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町の図書館なんて既に既に無料の(というか税金とかで間接的に料金徴収がされている)貸本屋なんだからツタヤがやるのはまあ自然の流れじゃないかな。
図書館の自由に関する宣言云々て別に公務員がやってれば安心で民間企業がやったら心配とかそういうもんでもないし、むしろ民間企業がやるってほうが(今回みたいに)本当に正しく運用されているかみんながきにしていいんじゃないかね。
町の図書館なんて既に既に無料の(というか税金とかで間接的に料金徴収がされている)貸本屋
全然違うよ。図書館は需要に関係なくアーカイブする価値のある本を所蔵する。社会や、子供や、教育や研究のための本を入れる。そんなんツタじゃやってくれんよ。どんだけ需要あってもエロ本や漫画(物によるけど)は入れない(言うまでもないけど国会図書館は別な)。今はおとなしくてもそこは営利企業。最後は資本の論理が出張ってくる。
公務員と民間でうんぬんというのは、全面的に肯定はしないけど否定もしない。
「アーカイブする価値のある本」はどうやって決まるのでしょう。その本が「社会や、子供や、教育や研究のため」になるかどうかどうやって判断するのでしょう。
もちろん全知全能の判断者がいて「読む価値のある本が揃っている夢の図書館」というのは私もワクワクしますが、現実には図書館だって「税金の有効利用できているかを回転率で判断します」って言われたらあなたの言う「資本の論理」と変わらないのでは。
そしてそれに少なくとも市井の「図書館」が抵抗できる(できている)とはとても思えないんだなあ。
自分の求める「バブル的に高値のついた絶版本」が図書館にあるかないかが、個人として「抵抗できているかできていないか」の感じ方の差ではないでしょうか?図書館が「がんばっている」かどうかも同様に。
図書館が頑張っていないとも思わないし、かと言って"総ての"「バブル的に高値のついた絶版本」が図書館に所蔵されているわけでもない。そのあいだのゆらぎの中で私個人としては「抵抗できてないと思う」と書きました。
それにしても「抵抗できてないと思う」と書いたら「ベストセラー本以外一冊もおいてないぞ図書館は!キッー!」にすり替えられたのは逆にそういう風な意見が多くなってるってことなのかなあ。
>「少なくとも」とまで言っておいて日本語が不自由ですいません 「少なくとも」は「市井」にかかっていて、大学図書館とかではなく、という意味です。私の中で大学図書館(やある種の業界図書館)は町の公共図書館と比して「図書館的」に運営されていると感じているのでそれを除外して「少なくとも市井にある一般の公共図書館は」という意味で用いました。逆に「少なくとも」がどの文節に掛かった場合に「感じ方の差」を主張することがおかしくなるのかがわからないのでそれについては申し訳ありません。
>「総てじゃない」など抗弁したそばから「総てじゃない」図書館が悪
返信を吊るす場所を間違えてしまいました。この下に全体についての返信は別途あります。
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それとは別に具体例としては、先月から趣味で山東京伝について調べているのですがたとえば「山東京傳の研究」小池藤五郎、「山東京伝研究文献集成」中山幹雄などは近隣の図書館では所蔵がありませんでした。どちらも古書はありますが新刊として買うのは難しそうです。そして後者の発行年のベストセラー、ハリーポッターは60冊超の所蔵です。
と、だいたい2ヶ月くらいでテーマを変えて本を読んでいるので2ヶ月に1回は上記のような感想を漏らしています。が、延々わたしの「うわー、図書館は
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日々是ハック也 -- あるハードコアバイナリアン
貸本屋 (スコア:0, すばらしい洞察)
町の図書館なんて既に既に無料の(というか税金とかで間接的に料金徴収がされている)貸本屋なんだから
ツタヤがやるのはまあ自然の流れじゃないかな。
図書館の自由に関する宣言云々て別に公務員がやってれば安心で民間企業がやったら心配とかそういうもん
でもないし、むしろ民間企業がやるってほうが(今回みたいに)本当に正しく運用されているかみんながきにしていいんじゃないかね。
Re: (スコア:4, すばらしい洞察)
町の図書館なんて既に既に無料の(というか税金とかで間接的に料金徴収がされている)貸本屋
全然違うよ。図書館は需要に関係なくアーカイブする価値のある本を所蔵する。社会や、子供や、教育や研究のための本を入れる。そんなんツタじゃやってくれんよ。どんだけ需要あってもエロ本や漫画(物によるけど)は入れない(言うまでもないけど国会図書館は別な)。今はおとなしくてもそこは営利企業。最後は資本の論理が出張ってくる。
公務員と民間でうんぬんというのは、全面的に肯定はしないけど否定もしない。
Re: (スコア:0)
「アーカイブする価値のある本」はどうやって決まるのでしょう。その本が「社会や、子供や、教育や研究のため」になるかどうか
どうやって判断するのでしょう。
もちろん全知全能の判断者がいて「読む価値のある本が揃っている夢の図書館」というのは私もワクワクしますが、現実には
図書館だって「税金の有効利用できているかを回転率で判断します」って言われたらあなたの言う「資本の論理」と変わらないのでは。
そしてそれに少なくとも市井の「図書館」が抵抗できる(できている)とはとても思えないんだなあ。
Re: (スコア:0)
民間の貸本屋であればちまちま貸して稼ぐよりも、中古市場で高値で売りさばいて大儲けすることを選んだとしても誰も文句は言えません。
消費税ができたり上がったり表記の変更を強制されたりしたおかげでいろいろな本が絶版、品切れの憂き目にあいましたが、図書館ががんばってくれているおかげで読むことはできています。抵抗できていないだなんてとんでもないですね。
Re: (スコア:0)
自分の求める「バブル的に高値のついた絶版本」が図書館にあるかないかが、個人として「抵抗できているかできていないか」の感じ方の
差ではないでしょうか?図書館が「がんばっている」かどうかも同様に。
図書館が頑張っていないとも思わないし、かと言って"総ての"「バブル的に高値のついた絶版本」が図書館に所蔵されているわけでもない。
そのあいだのゆらぎの中で私個人としては「抵抗できてないと思う」と書きました。
それにしても「抵抗できてないと思う」と書いたら「ベストセラー本以外一冊もおいてないぞ図書館は!キッー!」にすり替えられたのは
逆にそういう風な意見が多くなってるってことなのかなあ。
Re: (スコア:0)
「少なくとも」とまで言っておいて、感じ方の差もなにもあったものではないのでは。
>"総ての"「バブル的に高値のついた絶版本」が図書館に所蔵されているわけでもない。
>「ベストセラー本以外一冊もおいてないぞ図書館は!キッー!」にすり替えられた
「総てじゃない」など抗弁したそばから「すり替えられた」とか主張しても説得力がありませんよ。
Re: (スコア:0)
>「少なくとも」とまで言っておいて
日本語が不自由ですいません 「少なくとも」は「市井」にかかっていて、大学図書館とかではなく、という意味です。私の中で
大学図書館(やある種の業界図書館)は町の公共図書館と比して「図書館的」に運営されていると感じているのでそれを
除外して「少なくとも市井にある一般の公共図書館は」という意味で用いました。
逆に「少なくとも」がどの文節に掛かった場合に「感じ方の差」を主張することがおかしくなるのかがわからないのでそれについては
申し訳ありません。
>「総てじゃない」など抗弁したそばから
「総てじゃない」図書館が悪
Re: (スコア:0)
>その間のどこまでが「抵抗」といえる範囲なのかが個人によって違うのではないか、 と申し上げたつもりです。
それだけだと反対に「抵抗できる(できている)と思う」と示されても、どうこう言う筋合いはなくないですか? 具体的にどういうことが「できない(できていない)」と感じていらっしゃるのか挙げてみてはいかがでしょう。別に0か1かだなどとは申しておりませんが、何も示されないなら0としか言いようがないです。
Re: (スコア:0)
返信を吊るす場所を間違えてしまいました。この下に全体についての返信は別途あります。
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それとは別に具体例としては、先月から趣味で山東京伝について調べているのですがたとえば
「山東京傳の研究」小池藤五郎、「山東京伝研究文献集成」中山幹雄などは近隣の図書館では所蔵がありませんでした。
どちらも古書はありますが新刊として買うのは難しそうです。そして後者の発行年のベストセラー、ハリーポッターは60冊超の所蔵です。
と、だいたい2ヶ月くらいでテーマを変えて本を読んでいるので2ヶ月に1回は上記のような感想を漏らしています。が、延々わたしの
「うわー、図書館は
Re:貸本屋 (スコア:0)
当地ではどちらも県庁所在地の図書館に所蔵がありました。ではそれらの本が県に一、二冊というのは図書館の所蔵率として健全でしょうか? まさか自分の興味のある分野の本だけを特別扱いしろとは言われませんよね。
>そして後者の発行年のベストセラー、ハリーポッターは60冊超の所蔵です。
前掲の二冊ともを所蔵している図書館で、ハリー・ポッターを書籍のみと指定して検索すると150件超、出ました。念のため、この1件1件に複数冊が含まれてもいます。150件超を全部中まで見て冊数を数えるのは勘弁してください。
してみると、ハリー・ポッターを60冊超所蔵している規模の図書館で、前掲の二冊の所蔵を求めるというのは、はたして妥当なことなのでしょうか。
他のスレッドで相互貸借サービスについて書かれてもいますが、単館でまかなえないなら県内でなんとかしようと努力してもいるわけで、そんなに悲観的にばかり考えなくてもよいのではないかと思いますが。