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オレも社内から MAME ページを見に行くのは気が引けるのでライセンスは確認してない。
でもオープンソースについては上の AC の言う通り。 オープンソースの定義-日本語版 [geocities.co.jp]を見てご覧。
オープンソースの定義は、
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普通のやつらの下を行け -- バッドノウハウ専門家
mame開発元のコメントは? (スコア:0)
#暑さがぶりかえしたのでAC
どちらにせよ (スコア:0)
とりあえず、
☆
☆ 〃 Λ_Λ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
ヽ ___\(\・∀・)< ソースまだぁ~?
\_/⊂ ⊂_)_ \_______
Re:どちらにせよ (スコア:1, すばらしい洞察)
オレも社内から MAME ページを見に行くのは気が引けるのでライセンスは確認してない。
でもオープンソースについては上の AC の言う通り。
オープンソースの定義-日本語版 [geocities.co.jp]を見てご覧。
オープンソースの定義は、
Re:どちらにせよ (スコア:2, 参考になる)
で、"VI. Reuse of Source Code"のなかには
If you use portions of the MAME source code in your program, however, you must make the full source code freely available as well.
という文があります。ざっと読んだ限り、これがソース公開義務を表しているのでは。
た
Re:どちらにせよ (スコア:0)
強制的にソース公開指示の判決が下るとしても、ゲームソフトなんかそれまでにとっくに製品寿命が尽きているような。
やった者勝ちですかね?
Re:どちらにせよ (スコア:0)
「ライセンス違反を犯した会社」なので、多額の賠償金をせしめることもできると思われますが。
Re:どちらにせよ (スコア:1)
「金で解決」できるのは、企業とかだけでは?
自由ソフトを作る人々(という立場)にとって、金をなんぼ積まれても、
寄付金という意味にくらいはなるかも知れないけど(^^;、それだけでしょう。
金では買えないなにかを、作ったり貰ったり配ったりパクったり(?)しているわけです、
Re:どちらにせよ (スコア:1)
>資本主義構成要素としての自分ではないはずです。
>
>#それを"使って"Businessをすることは出来るが…
それはある一面しか見ていないのでは?
自由ソフトの"開発"に事業としてリソースを投入している会社もあるので。
(RedHatやIBMとか)
うじゃうじゃ
Re:どちらにせよ (スコア:1)
ちょっと考え込んでしまいました。
それって、自由ソフトを作る「義務」が、勤めてる会社に対して発生している状態の、社員プログラマ、
という構図なわけですから、なんか自由という感じじゃないなあと。
まあ、プロプラなソフトだって、自分が書いたコードを「会社へ公開」してるようなもんなので、
書く側から見た自由ソフトとプロプラソフトとの違いって、「会社以外の世の中へも貢献したことになるか否か」
だったりしますけど…
営利企業と自由ソフト (スコア:1)
>という構図なわけですから、なんか自由という感じじゃないなあと。
ま、義務であることによって給料もらってたりするわけですし。
それに自由ソフトの定義って成果物をどう扱うかに対しての"自由"であって、必ずしも開発形態を指しているわけではないですよね。
プロプラだったコードがベースになっているMozillaやOpenOfficeのような例もありますし。
それに自由意志で開発コミュニティに参加している場合でも、自分以外の人間もいる以上は「なんでもかんでも自由」というわけではないですよね。
会社から参加している場合は給料もらっている分制約が増えただけだと考えるのもありだと思います。
会社も辞めてしまう覚悟があれば、「コミュニティから抜け出す自由」もありますから。(^^;
会社から参加している人間のいるメリットは「コスト意識」あたりにあるんじゃないでしょうか?
時間的な面に危機感を持っている人がいると、プロジェクト自体の活性化に繋がる場合もあるのではと。
>まあ、プロプラなソフトだって、自分が書いたコードを「会社へ公開」してるようなもんなので、
>書く側から見た自由ソフトとプロプラソフトとの違いって、「会社以外の世の中へも貢献したことになるか否か」
>だったりしますけど…
営利企業などの法人がコミュニティに参加することを否定してしまえば、それはそれで「自由」を狭く捉えていることにもなりかねないかと。
企業がイメージアップのために金にならないイベントのスポンサーになったりする例は多いですよね?
それと同様にコミュニティに貢献することで名前を売ろうとするのは動機としてもまっとうだと思います。企業にとっても社会貢献の一種であると考えることができますから。
うじゃうじゃ
Re:営利企業と自由ソフト (スコア:1)
>はないですよね。
>会社から参加している場合は給料もらっている分制約が増えただけだと考えるのもありだと思います。
逆に考えれば、自由ソフトなら、同一のコードに対して同一の人(社員)が
会社を経由せず社員という肩書き抜きで「も」接することが可能(でないと変だよね?)なわけで、
制約は結局無い、ともいえなくもないですね(^^;;;;;
>会社から参加している人間のいるメリットは「コスト意識」あたりにあるんじゃないでしょうか?
>時間的な面に危機感を持っている人がいると、プロジェクト自体の活性化に繋がる場合もあるのではと。
えと?このメリットってのは、会社や社員氏「へ」のメリットですか?それともプロジェクト「へ」の?
なんか後者な気がする(つーかそれを期待したい)んでそう読みます(^^;と、
どうなんでしょうねええ???(^^;;;
#まぁ一概に言えないぞというだけのことだといえばそれまでなんですが。
たとえば流行(?)のXPのノリって、オンラインソフト(死語?)の開発コミュニティのノリに似てると思うんですが、
あれを「自由ソフトの開発の「ノリ」は、非自由ソフトの開発ででも、参考になる(馬鹿に出来ん)ものなのだ」
と読むことは、可能なんじゃないかなとか思ったり。
コスト「意識」はあっても、それがソフト(の質(開発速度も含めて))にどれだけ貢献するかは、
微妙に別問題なんじゃないかと思っています。
意識ってのは最悪、空回りすることだってあるんで。思いて学ばざれば(技術が伴わなければ)すなわち危うしっていう。
むしろ、上質なソフトを作る術を体得することで結果的に速度も含めて向上する、という面のほうが強いんじゃないかと邪推してます。
で、自由ソフトを開発してる場って、しばしばそういう術を体得する修練場として機能してるような、気がするです。
なお「納期に追われる」という現象は、技術的にはマイナスにこそなれプラスにはほぼ絶対にならないと、思います(^^;
勉強も熟考もする時間が無いようでは、良いはずがない。
どんどん「技術的抜け殻」になっていくだけです。
小賢しい(しかも長期的に見れば良くない)コードの書き方ばっか覚えたり、
技術的都市伝説(^^;に陥った自分を省みる暇も無かったり。
Re:営利企業と自由ソフト (スコア:1)
>>時間的な面に危機感を持っている人がいると、プロジェクト自体の活性化に繋がる場合もあるのではと。
>
>えと?このメリットってのは、会社や社員氏「へ」のメリットですか?それともプロジェクト「へ」の?
>なんか後者な気がする(つーかそれを期待したい)んでそう読みます(^^;と、
少なくともこちらとしては後者のつもりで書いてました。
>コスト「意識」はあっても、それがソフト(の質(開発速度も含めて))に
>どれだけ貢献するかは、微妙に別問題なんじゃないかと思っています。
>意識ってのは最悪、空回りすることだってあるんで。
>思いて学ばざれば(技術が伴わなければ)すなわち危うしっていう。
>なお「納期に追われる」という現象は、技術的にはマイナスにこそなれ
>プラスにはほぼ絶対にならないと、思います(^^;
>勉強も熟考もする時間が無いようでは、良いはずがない。
確かに「追われる」事態にまでなれば弊害が出るでしょうが、ある程度の具体的な目標は必要なのではないでしょうか。
目標がはっきりしないために自然消滅してしまったプロジェクトは少なくないですし、いくら自由とはいっても一人で作っているわけではない以上、コミュニティが具体的な目標を共有した方がスムーズに進む場合も多いと思います。
そしてその目標の中に「時間」という要素を含めることが必ずしも悪いことだとは思わないのですが。
真の自由が必要なら、すべてを一人でやってしまえばいいだけです。
複数の人間の共同作業によるマンパワーの集約というメリットを活かしたいなら、「目標の共有」は有力な(あるいは欠かせない?)手段ですよね。
実際マイルストーンとしてリリース時期の目標を設定して、それを目指して作業を進めていく「自由ソフト」のプロジェクトも少なくないですよね?
G7さんがそういう時間的な要素をすべて無意味であると考えているとは思えませんが。
目標の共有が制約を押し付けるだけのものだと考えるなら、
自由ソフトの考え方としては誰かが公開したコードを自分の好きなように修正して公開、ということの繰り返しだけでも可能で、それで全てがうまくいくなら「開発コミュニティ」「プロジェクト」なんてものは存在意義がないという極論も可能なのではないでしょうか。
先読みしすぎてあらぬ方向に話題が飛んでますね。
もちろん会社から参加している人間がいなくても目標設定などのコントロールあたりをうまくやっているプロジェクトもあるでしょうが、だからといって「会社からの参加」を否定的に捉える必要はまったくないと思います。
会社という組織が金儲けのためにプロジェクトに貢献しようとすることってよくないことなんでしょうか?
結局はプロジェクトにとってメリットがあるかどうかという点だけで判断すればいいことのように思いますが。
>小賢しい(しかも長期的に見れば良くない)コードの書き方ばっか覚えたり、
>技術的都市伝説(^^;に陥った自分を省みる暇も無かったり。
時間的な制約があろうがなかろうが、そういうのは必ず出てきます。(^^;
制約があるかどうかで差異はでてくるでしょうけど。
もう使い尽くされている言葉ですが、「欠点ばかりを見ずに、メリットデメリットを理解した上で最終的に有利になるほうを選択すればいい」ということだと思います。
なんだかんだいっても、プロジェクトのためにフルタイムで動ける人間がいれば大きな戦力になることが期待できますから。(あくまで期待ですが)
そしてそれがどうしても気に入らなければ、そのコミュニティから離れて別のプロジェクトを立ち上げればいいだけの話では?
あまり生産的な行動だとは思えませんが、そういう行動の自由は制約されていないわけですから。
うじゃうじゃ