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どう考えても都市では環境負荷が高いのですけど。なぜ田舎が環境税を払わなければいけないのか?
#まあ結局それでCOP15は纏まらなかった訳
都市が環境負荷が高いってどういうこと?一人当たりの環境負荷は都市の方が低そうなもんだけど。移動コスト削減とか住宅の集合化などでエネルギー効率はかなり良くなっているはず。具体的な研究があるのならよろしく。
確かに、都市のエネルギー効率は高いので、住民が飲み食いせず、何も消費せず、っていうんなら、確かに都市住民のほうが、CO2排出量は少ないと思いますよ。
実際はそうも言っていられないわけで、消費する物資を世界中から運んで来るためのCO2排出量を合算すると、都市のほうが圧倒的にCO2を排出していることになります。
実際はそうも言っていられないわけで、 消費する物資を世界中から運んで来るためのCO2排出量を合算すると、 都市のほうが圧倒的にCO2を排出していることになります。
これって本当にそうなのでしょうか? データがあるわけではないのですが、単純に考えて次のような疑問を持ってしまいます。 同じような生活水準を送る日本人の場合、一人当たりの消費する物資の量は都市でも田舎 でもさほど変わらないはずです。であるならば、物資の輸送に関わるCO2排出量は住民一人当たり では同じはず。田舎の人間が地産地消を徹底していて、地元産の食料しか食べないとかであれば 話が変わってきますが、実際にはそこまで徹底していることは少ないでしょう。それどころか、 都市の場合一ヶ所に大量の人間が住んでいるため、まとめて輸送できることによるメリットもありそうです。 定量的な話はデータが手元にないのでできませんが、住民一人当たりで考えれば、都市の方が 圧倒的に大量のCO2を排出しているというのは信じ難いです。 もちろん、土地面積当たりで考えれば都市の方が排出量が多いでしょうが、元コメントが田舎に 住む「人」にかける環境税という話だったので、ここでは住民一人当たりで考えるのが妥当でしょう。
> 同じような生活水準を送る日本人の場合、一人当たりの消費する物資の量は都市でも田舎> でもさほど変わらないはずです。
大都市圏と公共交通機関も未発達な田舎とで同じような生活水準、という仮定が間違っています。 一度田舎に行ってみるといいと思います。
大都市圏と公共交通機関も未発達な田舎とで同じような生活水準、という仮定が 間違っています。 一度田舎に行ってみるといいと思います。
それは、地方と都会の格差の問題でしょう。 単純に物を消費しない人間の方がエコであるという話。 そんなの地方、都会に関係なくあたりまえのことです。 そもそもは都会では密集的に住むことによってエネルギーが効率良い という議論に対する反論として、輸送で消費されるCO2の話が出てきた はずです。輸送でCO2を消費するのは地方も同じだという私の反論に対して、 「いや、田舎は貧乏だから物を消費しない」というのは、次元の違う話を 持ち出した詭弁でしょう。
地方と都会の格差の問題を無視して
>一人当たりの消費する物資の量は都市でも田舎でもさほど変わらないはずです。
という間違った前提条件を主張しているからツッコミ入れられてるんでしょ。
あなたの主張する前提条件が正しいなら、地方と都会の格差なんて存在しない。
地方と都会の格差の問題を無視して >一人当たりの消費する物資の量は都市でも田舎でもさほど変わらないはずです。 という間違った前提条件を主張しているからツッコミ入れられてるんでしょ。
人の発言を一部だけ切り取って都合の良いように解釈するのは止めましょう。 私は、
同じような生活水準を送る日本人の場合、一人当たりの消費する物資の量は都市でも田舎 でもさほど変わらないはずです。
と書きました。最初の部分を消すと全く意味が違ってきます。 私は、同じ生活水準の人間一人当たりで比べたらという前提条件で話しているわけです。 なぜこの前提条件で話したかというと、それは私が最初にコメントを付けた発言が、 田舎に住んで車に乗るのと、都会で集合的に住むのでどっちが環境負荷が高いかという 話をしていたからです。 この場合、同じ人間が田舎に住んだ場合と都会に住んだ場合を比較しなければ 意味がありません。 都会と田舎とどちらが貧乏で物資を消費しないか、というのはまた別の座標軸です。 都市と地方でどちらがCO2排出量が多いかというのを全体的に捉える場合にはもちろん このことも考慮に入れる必要があるでしょう。しかし、元コメントに対する私の疑問は 地方にだって輸送コストはかかるはずというものですから、生活水準という座標軸は とりあえず固定しておいたわけです。 私はそもそも地方と都市の格差が無いなんて主張していません。 それが存在することは万人の良く知る事実です。 しかし元々は、車を使う生活スタイルと、集中的に住む都市スタイル の環境負荷を比較する話ですから、格差とは別次元の話題です。
単身世帯だと、暖房も冷房も、料理も照明も冷蔵庫も風呂も完全にお一人様なんだよな。で、単身世帯だと三人世帯の1/3しかエネルギー使わないかというと、そういうわけでもない。一人のために風呂湧かして、冷暖房使って、照明付けて、料理作って、、とムダが多い。ご近所なんかとお裾分けとかするのなら別だが、そんな世帯は最近少ないだろ?
都市部って単身世帯の割合多いが、輸送コストはどうかなぁ。田舎は一人一台車持ってるけど、軽乗用車の割合が凄く多いからな。都市部だとクルマを持つて居る人は少ないが、軽乗用車の割合も明らかに少ないよ。
環境税もいいけど、独身税ってのもあっていいと思うよ。出生率もきっと上がる。独身税が施行された日には俺は納税しなくちゃならないが、人頭税よりはずっと現実的だと思うよ。
田舎と都会が同じような生活水準じゃない時点でそんな前提条件は成り立たず、無意味です。そして一人暮らしの多い都会と家族暮らしの多い田舎では、一人あたりの消費する物資の量は大きく違います。
>生活水準という座標軸はとりあえず固定しておいたわけです。>車を使う生活スタイルと、集中的に住む都市スタイル
その条件自体があなたの都合のいい観点だけ抜き出した詭弁でしょう。現実には生活水準もちがうし、生活モデルも違う。「車を使う生活スタイル」という定義自体が、田舎生活のデメリットだけを抜き出した定義であり、「集中的に住む都市スタイル」という定義もまた、都市生活のメリットだけを抜き出した定義。
そんな歪んだ比較で物事を語っている時点でお話になりません。
> 環境税もいいけど、独身税ってのもあっていいと思うよ。> 出生率もきっと上がる。
いままでは扶養者控除というしくみがあったんですがね。
田舎と都会が同じような生活水準じゃない時点でそんな前提条件は成り立たず、無意味です。
何かの比較を行う際に、その前提に何を持ってくるかは、何を比較したいかに依ります。 私は同じ人間が都会に住む場合と田舎に住む場合を比較したかったわけですが、その場合 同じ生活水準を仮定することは無意味でないどころか、妥当です。 なぜ同じ人間に関する比較をしたかったかと言う理由を追加すれば、そもそも「田舎に住むなら環境税」 というようなコメントがあって(おそらく冗談ですし、私もこれに賛成しているわけでは 全くありません)、自分が住む場所を考える時に、田舎と都会の生活における環境負荷を 比べるという視点もあるのだなと思ったからです。 あなたがやりたいと思われる、都会に住む人と田舎に住む人(別人)の比較がしたいのだったら、 前提条件を変えてご自分でなさればいいだけのことです。 自分のやりたい比較に固執して私につっかかるのは筋違いです。
「車を使う生活スタイル」という定義自体が、田舎生活のデメリットだけを抜き出した定義であり、 「集中的に住む都市スタイル」という定義もまた、都市生活のメリットだけを抜き出した定義。
これは私が持ち出したのではなく、私が最初のコメントを付けた時点で、すでにこの点が話題になってた だけですよ。 ところでどうも議論が不毛な方向に進んでいるので、そもそも私が疑問に思った点に戻ります。 私がコメントを付けたのは、「都会の集合的住環境の方が、エネルギー効率はいいかもしれないが、 物資の輸送コストがかかるからCO2排出量は圧倒的に上だ」という趣旨の書き込みに対してでした。 最初に出た疑問は、「同じ量の物資を消費するのなら、地産地消が徹底されているのでも無い限り、 田舎も都会も輸送コストは同じだろう」というものです。 元コメントは基本的にこのことを書いただけです。 同じ量の物資を消費するという前提を無くしても、都会の方が圧倒的にCO2の消費量が上回るほど、 消費物資量が違うというのは、すぐには信じられません。 確かにみなさんの言われるように、都会と田舎では物資の消費量がちがうでしょうし、常識的に考えれば 都会の方が消費が多そうです。しかし、それがマイカー所持率の違いや、都会のエネルギー効率の良さを埋めるほど の差なのかどうかはまだ良く分かりません。 私も興味があるので、ちょっと検索してみると、次のような資料が見つかりました。 http://www.env.tuad.ac.jp/miura/index-CO2.html [tuad.ac.jp] 90年代前半の、古いデータなのですが、「家庭生活からの地域別CO2排出量」というのが 少しは参考になると思います。 まず、これは県庁所在地のデータなので、本当の田舎は入っていません。 また、「交通・通信」と書かれた青い部分が、自家用車を含むのかどうか不明ですが、 「自家用車からの地域別CO2」というグラフの値とだいたい一致しているので、おそらく 含まれているのでしょう。製造時排出量を含むと書いてありますが、輸送については不明です。 まず、一番都会と思われる東京は、全国平均よりやや上なだけです。 意外にも、あまり都会とは言い難い(失礼)津市や岡山市がトップです。 交通を除いたCO2排出量に関しても、東京がトップでは無いようです。 田舎と言う意味では、那覇が極めて少ないですね。暖房費がいらないから かとも思いましたがそもそも食料からして少ないですね。 那覇は、全国平均より25%ほど低いので、全国がこのレベルに落ちれば、家庭部門 は目標達成しそうです。 まあこの資料だけから確定的な事は言えませんが、都会と田舎で「圧倒的な」 CO2排出量の差があるかと言うと微妙です。那覇だけ特異点的に低いですが、あとは そんなに大きく違わない。もっと、農村部等まで含んだ資料をご存知の方は教えて下さい。
心配しなくても、軽だろうが大型だろうが、車を持たずに公共交通で生活している独身の方が、圧倒的にCO2排出量は少なくなります。独身世帯の生活維持とは比べ物にならないぐらい、自家用車とは生産から維持と運用まで全てに渡ってCO2の塊なのです。
>90年代前半の、古いデータなのですが
当時とは状況が圧倒的に違うので参考になりませんよ。端的に言えば、ブロードバンドどころかパソコン自体も普及していない時代。社会構造もライフスタイルも今とは違いすぎます。
>それは、地方と都会の格差の問題でしょう。>単純に物を消費しない人間の方がエコであるという話。
格差というか生活スタイルがそもそも違うんですよね。
>そもそもは都会では密集的に住むことによってエネルギーが効率良い>という議論に対する反論として、輸送で消費されるCO2の話が出てきた>はずです。
多分、そっちの前提に対しての反論じゃないかと思われます。定性的な話より定量的な話にしないと意味がないかと。元々の目的からして、量を考えないと意味がありません。
現実の話をしているところで、一人だけ「同じ人間が都会に住む場合と田舎に住む場合を比較」なんて空想を想定していたのですか?しかもさんざん批判された後で条件後出しでそんなことを言い出すなんて……そして話焦点のひとつである運輸関係の要素が全くない参考資料に出してきて我田引水。
自己弁護があまりに無理がありすぎるしみっともない。
あなたの意見に最初に反論したACです。 私は、「同じような生活水準を送る日本人の場合」の部分を削ってないです。 その部分の前提が無意味だ、という意見です。 同じ人間が田舎に住む場合と都会に住んだ場合に、同じ生活水準を維持する・できるとは考えづらいです。 都市生活に有利な条件をそろえて検討しても意味がないと思います。逆も同様です。 地方と都市の一人当たりのCO2排出量統計なんて資料はありませんでしょうか。
> しかし元々は、車を使う生活スタイルと、集中的に住む都市スタイル> の環境負荷を比較する話ですから、格差とは別次元の話題です。
環境負荷が最悪なのは、都会に住みつつ車を乗り回すスタイルというところは議論の余地がないと思います。#アメリカみたいに田舎に住んで飛行機で飛び回る生活スタイルの人は日本にいないよ、ね?
現実の話をしているところで、一人だけ「同じ人間が都会に住む場合と田舎に住む場合を比較」なんて空想を想定していたのですか?
スレッドの流れを読みましたか? 元々このスレッドの始まりは、「公共交通機関が発達してない田舎ものはエネルギー効率が悪いから死ねってことですね」 という書き込みから始まり、「田舎に住むなら環境税」というようなコメントに続いて、 じゃあ、田舎と都会に住むのはどちが環境負荷が高いのかという議論になっていたわけです。 この流れならば、ある人間が田舎と都会に住む場合の環境負荷比較と考えて特におかしいことはないでしょう。 現在田舎に住む人と都会に住む人のどちらが平均的にCO2を多く排出しているのかというのは、 これとはまた別の興味のある問題であり、ちょっと検索してみたわけです。 しかし出てきた資料の質が高くないのはその通りです。私も輸送コストまで含めた資料を見てみたいです。 もしそういった資料をお持ちでしたら、ぜひ教えて下さい。
私は、「同じような生活水準を送る日本人の場合」の部分を削ってないです。 その部分の前提が無意味だ、という意見です。
ACだと誰が誰だかわからないので、議論が難しいのですが、了解しました。
同じ人間が田舎に住む場合と都会に住んだ場合に、同じ生活水準を維持する・できるとは考えづらいです。
それはそうですが、例えば田舎から都会に移った場合、生活水準は上がるんですか? 下がるんですか? 人によって両パターンあり得ると思います。 都会の平均所得が高くても、物価も高いですから、単純に生活水準が上がるとは言えないでしょうし。 このあたりを突っこんでいくとキリがないので、とりあえず同じ生活水準を仮定したわけです。 この仮定が厳密に正しくないことは分かっていますが、「輸送によってCO2を排出するのは地方も同じじゃないの?」 という私の疑問には大きな影響を与えないと思います。
地方と都市の一人当たりのCO2排出量統計なんて資料はありませんでしょうか。
なかなかいいのが見つかりませんね。 一応、 http://srad.jp/science/comments.pl?sid=478837&cid=1691911 [srad.jp] とか http://srad.jp/science/comments.pl?sid=478837&cid=1691917 [srad.jp] とかに資料をリンクしておきましたが、古かったり、輸送に関わるCO2が含まれているのか 不明だったりで、結論が出せるようなものでは無いですね。
× 田舎と都会に住むのは○ 田舎と都会の生活では
元々の話は現状を前提で話をしているのに、なぜ「同じ人間が都会に住む場合と田舎に住む場合を比較」で限定して考えるのか?なぜ「同じ人間が都会に住む場合と田舎に住む場合とで生活水準が変わらない」と考えるのか?
そういう無理のある後出し限定条件付けをしている時点で詭弁になっている。
なぜ「同じ人間が都会に住む場合と田舎に住む場合を比較」で限定して考えるのか?
スレッドの流れを考えれば、そちらの方が自然です。 ある人間が、都会と田舎のどちらに住んだ方が環境負荷が少ないかと問うのは普通に 意味のあることです。 それと、あなたが興味のある、「田舎と都会はどちらの方がCO2を出しているのか」 というのは問うてる事柄が違うだけです。どちらが正しいとか、意味がある とかそういう議論の対象ではありません。 ただし、私の最初の書き込みでは、同じ人間での比較という前提が明確にされて いなかったのは認めます。
なぜ「同じ人間が都会に住む場合と田舎に住む場合とで生活水準が変わらない」と考えるのか?
当然変わるでしょう。しかし他の書き込みでも言いましたが、どちらに変わるかわかりますか? まさか田舎から都会に出てくれば、みんな生活水準が上がるなどとナイーブに思っていませんよね? 生活水準は上がる場合も下がる場合もあるだろうから、とりあえず同じと置いたまでです。 学術論文じゃないのだから、このあたりを厳密に考え過ぎていたら雑談サイトで発言なんてできませんよ。 だいたい、生活水準が少し上下したぐらいで、私が疑問に思った「輸送の問題で都会生活のほうが地方生活 より圧倒的にCO2多く出す」という主張が正当化されるわけでもないでしょう。 「圧倒的」な差を生み出すほど生活水準が変わりますかね?
それって都市の方が人がいっぱい住んでいるから環境負荷が高そうに見えるだけでは?一人当たりに換算するとどうなるのでしょうか。地方だって輸入品などを購入しているし、車なんて世界中から物資を運んできて作った最たるものですし。ガソリンそのものだって輸入品ですよね。地方に住んでれば、スーパーでも地産のものよりも輸入品の食材や中国の工場で加工された冷凍食品が陳列されているなんてこともザラだってことくらい知っているでしょうし。
# 思考実験として、都市を解体して全国に均一に人をばらけて住まわせる(日本中を田舎にする。)とどれだけエネルギー効率が悪くなるのでしょうか。ちょっと極端過ぎる例かもしれませんが。
とりあえず、25パーセント減を目指すのならば地方住まいの人も「地方だから車ガンガン使っても仕方ないよね」と言ってられないのだけはたしかでしょう。
>地方に住んでれば、スーパーでも地産のものよりも輸入品の食材や中国の工場で加工された冷凍食品が陳列されているなんてこともザラだってことくらい知っているでしょうし。
スーパーに陳列されてるからといって、食卓にそれが並ぶ頻度が同じとは限りません。山でとった山菜やタケノコ、畑で作った野菜やその漬け物が並ぶ頻度は遙かに多いですよ。外食もほとんどしないですしね。
>とりあえず、25パーセント減を目指すのならば地方住まいの人も「地方だから車ガンガン使っても仕方ないよね」と言ってられないのだけはたしかでしょう。
田舎で人口密度が低い理由って色々あると思うけど、基本的には田んぼや畑が多いからじゃないかと。それに、都会のように県をまたいで通勤なんて無駄なことも普通はしないのでガンガン使うってこともないですよ。車が必要ってのと沢山乗ってるのとは違います。都会のようにノロクサとストップ&ゴーを繰り返す運転もしませんし。
田舎に住んで都会と同じ暮らしをしたいとかいうならわかりませんが。
世界中から運んで来るためのエネルギーより、スーパーから自宅まで自家用車で運ぶエネルギーのほうが(単位量あたり)大きいって誰か言ってたCO2もそうじゃないかな
地方民がみな自給自足で生活しているとでも?大量のエネルギーを消費しながら物資を余所から運んで暮らしているのは地方も一緒ですよ。
>大量のエネルギーを消費しながら物資を余所から運んで暮らしているのは地方も一緒ですよ。
消費規模が全く違うのに「消費していることは同じだ」というのは無意味ですよ。そういう理論展開したら、「CO2削減の取り組みしてる国もしてない国もCO2排出してるのは同じだ!」で25%もなにも意味はなくなり話はおしまいです。
都市と田舎で生活が同じだと思っているのが大間違い。
師匠!ぜひCO2を食べて生きていける術をあみだしてください!
CO2は毒だろ。ただし、ソースはハンター×ハンター。
我が家には自動車が3台もあって、確かに都会の人々よりCO2を多く排出していると思う。
しかし我が家もそうだが、田舎に住む人はの多くは森林も所有してるんだよね。ひょっとして我が家のCO2排出量はマイナスなのかも。http://www.rinya.maff.go.jp/kids/study/function/kyuusyu.html [maff.go.jp]
腐るときにすべてCO2になるのなら、化石燃料はどこから来るのでしょうか。あなたはまず、山林に入ってみるべきです。腐植の供給量はあなたが思ってるより遙かに多い。すべて分解できるはずがない。そんな速度でCO2が発生しているとすると、夏場の窪地なんて人がばたばた死んでるはず。(火山ガスが溜まって死ぬ事故はたびたび発生していますが、CO2という話は聞いたことがない)最終的に完全に発酵の止まる深度まで堆積が進むか、地殻変動で土に埋まるか、海に流れて海底に沈むのかわかりませんが、その割合は決して無視できる量ではないと思います。環境学専門とかではないただの山男の考えですけどね。
# 湖底に溜まるとメタン出すって話も聞くけどキニシナイ。
なんか、森林を「CO2を吸収して貯め込む存在」だと勘違いしていませんか?吸収されたCO2がCO2のまま存在するわけじゃなし……
変だよ!!頭おかしいよ!!木材がそんなに早く大気に還っちゃったら木造の我が家が消えてなくなっちゃうよ!!
最近は間伐材も運び出すだけ損にしかならんから山に放置してんだろ。
いわゆる「切り捨て間伐」のことを言いたいんだろうが、そういうとこばかりじゃない。
と言っても別に状況が良くなっているわけでは全然なく、そもそも間伐が必要な時期になっても間伐をしていないところがかなりある。間伐前提で仕立てた林の場合、それでは主伐(最終的な収穫)時に金になる材が出せないだろうが、それでも構わんというか間伐の費用がないからどうしようもない。たぶん所有者はその林から収入を得ることを半ば諦めている。良く言えば「損切り」というやつだ。
まあそれ自体
森林はCO2を減らしています。それを木材として消費してCO2を増やしたら、そのCO2に対して責任を負わなきゃならないのは、当然ながらその木材を消費した消費者です。
農作物を作るとCO2は減ります。それを食品として消費してCO2を増やしたら、そのCO2に対して責任を負わなきゃならないのは、当然ながらそれを食べた消費者です。さらに、その農作物の生産に要するエネルギー分のCO2に対しても責任を負わなきゃならないのは消費した消費者です。
放出されたCO2は周囲の植物にまた吸収されます。森林が森林として存在し続ける限り。森林が成長するとき、それだけCO2の吸収量は増加します。森林のCO2収支がゼロになる時とは、森林を構成していた有機物の一切が分解されて大気に還った時です。かつて森林だった場所が砂漠化している場面を想像すると、ちょっと哀しいですね。
>腐植の供給量はあなたが思ってるより遙かに多い。>すべて分解できるはずがない。ちょっ 「はずがない」てそれは微生物舐めすぎの発言ですよ動物の体だって土に埋まってればすぐ分解されちゃうのに
化石燃料はたしかに現存していますが、植物がさいしょに地球上に誕生してからの時間を考えれば、そんなのの増加速度は微々たるものでしょう。自分は生物屋ですが、ここの議論にはいろいろ見落としがあるような気がしますぜ。
・降り注ぐ太陽光の総量は有限です。・植物も生きるかぎり呼吸をします。特に光の無い夜中は呼吸だけ。・森林という生態系には樹木だけでなく動物も多いです。・その年の樹木生産物(種子、果実、葉)は森林内で分解あるいは消費され、その年中に分解されることがほとんどです。
一般的に言って、森林がその生態系全体として蓄積可能な炭素量にはある限界が存在し、数百年から千年単位でその有限の値に向かって炭素蓄積量は漸近していくことになります。
だいたい、炭素を蓄積するということは、質量保存の法則を考えても森林の方が逆に太っていなければおかしいですよね?で、森林の面積も、樹木の高さも太さも、密度にもやはり降水量や気温というファクターから導き出される一定の限度が存在していると考えるのが自然です。
化石燃料に転化する炭素量ですが、生態学の炭素循環研究などで森林の蓄積量などに匹敵すると評価している例を見たことはありません。というか数字自体書かれていない研究しか見たことないような。#「微生物による分解」は数字としてしっかり評価されてるし、#定量化困難につきデータにできないというわけでもないはず
確かにおっしゃる通り、1本の樹木が永遠にCO2を吸収し続ける訳は無いわな。
#いずれは石炭になる(かも知れない)って事で許して下さい。
都市は緑地を破壊して生まれます.この緑地破壊に関連した二酸化炭素を「ゼロ」と言うのなら,緑地をつぶしていない田舎はマイナスと言っても良いのではないでしょうか.
現実には「温室効果ガス削減に貢献する(ことになっている)原発を設置させてやってるんだからおまえらが補助金払え」です><
いや、「死ね」は間違ってないでしょ。そもそも人口が多すぎるのが諸悪の根源ですから。問題は「俺は死にたくない」と両立させるのが不可能ということだけで。その代わり「俺は子供などいらん」で両立可能な「お前は子供を持つな」戦略が成功しつつあるようですね。表向きは少子化対策とか言ってるみたいですが。
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私はプログラマです。1040 formに私の職業としてそう書いています -- Ken Thompson
「マイカーに乗るな」 (スコア:0)
Re:「マイカーに乗るな」 (スコア:1)
もちろん「死ね」じゃなくて「住むなら環境税を払え」ですが。
Re:「マイカーに乗るな」 (スコア:2)
どう考えても都市では環境負荷が高いのですけど。
なぜ田舎が環境税を払わなければいけないのか?
#まあ結局それでCOP15は纏まらなかった訳
Re: (スコア:0)
都市が環境負荷が高いってどういうこと?
一人当たりの環境負荷は都市の方が低そうなもんだけど。移動コスト削減とか住宅の集合化などでエネルギー効率はかなり良くなっているはず。
具体的な研究があるのならよろしく。
Re:「マイカーに乗るな」 (スコア:2, すばらしい洞察)
確かに、都市のエネルギー効率は高いので、
住民が飲み食いせず、何も消費せず、っていうんなら、
確かに都市住民のほうが、CO2排出量は少ないと思いますよ。
実際はそうも言っていられないわけで、
消費する物資を世界中から運んで来るためのCO2排出量を合算すると、
都市のほうが圧倒的にCO2を排出していることになります。
Re:「マイカーに乗るな」 (スコア:2)
実際はそうも言っていられないわけで、
消費する物資を世界中から運んで来るためのCO2排出量を合算すると、
都市のほうが圧倒的にCO2を排出していることになります。
これって本当にそうなのでしょうか?
データがあるわけではないのですが、単純に考えて次のような疑問を持ってしまいます。
同じような生活水準を送る日本人の場合、一人当たりの消費する物資の量は都市でも田舎
でもさほど変わらないはずです。であるならば、物資の輸送に関わるCO2排出量は住民一人当たり
では同じはず。田舎の人間が地産地消を徹底していて、地元産の食料しか食べないとかであれば
話が変わってきますが、実際にはそこまで徹底していることは少ないでしょう。それどころか、
都市の場合一ヶ所に大量の人間が住んでいるため、まとめて輸送できることによるメリットもありそうです。
定量的な話はデータが手元にないのでできませんが、住民一人当たりで考えれば、都市の方が
圧倒的に大量のCO2を排出しているというのは信じ難いです。
もちろん、土地面積当たりで考えれば都市の方が排出量が多いでしょうが、元コメントが田舎に
住む「人」にかける環境税という話だったので、ここでは住民一人当たりで考えるのが妥当でしょう。
Re: (スコア:0)
> 同じような生活水準を送る日本人の場合、一人当たりの消費する物資の量は都市でも田舎
> でもさほど変わらないはずです。
大都市圏と公共交通機関も未発達な田舎とで同じような生活水準、という仮定が
間違っています。
一度田舎に行ってみるといいと思います。
Re:「マイカーに乗るな」 (スコア:1)
大都市圏と公共交通機関も未発達な田舎とで同じような生活水準、という仮定が 間違っています。 一度田舎に行ってみるといいと思います。
それは、地方と都会の格差の問題でしょう。
単純に物を消費しない人間の方がエコであるという話。
そんなの地方、都会に関係なくあたりまえのことです。
そもそもは都会では密集的に住むことによってエネルギーが効率良い
という議論に対する反論として、輸送で消費されるCO2の話が出てきた
はずです。輸送でCO2を消費するのは地方も同じだという私の反論に対して、
「いや、田舎は貧乏だから物を消費しない」というのは、次元の違う話を
持ち出した詭弁でしょう。
Re: (スコア:0)
地方と都会の格差の問題を無視して
>一人当たりの消費する物資の量は都市でも田舎でもさほど変わらないはずです。
という間違った前提条件を主張しているからツッコミ入れられてるんでしょ。
あなたの主張する前提条件が正しいなら、地方と都会の格差なんて存在しない。
Re:「マイカーに乗るな」 (スコア:1)
地方と都会の格差の問題を無視して
>一人当たりの消費する物資の量は都市でも田舎でもさほど変わらないはずです。
という間違った前提条件を主張しているからツッコミ入れられてるんでしょ。
人の発言を一部だけ切り取って都合の良いように解釈するのは止めましょう。
私は、
同じような生活水準を送る日本人の場合、一人当たりの消費する物資の量は都市でも田舎 でもさほど変わらないはずです。
と書きました。最初の部分を消すと全く意味が違ってきます。
私は、同じ生活水準の人間一人当たりで比べたらという前提条件で話しているわけです。
なぜこの前提条件で話したかというと、それは私が最初にコメントを付けた発言が、
田舎に住んで車に乗るのと、都会で集合的に住むのでどっちが環境負荷が高いかという
話をしていたからです。
この場合、同じ人間が田舎に住んだ場合と都会に住んだ場合を比較しなければ
意味がありません。
都会と田舎とどちらが貧乏で物資を消費しないか、というのはまた別の座標軸です。
都市と地方でどちらがCO2排出量が多いかというのを全体的に捉える場合にはもちろん
このことも考慮に入れる必要があるでしょう。しかし、元コメントに対する私の疑問は
地方にだって輸送コストはかかるはずというものですから、生活水準という座標軸は
とりあえず固定しておいたわけです。
私はそもそも地方と都市の格差が無いなんて主張していません。
それが存在することは万人の良く知る事実です。
しかし元々は、車を使う生活スタイルと、集中的に住む都市スタイル
の環境負荷を比較する話ですから、格差とは別次元の話題です。
Re:「マイカーに乗るな」 (スコア:1)
単身世帯だと、暖房も冷房も、料理も照明も冷蔵庫も風呂も完全にお一人様なんだよな。
で、単身世帯だと三人世帯の1/3しかエネルギー使わないかというと、そういうわけでもない。
一人のために風呂湧かして、冷暖房使って、照明付けて、料理作って、、とムダが多い。
ご近所なんかとお裾分けとかするのなら別だが、そんな世帯は最近少ないだろ?
都市部って単身世帯の割合多いが、輸送コストはどうかなぁ。
田舎は一人一台車持ってるけど、軽乗用車の割合が凄く多いからな。
都市部だとクルマを持つて居る人は少ないが、軽乗用車の割合も明らかに少ないよ。
環境税もいいけど、独身税ってのもあっていいと思うよ。
出生率もきっと上がる。
独身税が施行された日には俺は納税しなくちゃならないが、
人頭税よりはずっと現実的だと思うよ。
Re: (スコア:0)
田舎と都会が同じような生活水準じゃない時点でそんな前提条件は成り立たず、無意味です。
そして一人暮らしの多い都会と家族暮らしの多い田舎では、一人あたりの消費する物資の量は大きく違います。
>生活水準という座標軸はとりあえず固定しておいたわけです。
>車を使う生活スタイルと、集中的に住む都市スタイル
その条件自体があなたの都合のいい観点だけ抜き出した詭弁でしょう。
現実には生活水準もちがうし、生活モデルも違う。
「車を使う生活スタイル」という定義自体が、田舎生活のデメリットだけを抜き出した定義であり、
「集中的に住む都市スタイル」という定義もまた、都市生活のメリットだけを抜き出した定義。
そんな歪んだ比較で物事を語っている時点でお話になりません。
Re: (スコア:0)
> 環境税もいいけど、独身税ってのもあっていいと思うよ。
> 出生率もきっと上がる。
いままでは扶養者控除というしくみがあったんですがね。
Re:「マイカーに乗るな」 (スコア:1)
田舎と都会が同じような生活水準じゃない時点でそんな前提条件は成り立たず、無意味です。
何かの比較を行う際に、その前提に何を持ってくるかは、何を比較したいかに依ります。
私は同じ人間が都会に住む場合と田舎に住む場合を比較したかったわけですが、その場合
同じ生活水準を仮定することは無意味でないどころか、妥当です。
なぜ同じ人間に関する比較をしたかったかと言う理由を追加すれば、そもそも「田舎に住むなら環境税」
というようなコメントがあって(おそらく冗談ですし、私もこれに賛成しているわけでは
全くありません)、自分が住む場所を考える時に、田舎と都会の生活における環境負荷を
比べるという視点もあるのだなと思ったからです。
あなたがやりたいと思われる、都会に住む人と田舎に住む人(別人)の比較がしたいのだったら、
前提条件を変えてご自分でなさればいいだけのことです。
自分のやりたい比較に固執して私につっかかるのは筋違いです。
「車を使う生活スタイル」という定義自体が、田舎生活のデメリットだけを抜き出した定義であり、 「集中的に住む都市スタイル」という定義もまた、都市生活のメリットだけを抜き出した定義。
これは私が持ち出したのではなく、私が最初のコメントを付けた時点で、すでにこの点が話題になってた
だけですよ。
ところでどうも議論が不毛な方向に進んでいるので、そもそも私が疑問に思った点に戻ります。
私がコメントを付けたのは、「都会の集合的住環境の方が、エネルギー効率はいいかもしれないが、
物資の輸送コストがかかるからCO2排出量は圧倒的に上だ」という趣旨の書き込みに対してでした。
最初に出た疑問は、「同じ量の物資を消費するのなら、地産地消が徹底されているのでも無い限り、
田舎も都会も輸送コストは同じだろう」というものです。
元コメントは基本的にこのことを書いただけです。
同じ量の物資を消費するという前提を無くしても、都会の方が圧倒的にCO2の消費量が上回るほど、
消費物資量が違うというのは、すぐには信じられません。
確かにみなさんの言われるように、都会と田舎では物資の消費量がちがうでしょうし、常識的に考えれば
都会の方が消費が多そうです。しかし、それがマイカー所持率の違いや、都会のエネルギー効率の良さを埋めるほど
の差なのかどうかはまだ良く分かりません。
私も興味があるので、ちょっと検索してみると、次のような資料が見つかりました。
http://www.env.tuad.ac.jp/miura/index-CO2.html [tuad.ac.jp]
90年代前半の、古いデータなのですが、「家庭生活からの地域別CO2排出量」というのが
少しは参考になると思います。
まず、これは県庁所在地のデータなので、本当の田舎は入っていません。
また、「交通・通信」と書かれた青い部分が、自家用車を含むのかどうか不明ですが、
「自家用車からの地域別CO2」というグラフの値とだいたい一致しているので、おそらく
含まれているのでしょう。製造時排出量を含むと書いてありますが、輸送については不明です。
まず、一番都会と思われる東京は、全国平均よりやや上なだけです。
意外にも、あまり都会とは言い難い(失礼)津市や岡山市がトップです。
交通を除いたCO2排出量に関しても、東京がトップでは無いようです。
田舎と言う意味では、那覇が極めて少ないですね。暖房費がいらないから
かとも思いましたがそもそも食料からして少ないですね。
那覇は、全国平均より25%ほど低いので、全国がこのレベルに落ちれば、家庭部門
は目標達成しそうです。
まあこの資料だけから確定的な事は言えませんが、都会と田舎で「圧倒的な」
CO2排出量の差があるかと言うと微妙です。那覇だけ特異点的に低いですが、あとは
そんなに大きく違わない。もっと、農村部等まで含んだ資料をご存知の方は教えて下さい。
Re:「マイカーに乗るな」 (スコア:1)
http://www.pref.tottori.lg.jp/secure/317372/H18KandaiEndo.pdf [tottori.lg.jp] [PDF]
同一県内(鳥取)各地域での家庭からの一人当たりCO2排出量です。
比較的都市部と思われる、鳥取市や米子市と比較して、Google Mapで確認
する限り、山ばっかり(失礼)の日野町や日南町の排出量の方が多いです。
(横軸注意。倍の差があるように見えるが、実際はそれ程でもない)
もちろん、比較的都市部と思われる、境港市も排出量が多いですし、
田舎と思われる地域でも少ないところはあります。
これを見る限り言えるのは、都会と田舎で一概に家庭からのCO2排出量の寡多を
論じることはできないということでしょう。
まあ当たり前と言えば当たり前ですな、。
Re: (スコア:0)
心配しなくても、軽だろうが大型だろうが、車を持たずに公共交通で生活している独身の方が、圧倒的にCO2排出量は少なくなります。
独身世帯の生活維持とは比べ物にならないぐらい、自家用車とは生産から維持と運用まで全てに渡ってCO2の塊なのです。
Re: (スコア:0)
>90年代前半の、古いデータなのですが
当時とは状況が圧倒的に違うので参考になりませんよ。
端的に言えば、ブロードバンドどころかパソコン自体も普及していない時代。
社会構造もライフスタイルも今とは違いすぎます。
Re:「マイカーに乗るな」 (スコア:1)
>それは、地方と都会の格差の問題でしょう。
>単純に物を消費しない人間の方がエコであるという話。
格差というか生活スタイルがそもそも違うんですよね。
>そもそもは都会では密集的に住むことによってエネルギーが効率良い
>という議論に対する反論として、輸送で消費されるCO2の話が出てきた
>はずです。
多分、そっちの前提に対しての反論じゃないかと思われます。定性的な話より定量的な話にしないと意味がないかと。元々の目的からして、量を考えないと意味がありません。
Re: (スコア:0)
現実の話をしているところで、一人だけ「同じ人間が都会に住む場合と田舎に住む場合を比較」なんて空想を想定していたのですか?
しかもさんざん批判された後で条件後出しでそんなことを言い出すなんて……
そして話焦点のひとつである運輸関係の要素が全くない参考資料に出してきて我田引水。
自己弁護があまりに無理がありすぎるしみっともない。
Re: (スコア:0)
あなたの意見に最初に反論したACです。
私は、「同じような生活水準を送る日本人の場合」の部分を削ってないです。
その部分の前提が無意味だ、という意見です。
同じ人間が田舎に住む場合と都会に住んだ場合に、同じ生活水準を維持する・できるとは考えづらいです。
都市生活に有利な条件をそろえて検討しても意味がないと思います。逆も同様です。
地方と都市の一人当たりのCO2排出量統計なんて資料はありませんでしょうか。
> しかし元々は、車を使う生活スタイルと、集中的に住む都市スタイル
> の環境負荷を比較する話ですから、格差とは別次元の話題です。
環境負荷が最悪なのは、都会に住みつつ車を乗り回すスタイルというところは議論の余地がないと思います。
#アメリカみたいに田舎に住んで飛行機で飛び回る生活スタイルの人は日本にいないよ、ね?
Re:「マイカーに乗るな」 (スコア:1)
現実の話をしているところで、一人だけ「同じ人間が都会に住む場合と田舎に住む場合を比較」なんて空想を想定していたのですか?
スレッドの流れを読みましたか?
元々このスレッドの始まりは、「公共交通機関が発達してない田舎ものはエネルギー効率が悪いから死ねってことですね」
という書き込みから始まり、「田舎に住むなら環境税」というようなコメントに続いて、
じゃあ、田舎と都会に住むのはどちが環境負荷が高いのかという議論になっていたわけです。
この流れならば、ある人間が田舎と都会に住む場合の環境負荷比較と考えて特におかしいことはないでしょう。
現在田舎に住む人と都会に住む人のどちらが平均的にCO2を多く排出しているのかというのは、
これとはまた別の興味のある問題であり、ちょっと検索してみたわけです。
しかし出てきた資料の質が高くないのはその通りです。私も輸送コストまで含めた資料を見てみたいです。
もしそういった資料をお持ちでしたら、ぜひ教えて下さい。
Re:「マイカーに乗るな」 (スコア:1)
私は、「同じような生活水準を送る日本人の場合」の部分を削ってないです。
その部分の前提が無意味だ、という意見です。
ACだと誰が誰だかわからないので、議論が難しいのですが、了解しました。
同じ人間が田舎に住む場合と都会に住んだ場合に、同じ生活水準を維持する・できるとは考えづらいです。
それはそうですが、例えば田舎から都会に移った場合、生活水準は上がるんですか? 下がるんですか?
人によって両パターンあり得ると思います。
都会の平均所得が高くても、物価も高いですから、単純に生活水準が上がるとは言えないでしょうし。
このあたりを突っこんでいくとキリがないので、とりあえず同じ生活水準を仮定したわけです。
この仮定が厳密に正しくないことは分かっていますが、「輸送によってCO2を排出するのは地方も同じじゃないの?」
という私の疑問には大きな影響を与えないと思います。
地方と都市の一人当たりのCO2排出量統計なんて資料はありませんでしょうか。
なかなかいいのが見つかりませんね。
一応、
http://srad.jp/science/comments.pl?sid=478837&cid=1691911 [srad.jp]
とか
http://srad.jp/science/comments.pl?sid=478837&cid=1691917 [srad.jp]
とかに資料をリンクしておきましたが、古かったり、輸送に関わるCO2が含まれているのか
不明だったりで、結論が出せるようなものでは無いですね。
Re: (スコア:0)
× 田舎と都会に住むのは
○ 田舎と都会の生活では
元々の話は現状を前提で話をしているのに、
なぜ「同じ人間が都会に住む場合と田舎に住む場合を比較」で限定して考えるのか?
なぜ「同じ人間が都会に住む場合と田舎に住む場合とで生活水準が変わらない」と考えるのか?
そういう無理のある後出し限定条件付けをしている時点で詭弁になっている。
Re:「マイカーに乗るな」 (スコア:1)
なぜ「同じ人間が都会に住む場合と田舎に住む場合を比較」で限定して考えるのか?
スレッドの流れを考えれば、そちらの方が自然です。
ある人間が、都会と田舎のどちらに住んだ方が環境負荷が少ないかと問うのは普通に 意味のあることです。
それと、あなたが興味のある、「田舎と都会はどちらの方がCO2を出しているのか」
というのは問うてる事柄が違うだけです。どちらが正しいとか、意味がある
とかそういう議論の対象ではありません。
ただし、私の最初の書き込みでは、同じ人間での比較という前提が明確にされて
いなかったのは認めます。
なぜ「同じ人間が都会に住む場合と田舎に住む場合とで生活水準が変わらない」と考えるのか?
当然変わるでしょう。しかし他の書き込みでも言いましたが、どちらに変わるかわかりますか?
まさか田舎から都会に出てくれば、みんな生活水準が上がるなどとナイーブに思っていませんよね?
生活水準は上がる場合も下がる場合もあるだろうから、とりあえず同じと置いたまでです。
学術論文じゃないのだから、このあたりを厳密に考え過ぎていたら雑談サイトで発言なんてできませんよ。
だいたい、生活水準が少し上下したぐらいで、私が疑問に思った「輸送の問題で都会生活のほうが地方生活
より圧倒的にCO2多く出す」という主張が正当化されるわけでもないでしょう。
「圧倒的」な差を生み出すほど生活水準が変わりますかね?
Re:「マイカーに乗るな」 (スコア:1)
それって都市の方が人がいっぱい住んでいるから環境負荷が高そうに見えるだけでは?
一人当たりに換算するとどうなるのでしょうか。
地方だって輸入品などを購入しているし、車なんて世界中から物資を運んできて作った最たるものですし。ガソリンそのものだって輸入品ですよね。地方に住んでれば、スーパーでも地産のものよりも輸入品の食材や中国の工場で加工された冷凍食品が陳列されているなんてこともザラだってことくらい知っているでしょうし。
# 思考実験として、都市を解体して全国に均一に人をばらけて住まわせる(日本中を田舎にする。)とどれだけエネルギー効率が悪くなるのでしょうか。ちょっと極端過ぎる例かもしれませんが。
とりあえず、25パーセント減を目指すのならば地方住まいの人も「地方だから車ガンガン使っても仕方ないよね」と言ってられないのだけはたしかでしょう。
Re:「マイカーに乗るな」 (スコア:1)
>地方に住んでれば、スーパーでも地産のものよりも輸入品の食材や中国の工場で加工された冷凍食品が陳列されているなんてこともザラだってことくらい知っているでしょうし。
スーパーに陳列されてるからといって、食卓にそれが並ぶ頻度が同じとは限りません。山でとった山菜やタケノコ、畑で作った野菜やその漬け物が並ぶ頻度は遙かに多いですよ。外食もほとんどしないですしね。
>とりあえず、25パーセント減を目指すのならば地方住まいの人も「地方だから車ガンガン使っても仕方ないよね」と言ってられないのだけはたしかでしょう。
田舎で人口密度が低い理由って色々あると思うけど、基本的には田んぼや畑が多いからじゃないかと。それに、都会のように県をまたいで通勤なんて無駄なことも普通はしないのでガンガン使うってこともないですよ。車が必要ってのと沢山乗ってるのとは違います。都会のようにノロクサとストップ&ゴーを繰り返す運転もしませんし。
田舎に住んで都会と同じ暮らしをしたいとかいうならわかりませんが。
Re:「マイカーに乗るな」 (スコア:1)
世界中から運んで来るためのエネルギーより、スーパーから自宅まで自家用車で運ぶエネルギーのほうが(単位量あたり)大きいって誰か言ってた
CO2もそうじゃないかな
Re: (スコア:0)
地方民がみな自給自足で生活しているとでも?
大量のエネルギーを消費しながら物資を余所から運んで暮らしているのは地方も一緒ですよ。
Re:「マイカーに乗るな」 (スコア:1)
>大量のエネルギーを消費しながら物資を余所から運んで暮らしているのは地方も一緒ですよ。
消費規模が全く違うのに「消費していることは同じだ」というのは無意味ですよ。
そういう理論展開したら、「CO2削減の取り組みしてる国もしてない国もCO2排出してるのは同じだ!」で25%もなにも意味はなくなり話はおしまいです。
都市と田舎で生活が同じだと思っているのが大間違い。
ψアレゲな事を真面目にやることこそアレゲだと思う。
Re:「マイカーに乗るな」 (スコア:1)
-ジュール/人
なのか,
-ジュール/面積
なのか, それとも
-ジュール
なのか?
一人あたりの消費規模が議論の余地の無いぐらい違うんでしょうか?
田舎で消費しているエネルギーは微々たるものだから, 減らしても日本全体では効果が少ない
という話なら, もしかしたら工学的には正しいかもしれませんが, 政治的にはどうなんでしょうね?
都市生活者としては, 不公平だと感じます.
実際の所, 数字がないとよく分からないですね...
http://www.atomin.go.jp/atomin/high_sch/reference/energy/sekai/index_0... [atomin.go.jp]
アメリカが多いのは, 寒くて死んじゃうような地域が大きいというのもあるんだろうか?
Re: (スコア:0)
わかりたくありません
Re: (スコア:0)
山で仙人になればいいのか
Re:「マイカーに乗るな」 (スコア:1)
師匠!ぜひCO2を食べて生きていける術をあみだしてください!
Re: (スコア:0)
CO2は毒だろ。
ただし、ソースはハンター×ハンター。
Re:「マイカーに乗るな」 (スコア:2)
我が家には自動車が3台もあって、確かに都会の人々よりCO2を多く排出していると思う。
しかし我が家もそうだが、田舎に住む人はの多くは森林も所有してるんだよね。
ひょっとして我が家のCO2排出量はマイナスなのかも。
http://www.rinya.maff.go.jp/kids/study/function/kyuusyu.html [maff.go.jp]
Re:「マイカーに乗るな」 (スコア:1)
CO2排出量という点だけで見れば、森林はプラマイゼロだと思います。
木は、生きている間に吸着したCO2の分だけ、死んで腐るときにCO2を放出します。
そんな馬鹿な (スコア:3, すばらしい洞察)
腐るときにすべてCO2になるのなら、化石燃料はどこから来るのでしょうか。
あなたはまず、山林に入ってみるべきです。腐植の供給量はあなたが思ってるより遙かに多い。
すべて分解できるはずがない。
そんな速度でCO2が発生しているとすると、夏場の窪地なんて人がばたばた死んでるはず。
(火山ガスが溜まって死ぬ事故はたびたび発生していますが、CO2という話は聞いたことがない)
最終的に完全に発酵の止まる深度まで堆積が進むか、
地殻変動で土に埋まるか、海に流れて海底に沈むのかわかりませんが、
その割合は決して無視できる量ではないと思います。
環境学専門とかではないただの山男の考えですけどね。
# 湖底に溜まるとメタン出すって話も聞くけどキニシナイ。
Re:そんな馬鹿な (スコア:1)
森林(動物を経由する場合もあり)は、「化石燃料を作る」という点でCO2削減に貢献しているのですね。
ただ、やはり大半の炭素はCO2として逃げていくのではないでしょうか。
土に埋まった(土になった)後も、微生物などによって分解され、
10年単位の時間をかけてゆっくりと安定なCO2になっていくと思います。
私が主張したかったのは、CO2削減を目的に一時的に森林を保持することの無意味さです。
CO2の発生速度に関しては、森林が吸収する以上には出てこないので、そんなに速くないと思います。
腐植の供給量が多いなら、森林が吸収する量も多いということなので、やはりプラマイゼロです。
森林でCO2が最も多くなるのは、光合成をやめて呼吸だけになる「夜」だと思います。
Re:そんな馬鹿な (スコア:1)
なんか、森林を「CO2を吸収して貯め込む存在」だと勘違いしていませんか?
吸収されたCO2がCO2のまま存在するわけじゃなし……
ψアレゲな事を真面目にやることこそアレゲだと思う。
Re:そんな馬鹿な (スコア:1)
死んだ木に吸着されている炭素が、安定したCO2にならずにそのまま存在し続けるとは思えないのですが。
まあ、森林が吸収した炭素の多くがCO2にならずに残るのなら、私もその方が嬉しいですね。
Re: (スコア:0)
変だよ!!頭おかしいよ!!
木材がそんなに早く大気に還っちゃったら木造の我が家が消えてなくなっちゃうよ!!
Re: (スコア:0)
つても寿命30年の日本の家屋にしちゃうと30年後にはCO2に還すしかないんで、地球的タイムスケールだと全然貯蓄できてないわけだが。
最近は間伐材も運び出すだけ損にしかならんから山に放置してんだろ。そゆのはまあ年単位で速やかにCO2に戻ってるんだろうね。
Re: (スコア:0)
いわゆる「切り捨て間伐」のことを言いたいんだろうが、そういうとこばかりじゃない。
と言っても別に状況が良くなっているわけでは全然なく、そもそも間伐が必要な時期になっても間伐をしていないところがかなりある。間伐前提で仕立てた林の場合、それでは主伐(最終的な収穫)時に金になる材が出せないだろうが、それでも構わんというか間伐の費用がないからどうしようもない。たぶん所有者はその林から収入を得ることを半ば諦めている。良く言えば「損切り」というやつだ。
まあそれ自体
Re: (スコア:0)
森林はCO2を減らしています。
それを木材として消費してCO2を増やしたら、そのCO2に対して責任を
負わなきゃならないのは、当然ながらその木材を消費した消費者です。
農作物を作るとCO2は減ります。
それを食品として消費してCO2を増やしたら、そのCO2に対して責任を
負わなきゃならないのは、当然ながらそれを食べた消費者です。
さらに、その農作物の生産に要するエネルギー分のCO2に対しても
責任を負わなきゃならないのは消費した消費者です。
Re: (スコア:0)
放出されたCO2は周囲の植物にまた吸収されます。森林が森林として存在し続ける限り。
森林が成長するとき、それだけCO2の吸収量は増加します。
森林のCO2収支がゼロになる時とは、森林を構成していた有機物の一切が分解されて大気に還った時です。
かつて森林だった場所が砂漠化している場面を想像すると、ちょっと哀しいですね。
Re:そんな馬鹿な (スコア:1)
>腐植の供給量はあなたが思ってるより遙かに多い。
>すべて分解できるはずがない。
ちょっ 「はずがない」て
それは微生物舐めすぎの発言ですよ
動物の体だって土に埋まってればすぐ分解されちゃうのに
化石燃料はたしかに現存していますが、植物がさいしょに地球上に誕生してからの
時間を考えれば、そんなのの増加速度は微々たるものでしょう。
自分は生物屋ですが、ここの議論にはいろいろ見落としがあるような気がしますぜ。
・降り注ぐ太陽光の総量は有限です。
・植物も生きるかぎり呼吸をします。特に光の無い夜中は呼吸だけ。
・森林という生態系には樹木だけでなく動物も多いです。
・その年の樹木生産物(種子、果実、葉)は森林内で分解
あるいは消費され、その年中に分解されることがほとんどです。
一般的に言って、森林がその生態系全体として蓄積可能な炭素量には
ある限界が存在し、数百年から千年単位でその有限の値に向かって
炭素蓄積量は漸近していくことになります。
だいたい、炭素を蓄積するということは、質量保存の法則を考えても
森林の方が逆に太っていなければおかしいですよね?
で、森林の面積も、樹木の高さも太さも、密度にも
やはり降水量や気温というファクターから導き出される一定の限度が
存在していると考えるのが自然です。
化石燃料に転化する炭素量ですが、生態学の炭素循環研究などで
森林の蓄積量などに匹敵すると評価している例を見たことはありません。
というか数字自体書かれていない研究しか見たことないような。
#「微生物による分解」は数字としてしっかり評価されてるし、
#定量化困難につきデータにできないというわけでもないはず
Re:「マイカーに乗るな」 (スコア:2)
確かにおっしゃる通り、1本の樹木が永遠にCO2を吸収し続ける訳は無いわな。
#いずれは石炭になる(かも知れない)って事で許して下さい。
Re: (スコア:0)
隣の家のBさんは貧乏なので森林を持っておらず排出量はプラスです。
親コメを批判するとかそんなことは考えてないけど、意味あるんかなー。
Re: (スコア:0)
都市は緑地を破壊して生まれます.
この緑地破壊に関連した二酸化炭素を「ゼロ」と言うのなら,
緑地をつぶしていない田舎はマイナスと言っても良いのではないでしょうか.
Re:「マイカーに乗るな」 (スコア:1, おもしろおかしい)
現実には「温室効果ガス削減に貢献する(ことになっている)原発を設置させてやってるんだからおまえらが補助金払え」です><
Re: (スコア:0)
いや、「死ね」は間違ってないでしょ。そもそも人口が多すぎるのが諸悪の根源ですから。
問題は「俺は死にたくない」と両立させるのが不可能ということだけで。
その代わり「俺は子供などいらん」で両立可能な「お前は子供を持つな」戦略が成功しつつあるようですね。表向きは少子化対策とか言ってるみたいですが。