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授業ノートの販売は先生の著作権を侵害?」記事へのコメント

  • 有名な例 (スコア:3, 参考になる)

    by Anonymous Coward on 2008年04月08日 9時10分 (#1326433)
    20世紀の言語学の基礎を築き、フーコー等を経由して現代哲学にも大きな影響を与えた
    ソシュール著「一般言語学講義 [amazon.co.jp]」本当の講義録ノート [amazon.co.jp]はソシュールの著書ではなく、
    その死後に弟子が講義をまとめたものです。

    この本の印税がどうなっているかは知りません。あ、奥付みてCcのところ見れば良いのか。

    もっと有名な例:
     新約聖書はイエスが書いたのではなく、磔刑の後使徒たちが彼の言行を編纂したものです。
     仏教の経典は仏陀の入寂後、高弟たちが彼の言行(講義)を編纂(結集)したものです。
    • Re:有名な例 (スコア:2, 興味深い)

      by PRAXI (35385) on 2008年04月08日 12時57分 (#1326594)
      話はズーっと小さくなって、私の学生時代の経験を思い出しました。
      ある教授の授業はアトラクティブで面白い(なおかつ単位が取りやすい)ことで人気が
      あり、専門科目であるにもかかわらず他学部からも受講者がくるようなものでした。

      その授業には、何年も前からコピーが繰り返されているらしいノートがあって、
      それは纏め方も独自のイラストも大変良く出来ていて、ちょっとした副読本になって
      いました。

      テスト前にそれを広げていた学生がいたのですが、その教授がスッと寄ってきて
      「それ何? ちょっと見せて」と取り上げてしまいました。

      その後、その教授は試験監督もそこそこにそのノートコピーをクスクス笑いながら
      読んで、試験終了後に
      「大変面白いノートでした。これ頂けますか? きっとコピーだからまた手に入る
      よね(満面の笑み)」と持っていってしまったことがありました。


      これぐらいならもう「著作物」といえるのではないでしょうか。

      (ただしそのノートの作者の)
      親コメント
    • by Ryo.F (3896) on 2008年04月08日 10時12分 (#1326476) 日記

      もっと有名な例:
      加えて、論語も。
      「述べて作らず(述而不作)。信じて古を好む(信而好古)」
      親コメント
      • by Anonymous Coward
        著作権(法)の概念すらないころの例を持ち出して何をするの? 「昔は許されていたが、今は」なんて掃いて捨てるほどあるぞ。
        • by Anonymous Coward
          温故知新という言葉がありましてね。

          ようするに、今の常識は本当にそれが正しいのか?という事を見直す際に、一度根本に立ち返って考える時に役に立つ言葉なんです。もちろん状況が変わっていることは事実ですが、「今の概念が正しいのかどうか」という事を見直す際に、一度古き事例を振り替える事は非常に有用だと思いますよ。

          #昔の状況全てが正しいわけでも、今の状況全てが正しいわけでもない事に留意。最終的にはそれら対立する概念なり事象なりから、止揚がなされるべきであると思います。
    • by Pravda (33859) on 2008年04月08日 12時25分 (#1326564) 日記

      20世紀の言語学の基礎を築き、フーコー等を経由して現代哲学にも大きな影響を与えたソシュール著「一般言語学講義 [amazon.co.jp]」本当の講義録ノート [amazon.co.jp]はソシュールの著書ではなく、その死後に弟子が講義をまとめたものです。

      この親コメになぜプラス・モデレートが付かないのか、個人的に不可思議だったりしますが…。

      日本でも、明治後期から昭和の戦前まで、旧制中学などの講義録が広く販売され、また需要も多かったそうです。竹内洋『立志・苦学・出世 ― 受験生の社会史』(講談社現代新書)などに書かれています。ただし、著作権が大甘だった時代の話ですので、現代と単純な比較はできませんが。

      また、日本の昔の学者さんの中には、一般市民などを対象とした講演が好きだった方も多く、東洋史学者の内藤湖南 [wikipedia.org]など、その典型ですね。その代表的ないくつかは青空文庫 [aozora.gr.jp]でも読めます。

      学者さんでも「自分の積み重ねてきた学問を社会に還元するのが使命」という人に好感を持っているので、「自信があるなら、著作権とか細かい事など言わずにドンドンと学問を広めて下さいよ」と個人的には思うのですが、今の世の中はそう簡単ではないので。;-)

      --
      でも、YouTubeに授業内容をアップしていた米国の物理学者の先生が居ましたね。

      親コメント
      • by Anonymous Coward
        >この親コメになぜプラス・モデレートが付かないのか、個人的に不可思議だったりしますが…。

        全然不思議じゃないよ! スラドだからね!
      • by Anonymous Coward

        「自信があるなら、著作権とか細かい事など言わずにドンドンと学問を広めて下さいよ」と個人的には思うのですが、今の世の中はそう簡単ではないので。;-)

        無関係な一個人がいうならいいんですが、学生からノートを買って売りさばく業者がいうべきセリフじゃないでしょうね、今回のケースですと。

        今回は学校に無関係な業者が入っていることがこじれた原因でしょう。
    • ここで「ソクラテスの弁明」の話を出すと、なんだかややっこしい方向に…
      親コメント
    • by Anonymous Coward
      > 新約聖書
      > 仏教の経典

      彼らは自分以外の第三者が教えを広める事にも同意していた様だから、
      たぶんパブリックドメインとしての「もっと有名な例」だと思うんだけど...

      本人や弟子達がその著作物について何か権利を主張したり、
      他者の利用を差し止めたりしたんでしょうか?
      イエスの弟子の一人はそれで利益を得て後の権力構造の礎とした様ですが、
      • Re:有名な例 (スコア:2, 興味深い)

        by nim (10479) on 2008年04月08日 16時41分 (#1326719)
        というか、どちらも作者の死後50年を経過しているので、
        著作権は消滅しています。

        もしもイエスが直接記述したものであれば、彼はは三位一体で不滅だから、
        著作権が消滅せずにこまることになりますが、
        実際の著者である弟子はすべて死んでいるので大丈夫です。

        ところで、米国では最後の審判の後の復活の際には著作権も復活するのでしょうか。
        親コメント
        • by Anonymous Coward
          復活しないでしょう。
          一旦消滅した権利が復活するのは法的安定性を害しますから。

          たとえば「ローマの休日」は、昔から現行の著作権制度になっていれば著作権が存続していることになるのですが、一旦著作権が切れた後に存続期間が延長されたので復活しないわけです(切れる前に延長が施行されたので今も権利が存続している、と権利者側が主張して裁判になった)。この考え方は別に日本法特有というわけではなく、一般的な考え方です。

          やるとしたら、「最後の審判の後の復活を原因として新たに発生する権利」として立法しておくのがよいでしょう。
    • by Anonymous Coward
      > もっと有名な例:
      > 新約聖書はイエスが書いたのではなく、磔刑の後使徒たちが彼の言行を編纂したものです。
      > 仏教の経典は仏陀の入寂後、高弟たちが彼の言行(講義)を編纂(結集)したものです。

      二人とも今生きていたら、「こんなの俺の教えじゃねーよ!」と同一権侵害?で訴えそうですが。

ナニゲにアレゲなのは、ナニゲなアレゲ -- アレゲ研究家

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