかと思うんだけどね

        ユーザ自身が判断すべきという主張は、正しいけれども現実にはそぐわない
        多くのインターネットユーザは、自分で判断するという力さえ十分に持っていないのだから
        # 恐らく内容ならば比較対象にもならない2chは、この点では十分に「信用できない」顔をしている
        # 皮肉にも、ユーザが過ちを犯さないという点では2chの方が優良なコンテンツかもね

        Wikipediaが責められる原因は、内容の誤りや質にあるのではなくて
        本質的には、ユーザの誤解を利用して拡大している様に見える点にあるのじゃないかと思うね
        「誤りは修正すればよい」とか「質を高める努力をしている」という反論は、あまり意味を為さない。
        中身ではなく、枠組みに問題があるんだ。

        「内容に誤りがある」という意見は、即ち内容の誤りのみを指摘しているのではなく
        そのようなWikipediaを百科事典という枠組みで提供する事に対する異だろう
        内容の誤りを指摘している(様に見える)意見と、修正すれば良いという意見がいつも噛み合わないのは、前者は指摘手段として内容を利用しているけれど指摘の目的はその枠組みにあるからだと思う

        親コメント
        • Wikipediaは既に、それなりに大きな(もしかするとWikipedianが思う以上の)影響力を持ってしまっているので
          「Wikipediaの内容を信用しないでください」
          と、自らもっとはっきりとアピールするべきではないかと思うんだけどね

          すべてのページ末尾に、

          誰も信じちゃいけない、裏切られるから。
          私を信じないで、貴方を裏切ってしまうから。

          とでも書いておくとか。

          # Wikipedia は鉄い調べ物にしか使わないので AC

      • 用途がまちがっとる。

        そんなのは個人で幾らでも勝手に閲覧すりゃ良いだけで、まともなリポートなんかで引用するものは、それなりの裏付けを取れたものを使用すべきだってだけの当たり前の話ろうに。

        リテラシー教育など、その辺りのマトモな資料と自分でし趣味で眺めたWinkipediaの内容の差異でも見れば、勝手に理解するだろ。

        いや、大学生になってもそれ位も解らんなら、学校からは前面アク禁で構わんな。

        • by maia (16220) on 2007年02月23日 13時55分 (#1115563) 日記
          英語版Wikipediaに「Principle of least effort [wikipedia.org]」の項目があるけれど、情報検索において、一番身近で慣れた、イージーな手段で検索し、最初に見つかったそれなりの情報で満足しちまうことかな。Wikipediaは今や右クリックの世界だから、イージーこの上ない。Principle of least effortにはまり過ぎている。
          #その意味では、Wikipediaはちょっと詳しすぎる気もする。informativeである必要はあるけど。#冒頭の概要だけ読みゃあいいのか。
          親コメント
        • #1115507 [srad.jp]ですが、話がよくわからなくなってしまいました。

          #1115417 [srad.jp]はWikipediaは信用できないから(判断能力の低い)学生の使用を制限すべき、そのために教育機関はWikipediaへのアクセス制限を行うべき、という主張だと思っていました。そこで#1115507は教育的見地からもアクセス制限まではやりすぎだと主張しました。

          #1115548 [srad.jp]

          そんなのは個人で幾らでも勝手に閲覧すりゃ良いだけ

          学生の使用を制限するべきという話ではなくなっていて、#1115417の私の解釈と矛盾してしまいます。

          まともなリポートなんかで引用するものは、それなりの裏付けを取れたものを使用すべきだってだけの当たり前の話ろうに。

          #1115507

      • 百科事典の自称さえ止めてくれれば、後は好きにやってくれて良いんだけどね

        「インターネットまとめサイト Wikipedia」で良いじゃない

    • 確かに、Wikipediaは記事の”関係者が投稿してはならない。”とされているはずなのに、公式発表されていない未確認情報や、どう考えても関係筋しか知らない情報を「~だ。」と断定する言葉であらわしていますし、記事において中立を保っていないか、社会的に「悪」とされているものを肯定的に扱う記事も見受けられます。また、日本語版ではありませんが、英語版のen.wikipedia.orgはアニメや人物などの記事にどう見ても著作権や肖像権を侵害している画像が掲載されている事が多くあります。
      これらのことを考えると、安易にWikipediaの情報を「信じ込んだり、引用する」のは危険であり、引用などを禁止されるべきかもしれませんが、それ以上にWikipediaの情報が正しいのか正しくないかを判断出来るように教育すべきだと思います。
      Wikipediaはあくまで参考にすべきっと、そう教えるべきです。
      // 本来は編集者のモラルが問われる問題ではありますが、不特定多数が編集できる以上しょうがないことでしょうね。 //
      --
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      親コメント
      • 本筋じゃないところだが、一点コメントのみ。

        >英語版のen.wikipedia.orgはアニメや人物などの記事にどう見ても著作権や肖像権を
        >侵害している画像が掲載されている事が多くあります。

        Fair Use [wikipedia.org]で、アメリカ国内法では教育目的や参照のためなら
        著作権保持者の許諾なしに引用可能。その法解釈の下で掲載されている。

        画像のプロパティ [wikipedia.org]
      • > Wikipediaは記事の”関係者が投稿してはならない。”とされているはずなのに

        されてません。

        Wikipedia:自分自身の記事をつくらない [wikipedia.org]には、

        あなたが個人的に関わっていることがらについて記事を書くときには、あなたは、いつも以上に注意を払い、あるいはそれを控えなければなりません。このルールは、あなた自身、あなたの業績、あなたの会社、あ

    • 20万 [srad.jp]と25万 [srad.jp]をタレこんだものですが、

      >10万項目ワーイワーイ、20万項目おめでとー、30万項目やったねー、と数だけを見て喜ぶ輩もいるが、

      タレコミの動機は項目数いっぱいでワーイワーイではなく、それをマイルストーンとしてタレコミ文後半部分の
      「ところで最近のWikipediaってどうよ?」が主目的です。

      なぜ関連ストーリーに

    • 日本も、特に大学などの学術研究組織も、引用はおろかしようを含めて禁止を検討すべき段階にある。このような、教育界からのbanは、ウィキペディアンを引き締めるのにきわめて有効だ。


      「特に大学などの学術研究組織」は、Wikipediaの利用価値を引き下げることで、自らの存在意義を相対的に強化することができるので、個人的にはこの種の言説は信用していません。

      もっともWikipediaを読めば学習できる、みたいな誤解をしている学生が増えてきたら(あるいは、それが事実化してしまったら)、それはおそろしいことだと思いますが。学問は諸説あって初めて成り立つものと考えますが、Wikipediaではなかなか困難なものです。

      Atsushi Eno
      • 学究側もWikipediaに代表される一般知に介入すべきじゃないですかね?
        最近では「ニセ科学を放置できない」としていろいろやってるみたいですが。

        具体的にはもっと最新の知見を書き込んでいくとか。

        • 間違いの指摘だけなら片手間でできるけど、記事の修正は大変です。専門家は忙しいので、本業じゃないことをやっているヒマはありません。競争の激しい世界でもあるし。

          #ニセ科学関係は携わる人たちの努力には本当に頭が下がりますし、できる範囲で協力もしたいと思います。
          #しかし、Wikipedia に協力したいとは思わない。無駄
    • ウィキペディアの日本語版は腐っていて、英語版は自浄作用が働いているという幻想は持っていません。全体的に、専門知識を持ち合わせている人よりも、持て余した暇をネットに注ぎ込んでいる人達に支配されています。また、記事内容といってもソースに(名指しで)グーグルの検索結果を妄信していることも多いようです。GFDL方針もあって、(正しい)知識を切り売りして生活している専門家は、著作権破棄同然の投稿は決してできないので、まずは参加が望めません。

      そんな中でも、自然科学系の記事は比較的信用して読めます。むしろ、これに限定すればよい知識の宝庫とも言えます。

      日本語版の記事を見て(読むとは限らない)よく思うんですが、長い記事でもノートでの議論が皆無という記事が矢鱈多いんですよね。これだけは国民性でしょうか。

      # あそこにはいつもIP投稿なので、ここもAC
    • トータルでは信用なんてできないね。
      でも比較的メジャーなオタク系(鉄やアニメ)だけは使える。誰かが嘘書いても修正入るし。
      一般的あるいは専門的な分野は不思議と書きたがる人間がいなくて内容が薄っぺらだし、マイナー過ぎるものや流行の走りくらいのは嘘か本当か判断できる人間が少なくてこれまた怪しい。

      ググって他にいいところが引っかからない時に話半分で受け取る、ってスタンスでいるとちょうどいい感じ。
    • 確か、著名な百科辞典(ブリタニカ等)とWikiPediaを比較して
      「間違った内容の含有率は、ほぼ同程度」という調査結果が出ていたと思います。

      「WikiPediaだから」信用ならん、のではなく、ひとつのソースで信用するな、という
      ことが重要ではないかと思います。

日本発のオープンソースソフトウェアは42件 -- ある官僚

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