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不確実なものであっても教育者がそれが科学であると思う限り、教育として教えることができる。
いずれ科学的に実証されるであろう現在未確認の仮説であっても、一種の宗教的な考え方と似たようなところがあるから不確実なものを科学というのは決して悪くはないが、それをあたかも事実のように教えることが手来てしまうのはなかなか恐ろしいような。
宗教的なことに利用されそうだナー
>いずれ科学的に実証されるであろう現在未確認の仮説であっても、一種の宗教的な考え方と似たようなところがあるから不確実なものを科学という
すでにそれ、科学じゃないから。
科学もある種の宗教ですよ。
水がH2Oだっていってるのだって水素をHだ酸素をOだって「科学で定義」したのであってそれを信じるかどうかは科学教かどうかでしかないですよ別に水は水だでも何の問題もなく、神によって与えられたデモ問題はないでしょ飲めない水は呪われた水だ、水銀汚染されているから飲めない水だようするに、科学、医学で共に表される結果はある種の奇跡と考える事も出来るので。
繰り返しますが「科学もある種の宗教」です
>科学もある種の宗教ですよ。
あなた、まったく科学を理解できていない。中学校の理科からやり直したほうがいい。
科学を学んだ人は、別に何も「信じ」ちゃいない。自然現象を観察して、モデル化して、実験してその振る舞いを確かめることで、相当に高精度の予測ができるというだけ。なにかを「信じる」という態度こそ、愚昧の表明。
http://science.srad.jp/story/09/10/07/0547230/ [science.srad.jp]http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2009/10/post-e6ae.html [cocolog-nifty.com]
科学哲学についてちょっと聞いたことのある人であれば、論理実証主義〜カール・ポパーの反証主義〜トマス・クーンのパラダイム論の流れを追ったあとではもう「ひとまず科学者の言うことが正しいと仮定して(根拠を疑えば疑えるけどあえてしない)」という形でしか科学の話ができないことを知ってるはず。
それって言葉遣いが異なるだけで、態度としては宗教と違いがないよね、というのが #2956405 のコメントの意図でしょう。
まぁ「敢えて疑わないだけだよ!信じてるわけじゃない!」という反論はかまわないけど、それなら宗教側の人の反論も聞いてあげるべきなんじゃね。
このコメントの嵐の中でやっと光をみた感じがするけどなんだろうなあ…科学哲学の話になるとこうもざわつくのはやっぱ教育してないからなんだろうなあ…
高校辺りでもう教えてもいいと思うんだけどね
お互いそうやって自分好みのスタンスを絶対視して「やれやれ」と言い合ってるだけですからねえ。そりゃ発散しかしない。
> それって言葉遣いが異なるだけで、態度としては宗教と違いがないよね、というのが #2956405 のコメントの意図でしょう。
その後の展開を見てるとそうでもないように思いますが。下のほうまでちゃんと読まれましたか?反証可能性についてすら理解してるかどうか怪しいものです。
まとまらない理由は、科学の定義じゃなくて宗教の定義が揺れてるからみたいだねぇ。
科学は宗教じゃないよ派・宗教は教義を疑うことができない・宗教は時代によって教義を変えられない:
科学は宗教だよ派・教義を疑ってよい宗教もある、疑ってはいけない宗教もある・時代によって教義が変わっていく宗教もある(例えば解釈によって)、変わらない宗教もある:
いんや、宗教の定義の話は争われてないみたいですよ。「宗教は信じるものだ」という点は。「じゃあ、信じるという要素あるい精神作用なしで科学は成立するのか」とか言いたいみたいです。プラトン主義の堕落版というところでしょうか。すべてはイデアである、宗教と科学の差異などない、みたいな。
# 教義がゆるい宗教が存在していて、それは多神論でより顕著なので、一概に語ることは難しいかな
「人間の精神作用が存在するものは全て宗教と同義で差異が無い」ってことを証明したり実証モデルを作って他のモデルと比較する行為が「科学」なの。おわかり?
つまり、件の人は「科学」は全くしてないということでいいんですね。いまさらそんなわかりきったことを言われても返答に困りますが。国語力の問題かなあ。字面に脊髄反射するみたいな。
クーンのパラダイム論を語る人は多いですが、パラダイム論自体は科学哲学としてかなり批判のある論です。またクーンも批判の正当性を受け入れてパラダイム論を取り下げているので、その後の社会構成主義大暴れと対する批判くらいは抑えた方がいいかも知れません。帰納主義、反証主義、道具主義、実在論や相対論に対する主要な反論や科学哲学の歴史的展開を通観する本として、これがおすすめです。http://www.amazon.co.jp/A-F/dp/4769913001/ [amazon.co.jp]# 個人的にはラカトシュの「研究プログラム」はもっと注目されるべきだと思う。
ですねえ。クーン本人はともかく追随者の質がよくない。「パラダイム」は中二病患者のマストアイテムでもありますし。
> 不確実なものであっても教育者がそれが科学であると思う限り、教育として教えることができる
このあたりはクーンの持つ相対主義と相通じるところがあります。科学的矜持の必要性を痛感させられます。
>相当に高精度の予測ができるここが間違いかな。子供の頃に習ったことが今では間違っているというものが相当数あるので。つまりあなたは現在の説が高精度であるというのを信じているのではないですか?
> 「子供の頃に習ったことが今では間違っているというもの」を挙げて欲しい。
恐竜は爬虫類。ティラノザウルスの立ち姿。冥王星は惑星。
> 鎌倉幕府の年号云々じゃなくて、理科の分野で。相当数あるか?
鎌倉幕府はせっかく「いいク○ニしよう」だったのにぃ。飲み屋でのシモネタが減ったではないかぁ。あ、頼朝の肖像ってのも。
あと、歴史分野ではあるけど科学的にみて解明されているのは、縄文期の食糧事情かなぁ。三内円山でクリが大規模に人の手によって栽培されているのが遺伝子の分析があってこそ。
でも結局、全部ちゃんと科学の手法を使って新しく理解出来た話。(鎌倉幕府成立と冥王星は定義の問題だけど)
科学は基本「手法」。観察、考察、実証、新しい理論があれば予想、そして他の同業者を納得させる。しかし、その手法さえ疑ってかかる。例えばメタ検定とか。科学者は信じてるんじゃなくて、とりあえず、納得してるだけ。でも、ますは疑ってみて、理論で説明できない物を必死で探すのがメシの種。#うまく見つければ、地位と名声と後の生活が保証されますからねぇ(下衆の勘ぐり)
科学の理論てのは、そう説明しておけば、とりあえず現在観察できているものの多くが矛盾が少なく、無理な前提がなく説明できる。こんな簡単な事は小学校で説明すべき問題なんだけど、大学で理系の教育を受けた一部の人間にしか理解されていないので2956405の用な事を言う人が絶えない。
宗教は前提を信じているというより疑う行為自体を悪とする(ユダヤ教系一神教の基本、原罪が代表)、という動かしようのないものの上にあるものです。それはそれであっていいんだが、明らかに分野が違う。
仏教は比較的疑う宗教のイメージは(お釈迦さんかなりは悩んだはるし。)あるが、極楽浄土とかは疑ってないよね。
ひじきの鉄分含有量。(あれ、家庭科かな?)
水金地火木土天海冥とか水金地火木土天冥海とか小学校の授業で習ったけど惑星じゃなくなった星があったような。
ヒマワリの花は太陽を追いかける(追いかけねーよ、観察した事あるのかよ > 日本の植物学者)、脳細胞は生まれた直後から死に始め再生はしない、緑青は猛毒である(理科年表が修正された)、 ヤマカガシ [wikipedia.org]は首の辺りから毒を含む粘液を出す、これをもってして毒蛇と分類するかどうかの議論(噛まれて死んだ人がいて、調べた結果、奥歯の辺りから毒液を出すことが判明した。(解剖しなかったのかよ > 日本の生物学者)
本気で言ってる?前者は軌道が楕円で交差しているからで、後者は定義づけそのものの変更じゃない。
他コメントの通りで、太陽のまわりをまわる天体のうち、どれを「惑星」と呼んでどれを「惑星」と呼ばないかは純粋に定義だけの問題なんだけど、冥王星が惑星ではなくなった経緯を知らない人にとっては、このことが科学なんていいかげんと考える根拠になり得るというのは、ちょっと驚きだし、科学の側が広報活動をもっとやったほうがいいんじゃないか、とも思いました。
#2956486さんは、冥王星がなぜ惑星ではなくなったのか、なぜ惑星の定義についていまさら議論する必要があったのか、調べてみると面白いと思いますよ。「冥王星 惑星」で検索すると、理由を解説したサイトがたくさん見当たります。
まあ、科学的に疑った人がいたから、今の立ち姿が定説化されたいるわけです。
これは、処理が鉄釜からステンレス釜に変わったから。
それは間違いではなく再定義です
「高精度である」というのは、例えば天気予報の当たりはずれのように確認できること。それが㎜単位かμm単位かnm単位か、要求される水準によって評価が変わるだけ。「信じる」って問題じゃない。
「間違っている」ことを確認できるのが科学。教理によって正解があらかじめ用意されているのが宗教。
科学にとって「間違っていた」というのは問題じゃないの。「時間」や「モノの存在」すら覆されてきたのが科学。「要素に分解すれば分かる」という科学の主たる手法ですら、判例があれば改めるもの。「間違っていた」ことを認めたら、その教えそのものが崩壊する宗教とは違う。
>科学を学んだ人は、別に何も「信じ」ちゃいないということを「信じて」いる人が多いですよねー
例えば「論理学は正しい」ことは「信じて」いる場合が多いように感じるけどどうでしょね?あるいは「自然には法則がある」ことも「信じて」いるんじゃないかなー
何を「信じて」いるか自力できちんと疑い尽くすことができず、「(俺は)別に何も信じていない」って断言しちゃって、それに多少でも疑い受けると猛烈に反駁する傾向があるんだとすると、それは狂信者と違わないような気がしないでもない。
>例えば「論理学は正しい」ことは「信じて」いる場合が多いように感じるけどどうでしょね?あなたの勘違いでしょう。「論理学が間違っている」ことに反例があれば、それを元にあらたな理論を作るだけです。「自然に法則がない」ことを誰かが証明すれば、それを元にあらたな理論を作るだけです。(実際、カオス理論とかあったしね)
>「論理学が間違っている」ことに反例があれば、それを元にあらたな理論を作るだけです。>「自然に法則がない」ことを誰かが証明すれば、それを元にあらたな理論を作るだけです。その議論、論理学使ってますよね?論理学を使わずに「論理学が正しい」ことを証明できないんじゃないかと思いますが、そうだとすると、それを「信じている」というんじゃないでしょうか?
この議論、論理学使わずに反駁してみてください(笑)
はて?あなたは「論理学が間違っている」ことを証明していない。ならば、ここで私が論理学を使うことに何の問題がありますか?
> この議論、論理学使わずに反駁してみてください(笑)
もしあなたが、論理学は間違ってる(正しくないかも知れない)と思うなら、論理学を使わない論理展開をして下さい。あなた自身が論理学に基づいた論理展開をされていては、まったく説得力が感じられません。
私は論理学は役に立つと思っているし論理学に不具合を見つけたことがないので便利なので使います。
そうそう便利だから使うというスタンスが正解なんだよね。
論理学は間違っていないけど、正しいと証明することも出来ない。
だけど今は役に立つから使ってるだけ。
論理学を使っても論理学が正しいということは証明できないです。
# 間違ってる、とも言わない。ただ「判らない」ってだけ _(:3 」∠)_
科学の知識や方法論は、世の中のいろんな現象が統一的に矛盾なく説明したり予測したりするのに役に立つので、正しいと思っています。
説明ができなかったり予測に失敗したときには、どこかに間違いがある可能性を疑います。それによって、従来知られていなかった新たな発見がある場合もあります。しかしながら、今まで、世界中で数え切れないほどの出来事が起こっているにもかかわらず、その出来事を説明するに当たって、論理学や「自然には法則がある」という考えを疑わなきゃならないほどの事態が、今までなかっただけです。今後、あるかもしれません。ないとは保証できません。たぶん、ないと思いますが。
# 論理学は科学(自然科学)じゃないですけどね。
やめろ!やめるんだ!!物理学者が目をキラキラさせながら「そうだ!大統一理論はあるんだ!(ヒャッハー」と不思議な踊りをしながら近づいてくるぞ!
その出来事を説明するに当たって、論理学や「自然には法則がある」という考えを疑わなきゃならないほどの事態が、今までなかっただけです。
んなの400年ぐらい前に疑って疑って疑い抜いた人がいて、それが基礎となって近代哲学が発展してきたというのにやっぱ教育って大切なんだな…
「信じる」「信じない」の二値論しか展開できない方ですか?科学には「仮に~であるとしよう」というあなたにはやや高度な思考方法もあるんですよ。
「仮に~であるとしよう」という高度な思考方法を「信じてる」んですね!
「~という考えがある」と「~を信じる」とは異なります。
つか、あなたの話って、あなたの知性を疑わせているだけですよ。
ああ、信じられるよりは疑われる方が科学的なアプローチで好感が持てますな!!
# それに科学だってとことん突き詰めれば# 「もう~ということにしちゃおうぜ!」だしなー
20世紀に論理学(公理系)の完全性に疑いを抱いた人と不完全性の証明までしちゃった人がいるんですが御存知ないかなー。まあ知らんでしょうなあ。自然に果たして法則性がどこまであるのか疑問を持った人も同じく20世紀にいて、それは派生してカオスについてのあれこれにつながったりするわけですがこれも知らんでしょうなあ。無知は罪だ。
カオスって完全に法則的に計算しても初期値が無限の精度で判らない限り指数関数的に誤差が拡大して予測が困難になる、という事や、その系の持つパターン、性質についての極めて"法則的な"分野なんですけど…
不完全性定理も内部から正しさを正しいと証明する事はできない、という話でこれも極めて"論理的"な話で論理を無視するとかいう反知性主義とは対極的なもの。
すみません。親コメの人が「信じる信じない」というレベルでしか物事を考えられない人っぽかったので疑念を抱くことが弁証法的に科学を推進してきたという例として挙げました。いずれも結果的に科学に取り込まれたものであり、ある種の法則性や論理性が確認されたことについてはおっしゃるとおりです。
脳の仕組みは科学的に解明されていません。脳に論理的に正しいかどうか判断できるかどうかどうやって証明しますか?「1+1=2」が正しいと判断するその脳は、本当に正しく判断できているのですか?正しさが不確かな脳を使って不確かな判断をしているだけなのでは?
コメントする位置を間違えました。ごめんなさい。
言いたいことは分かるけど、「1+1=2」すら怪しいという議論をするときに、なぜそれよりももっと怪しい「脳」を持ち出すのか。
脳って判断に使われてるの?思考能力を担ってるの?それは本当?脳の機能を調べるのに使った機器は、「1+1=2」が正しいという前提に基づいて正しく機能するように作られているのでは?そもそも脳なんて存在するの?見たことあるの?見たとして、それは幻影じゃなくて本当に存在するの?それこそ、正しさが不確かな思考能力を使って不確かな判断をした結果、「脳」なんてものがあると思い込んでるだけじゃないの?
こういった議論のときに「脳」を持ち出す人はよくいますが、かなり筋が悪い議論だと思います。
そもそも脳なんて存在するの?見たことあるの?見たとして、それは幻影じゃなくて本当に存在するの?
一般的な人間は存在します。あなたには存在しないかもしれませんね。
「1+1=2」すら怪しいとすると、という条件付きのコメントですので。
ほら、せっかくの正当な科学的アプローチにこういうコメントが湧いて出てくるから、脳を引き合いに出すのは筋が悪いんだよ。
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「科学者は100%安全だと保証できないものは動かしてはならない」、科学者「えっ」、プログラマ「えっ」
実証されていない仮説 (スコア:0)
不確実なものであっても教育者がそれが科学であると思う限り、教育として教えることができる。
いずれ科学的に実証されるであろう現在未確認の仮説であっても、一種の宗教的な考え方と似たようなところがあるから不確実なものを科学というのは決して悪くはないが、それをあたかも事実のように教えることが手来てしまうのはなかなか恐ろしいような。
宗教的なことに利用されそうだナー
Re: (スコア:1)
>いずれ科学的に実証されるであろう現在未確認の仮説であっても、一種の宗教的な考え方と似たようなところがあるから不確実なものを科学という
すでにそれ、科学じゃないから。
Re: (スコア:-1)
科学もある種の宗教ですよ。
水がH2Oだっていってるのだって水素をHだ酸素をOだって
「科学で定義」したのであってそれを信じるかどうかは科学教かどうかでしかないですよ
別に水は水だでも何の問題もなく、神によって与えられたデモ問題はないでしょ
飲めない水は呪われた水だ、水銀汚染されているから飲めない水だ
ようするに、科学、医学で共に表される結果はある種の奇跡と考える事も出来るので。
繰り返しますが「科学もある種の宗教」です
Re:実証されていない仮説 (スコア:1)
>科学もある種の宗教ですよ。
あなた、まったく科学を理解できていない。中学校の理科からやり直したほうがいい。
科学を学んだ人は、別に何も「信じ」ちゃいない。
自然現象を観察して、モデル化して、実験してその振る舞いを確かめることで、相当に高精度の予測ができるというだけ。なにかを「信じる」という態度こそ、愚昧の表明。
よくできた科学と信仰は区別が付かない (スコア:1)
http://science.srad.jp/story/09/10/07/0547230/ [science.srad.jp]
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2009/10/post-e6ae.html [cocolog-nifty.com]
科学哲学についてちょっと聞いたことのある人であれば、
論理実証主義〜カール・ポパーの反証主義〜トマス・クーンのパラダイム論の流れを追ったあとではもう
「ひとまず科学者の言うことが正しいと仮定して(根拠を疑えば疑えるけどあえてしない)」
という形でしか科学の話ができないことを知ってるはず。
それって言葉遣いが異なるだけで、態度としては宗教と違いがないよね、というのが #2956405 のコメントの意図でしょう。
まぁ「敢えて疑わないだけだよ!信じてるわけじゃない!」という反論はかまわないけど、それなら宗教側の人の反論も聞いてあげるべきなんじゃね。
# mishimaは本田透先生を熱烈に応援しています
Re:よくできた科学と信仰は区別が付かない (スコア:1)
このコメントの嵐の中でやっと光をみた感じがするけど
なんだろうなあ…科学哲学の話になるとこうもざわつくのは
やっぱ教育してないからなんだろうなあ…
高校辺りでもう教えてもいいと思うんだけどね
Re: (スコア:0)
お互いそうやって自分好みのスタンスを絶対視して「やれやれ」と言い合ってるだけですからねえ。
そりゃ発散しかしない。
Re: (スコア:0)
> それって言葉遣いが異なるだけで、態度としては宗教と違いがないよね、というのが #2956405 のコメントの意図でしょう。
その後の展開を見てるとそうでもないように思いますが。下のほうまでちゃんと読まれましたか?反証可能性についてすら理解してるかどうか怪しいものです。
Re:よくできた科学と信仰は区別が付かない (スコア:1)
まとまらない理由は、科学の定義じゃなくて宗教の定義が揺れてるからみたいだねぇ。
科学は宗教じゃないよ派
・宗教は教義を疑うことができない
・宗教は時代によって教義を変えられない
:
科学は宗教だよ派
・教義を疑ってよい宗教もある、疑ってはいけない宗教もある
・時代によって教義が変わっていく宗教もある(例えば解釈によって)、変わらない宗教もある
:
# mishimaは本田透先生を熱烈に応援しています
Re: (スコア:0)
いんや、宗教の定義の話は争われてないみたいですよ。「宗教は信じるものだ」という点は。
「じゃあ、信じるという要素あるい精神作用なしで科学は成立するのか」とか言いたいみたいです。
プラトン主義の堕落版というところでしょうか。すべてはイデアである、宗教と科学の差異などない、みたいな。
# 教義がゆるい宗教が存在していて、それは多神論でより顕著なので、一概に語ることは難しいかな
Re: (スコア:0)
「人間の精神作用が存在するものは全て宗教と同義で差異が無い」ってことを証明したり
実証モデルを作って他のモデルと比較する行為が「科学」なの。おわかり?
Re: (スコア:0)
つまり、件の人は「科学」は全くしてないということでいいんですね。
いまさらそんなわかりきったことを言われても返答に困りますが。
国語力の問題かなあ。字面に脊髄反射するみたいな。
Re: (スコア:0)
クーンのパラダイム論を語る人は多いですが、パラダイム論自体は科学哲学としてかなり批判のある論です。
またクーンも批判の正当性を受け入れてパラダイム論を取り下げているので、その後の社会構成主義大暴れと対する批判くらいは抑えた方がいいかも知れません。
帰納主義、反証主義、道具主義、実在論や相対論に対する主要な反論や科学哲学の歴史的展開を通観する本として、これがおすすめです。
http://www.amazon.co.jp/A-F/dp/4769913001/ [amazon.co.jp]
# 個人的にはラカトシュの「研究プログラム」はもっと注目されるべきだと思う。
よくできた皮肉は賛美と区別が付かない (スコア:0)
ですねえ。クーン本人はともかく追随者の質がよくない。「パラダイム」は中二病患者のマストアイテムでもありますし。
> 不確実なものであっても教育者がそれが科学であると思う限り、教育として教えることができる
このあたりはクーンの持つ相対主義と相通じるところがあります。科学的矜持の必要性を痛感させられます。
Re: (スコア:0)
>相当に高精度の予測ができる
ここが間違いかな。
子供の頃に習ったことが今では間違っているというものが相当数あるので。
つまりあなたは現在の説が高精度であるというのを信じているのではないですか?
Re:実証されていない仮説 (スコア:1)
鎌倉幕府の年号云々じゃなくて、理科の分野で。相当数あるか?
Re:実証されていない仮説 (スコア:4, 参考になる)
> 「子供の頃に習ったことが今では間違っているというもの」を挙げて欲しい。
恐竜は爬虫類。ティラノザウルスの立ち姿。冥王星は惑星。
> 鎌倉幕府の年号云々じゃなくて、理科の分野で。相当数あるか?
鎌倉幕府はせっかく「いいク○ニしよう」だったのにぃ。飲み屋でのシモネタが減ったではないかぁ。
あ、頼朝の肖像ってのも。
あと、歴史分野ではあるけど科学的にみて解明されているのは、縄文期の食糧事情かなぁ。三内円山でクリが大規模に人の手によって栽培されているのが遺伝子の分析があってこそ。
でも結局、全部ちゃんと科学の手法を使って新しく理解出来た話。(鎌倉幕府成立と冥王星は定義の問題だけど)
科学は基本「手法」。
観察、考察、実証、新しい理論があれば予想、そして他の同業者を納得させる。しかし、その手法さえ疑ってかかる。例えばメタ検定とか。
科学者は信じてるんじゃなくて、とりあえず、納得してるだけ。
でも、ますは疑ってみて、理論で説明できない物を必死で探すのがメシの種。
#うまく見つければ、地位と名声と後の生活が保証されますからねぇ(下衆の勘ぐり)
科学の理論てのは、そう説明しておけば、とりあえず現在観察できているものの多くが矛盾が少なく、無理な前提がなく説明できる。
こんな簡単な事は小学校で説明すべき問題なんだけど、大学で理系の教育を受けた一部の人間にしか理解されていないので2956405の用な事を言う人が絶えない。
宗教は前提を信じているというより疑う行為自体を悪とする(ユダヤ教系一神教の基本、原罪が代表)、という動かしようのないものの上にあるものです。それはそれであっていいんだが、明らかに分野が違う。
仏教は比較的疑う宗教のイメージは(お釈迦さんかなりは悩んだはるし。)あるが、極楽浄土とかは疑ってないよね。
Re:実証されていない仮説 (スコア:1)
ひじきの鉄分含有量。(あれ、家庭科かな?)
# mishimaは本田透先生を熱烈に応援しています
Re: (スコア:0)
水金地火木土天海冥とか水金地火木土天冥海とか小学校の授業で習ったけど惑星じゃなくなった星があったような。
Re: (スコア:0)
ヒマワリの花は太陽を追いかける(追いかけねーよ、観察した事あるのかよ > 日本の植物学者)、
脳細胞は生まれた直後から死に始め再生はしない、
緑青は猛毒である(理科年表が修正された)、
ヤマカガシ [wikipedia.org]は首の辺りから毒を含む粘液を出す、これをもってして毒蛇と分類するかどうかの議論(噛まれて死んだ人がいて、調べた結果、奥歯の辺りから毒液を出すことが判明した。(解剖しなかったのかよ > 日本の生物学者)
Re: (スコア:0)
本気で言ってる?
前者は軌道が楕円で交差しているからで、後者は定義づけそのものの変更じゃない。
Re:実証されていない仮説 (スコア:1)
Re:実証されていない仮説 (スコア:1)
Re: (スコア:0)
他コメントの通りで、太陽のまわりをまわる天体のうち、どれを「惑星」と呼んでどれを「惑星」と呼ばないかは純粋に定義だけの問題なんだけど、
冥王星が惑星ではなくなった経緯を知らない人にとっては、このことが科学なんていいかげんと考える根拠になり得るというのは、
ちょっと驚きだし、科学の側が広報活動をもっとやったほうがいいんじゃないか、とも思いました。
#2956486さんは、冥王星がなぜ惑星ではなくなったのか、なぜ惑星の定義についていまさら議論する必要があったのか、調べてみると面白いと思いますよ。
「冥王星 惑星」で検索すると、理由を解説したサイトがたくさん見当たります。
Re:実証されていない仮説 (スコア:2)
まあ、科学的に疑った人がいたから、今の立ち姿が定説化されたいるわけです。
Re:実証されていない仮説 (スコア:2)
これは、処理が鉄釜からステンレス釜に変わったから。
Re: (スコア:0)
それは間違いではなく再定義です
Re: (スコア:0)
「高精度である」というのは、例えば天気予報の当たりはずれのように確認できること。
それが㎜単位かμm単位かnm単位か、要求される水準によって評価が変わるだけ。
「信じる」って問題じゃない。
Re: (スコア:0)
「間違っている」ことを確認できるのが科学。
教理によって正解があらかじめ用意されているのが宗教。
科学にとって「間違っていた」というのは問題じゃないの。
「時間」や「モノの存在」すら覆されてきたのが科学。
「要素に分解すれば分かる」という科学の主たる手法ですら、判例があれば改めるもの。
「間違っていた」ことを認めたら、その教えそのものが崩壊する宗教とは違う。
Re: (スコア:0)
>科学を学んだ人は、別に何も「信じ」ちゃいない
ということを「信じて」いる人が多いですよねー
例えば「論理学は正しい」ことは「信じて」いる場合が多いように感じるけどどうでしょね?
あるいは「自然には法則がある」ことも「信じて」いるんじゃないかなー
何を「信じて」いるか自力できちんと疑い尽くすことができず、
「(俺は)別に何も信じていない」って断言しちゃって、
それに多少でも疑い受けると猛烈に反駁する傾向があるんだとすると、
それは狂信者と違わないような気がしないでもない。
Re: (スコア:0)
>例えば「論理学は正しい」ことは「信じて」いる場合が多いように感じるけどどうでしょね?
あなたの勘違いでしょう。
「論理学が間違っている」ことに反例があれば、それを元にあらたな理論を作るだけです。
「自然に法則がない」ことを誰かが証明すれば、それを元にあらたな理論を作るだけです。
(実際、カオス理論とかあったしね)
Re: (スコア:0)
>「論理学が間違っている」ことに反例があれば、それを元にあらたな理論を作るだけです。
>「自然に法則がない」ことを誰かが証明すれば、それを元にあらたな理論を作るだけです。
その議論、論理学使ってますよね?
論理学を使わずに「論理学が正しい」ことを証明できないんじゃないかと思いますが、
そうだとすると、それを「信じている」というんじゃないでしょうか?
この議論、論理学使わずに反駁してみてください(笑)
Re: (スコア:0)
はて?
あなたは「論理学が間違っている」ことを証明していない。
ならば、ここで私が論理学を使うことに何の問題がありますか?
Re: (スコア:0)
> この議論、論理学使わずに反駁してみてください(笑)
もしあなたが、論理学は間違ってる(正しくないかも知れない)と思うなら、
論理学を使わない論理展開をして下さい。
あなた自身が論理学に基づいた論理展開をされていては、まったく説得力が感じられません。
私は論理学は役に立つと思っているし論理学に不具合を見つけたことがないので便利なので使います。
Re:実証されていない仮説 (スコア:1)
そうそう便利だから使うというスタンスが正解なんだよね。
論理学は間違っていないけど、正しいと証明することも出来ない。
だけど今は役に立つから使ってるだけ。
Re:実証されていない仮説 (スコア:1)
論理学を使っても論理学が正しいということは証明できないです。
# 間違ってる、とも言わない。ただ「判らない」ってだけ _(:3 」∠)_
Re: (スコア:0)
科学の知識や方法論は、世の中のいろんな現象が統一的に矛盾なく説明したり予測したりするのに役に立つので、
正しいと思っています。
説明ができなかったり予測に失敗したときには、どこかに間違いがある可能性を疑います。
それによって、従来知られていなかった新たな発見がある場合もあります。
しかしながら、今まで、世界中で数え切れないほどの出来事が起こっているにもかかわらず、
その出来事を説明するに当たって、論理学や「自然には法則がある」という考えを
疑わなきゃならないほどの事態が、今までなかっただけです。
今後、あるかもしれません。ないとは保証できません。たぶん、ないと思いますが。
# 論理学は科学(自然科学)じゃないですけどね。
Re: (スコア:0)
科学の知識や方法論は、世の中のいろんな現象が統一的に矛盾なく説明したり予測したりするのに役に立つので、
正しいと思っています。
やめろ!やめるんだ!!
物理学者が目をキラキラさせながら「そうだ!大統一理論はあるんだ!(ヒャッハー」と不思議な踊りをしながら近づいてくるぞ!
その出来事を説明するに当たって、論理学や「自然には法則がある」という考えを
疑わなきゃならないほどの事態が、今までなかっただけです。
んなの400年ぐらい前に疑って疑って疑い抜いた人がいて、それが基礎となって近代哲学が発展してきたというのに
やっぱ教育って大切なんだな…
Re: (スコア:0)
「信じる」「信じない」の二値論しか展開できない方ですか?
科学には「仮に~であるとしよう」というあなたにはやや高度な思考方法もあるんですよ。
Re:実証されていない仮説 (スコア:1)
「仮に~であるとしよう」という高度な思考方法を「信じてる」んですね!
Re: (スコア:0)
「~という考えがある」と「~を信じる」とは異なります。
つか、
あなたの話って、あなたの知性を疑わせているだけですよ。
Re:実証されていない仮説 (スコア:1)
ああ、信じられるよりは疑われる方が科学的なアプローチで好感が持てますな!!
# それに科学だってとことん突き詰めれば
# 「もう~ということにしちゃおうぜ!」だしなー
Re: (スコア:0)
20世紀に論理学(公理系)の完全性に疑いを抱いた人と不完全性の証明までしちゃった人がいるんですが御存知ないかなー。
まあ知らんでしょうなあ。
自然に果たして法則性がどこまであるのか疑問を持った人も同じく20世紀にいて、それは派生して
カオスについてのあれこれにつながったりするわけですがこれも知らんでしょうなあ。無知は罪だ。
Re: (スコア:0)
カオスって完全に法則的に計算しても初期値が無限の精度で判らない限り
指数関数的に誤差が拡大して予測が困難になる、という事や、その系の持
つパターン、性質についての極めて"法則的な"分野なんですけど…
不完全性定理も内部から正しさを正しいと証明する事はできない、という
話でこれも極めて"論理的"な話で論理を無視するとかいう反知性主義とは
対極的なもの。
Re: (スコア:0)
すみません。親コメの人が「信じる信じない」というレベルでしか物事を考えられない人っぽかったので
疑念を抱くことが弁証法的に科学を推進してきたという例として挙げました。
いずれも結果的に科学に取り込まれたものであり、ある種の法則性や論理性が確認されたことについてはおっしゃるとおりです。
Re: (スコア:0)
脳の仕組みは科学的に解明されていません。
脳に論理的に正しいかどうか判断できるかどうかどうやって証明しますか?
「1+1=2」が正しいと判断するその脳は、本当に正しく判断できているのですか?
正しさが不確かな脳を使って不確かな判断をしているだけなのでは?
Re: (スコア:0)
コメントする位置を間違えました。ごめんなさい。
Re: (スコア:0)
言いたいことは分かるけど、「1+1=2」すら怪しいという議論をするときに、なぜそれよりももっと怪しい「脳」を持ち出すのか。
脳って判断に使われてるの?思考能力を担ってるの?それは本当?脳の機能を調べるのに使った機器は、「1+1=2」が正しいという前提に基づいて正しく機能するように作られているのでは?
そもそも脳なんて存在するの?見たことあるの?見たとして、それは幻影じゃなくて本当に存在するの?
それこそ、正しさが不確かな思考能力を使って不確かな判断をした結果、「脳」なんてものがあると思い込んでるだけじゃないの?
こういった議論のときに「脳」を持ち出す人はよくいますが、かなり筋が悪い議論だと思います。
Re: (スコア:0)
そもそも脳なんて存在するの?見たことあるの?見たとして、それは幻影じゃなくて本当に存在するの?
一般的な人間は存在します。あなたには存在しないかもしれませんね。
Re: (スコア:0)
「1+1=2」すら怪しいとすると、という条件付きのコメントですので。
Re:実証されていない仮説 (スコア:1)
そもそも脳なんて存在するの?見たことあるの?見たとして、それは幻影じゃなくて本当に存在するの?
一般的な人間は存在します。あなたには存在しないかもしれませんね。
ほら、せっかくの正当な科学的アプローチにこういうコメントが湧いて出てくるから、脳を引き合いに出すのは筋が悪いんだよ。