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吐かないでいられるならば、つまり他人の権利や健康を侵害しないなら、いくらでも個人の責任において吸って良いと思うし支持もしよう。
でも他人に喫煙や健康被害を強要するような行為は禁止しましょう、というだけの話ですよ…
>吐かないでいられるならば、つまり他人の権利や健康を侵害しないなら、
公共の福祉に反しない限り、我々は自由だし権利があるということですよね。逆に、自由や権利が欲しいなら、公共の福祉を維持する義務を果たさないといけない。
タバコを吸う権利を行使したいのなら、周囲の人の健康や幸せを害しない義務を果たさないといけない。ところが、現状ではタバコを吸う「多くの」人はその義務を果たさず、周囲の人の健康を害したり、せっかくの美味しい料理をタバコの煙で台無しにしたりして不幸にしている。だから、タバコを吸う権利が行使できなくなる。という流れの様に思います。
涙ぐましい努力をして周囲に気を遣ってタバコを吸っている人はかわいそうになるくらいなのですが、そんな人にはタバコを吸う権利はあると思うし、いいよいいよと言って吸ってもらいます。でも、往々にしてタバコを吸う権利を主張する人って、あんまり周囲に気を遣わない人が多い様に思うのです。ちょっとでも良いから、周囲に気を遣いながらタバコを吸ってもらうだけでもだいぶんと違うと思うのですが。
言いたいことは理解できるし、心情的には賛同できる。
とはいえ、たとえ「周囲の人へ配慮している」喫煙者であっても、「周囲への配慮がない」喫煙者をどうこうできるわけではない。無配慮な喫煙者に配慮を強要できる権限もなければ、無配慮な喫煙行為を制止することはできない。暴力を用いれば制止は出来るが、それは事態の解決にはならないし。すなわち「喫煙家が自由や権利が欲しいなら~義務を果たさないといけない」というのは、個々人レベルの話としては間違っていると言わざるを得ない。(思考実験として、たとえば特定の団体に所属していないと喫煙を許されないとか、喫煙に免許のようなものが必要だというのであれば、それらを管理する団体に対して自浄作用を求めることは可能だろうが)
だから本来は「喫煙者の隔離を強化する」ことよりは、「無配慮な喫煙者を取り締まること」を先にしないと意味がないと思うんだ。というか今回の飲食店を禁煙にしようが何しようが、分煙を無視して喫煙する人が取り締まられなければ何の効果もない。そして街中には未だに「路上喫煙禁止」の場所でも煙草を吸いながら歩いている人は無視できない程度に居る。つまり今の時点で既に、分煙は機能してない場所がある。流石に飲食店で「禁煙」と書かれていても喫煙するほどの酷い喫煙者はそこまで居ないだろうが、そういうのが出た時に店側が対応できる何かが出てくるわけじゃない。
つまるところ、本当に必要なのは分煙を無視したり、本来吸ってはいけないところで喫煙する輩への取り締まりの強化だ。罰則も本当はもっと厳しくて良いと思う。この手の議論だとたばこ税の値上げの話などもよく話題に出るが、節度の有無に関係なく喫煙者からたばこ税として徴収するより、節度がなく社会に迷惑をかける喫煙者から罰金として徴収するほうが社会福祉としても正しいのではなかろうか。そうでなくとも、危険性の度合いで言うなら、片手にナイフを持って腕を前後に振りながら歩くのと、片手に火の付いた煙草をもって腕を前後に振りながら歩くのは大して変わらないのだから。「煙草を吸う権利があるかどうか」なんて議論は、まずそれが為されてルールを守らない喫煙者が淘汰されて、それでも非喫煙者と折り合いがつかなかったときに改めて考えれば良いことだと思うよ。
# 自分は喫煙者じゃないけど、節度を持って吸う人との溝を作ってまで煙を避けたいと思うわけではない
まず前提として、禁煙場所で喫煙する人を問答無用で私人逮捕出来る程度の重罪(最高刑が30万円超の罰金又は1月以上の禁錮・懲役)にしておくべきでしょう。
もう何年も前の話ですが、「禁煙」表示がある待合室でたばこを吸っているい人がいたので、「ここは禁煙と書いてありますよ」と指摘したら、「でも灰皿が置いてあるじゃないか。だから吸っていいだよ」と反論されたことがあります。「お前みたいに間違って火を付けたやつが、あわてて床にたばこを投げ捨てないようにするためだよ」と言ってやりたかったのですが、トラブルになるのが嫌で黙ってしまいました。
「ここは禁煙ですので今吸ってる人はここで捨ててください」ってちゃんと書いておくべきでしたね。
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ハッカーとクラッカーの違い。大してないと思います -- あるアレゲ
誰も無意味に吸うのを止めてはいない (スコア:3, すばらしい洞察)
吐かないでいられるならば、つまり他人の権利や健康を侵害しないなら、
いくらでも個人の責任において吸って良いと思うし支持もしよう。
でも他人に喫煙や健康被害を強要するような行為は禁止しましょう、というだけの話ですよ…
Re: (スコア:1)
>吐かないでいられるならば、つまり他人の権利や健康を侵害しないなら、
公共の福祉に反しない限り、我々は自由だし権利があるということですよね。
逆に、自由や権利が欲しいなら、公共の福祉を維持する義務を果たさないといけない。
タバコを吸う権利を行使したいのなら、周囲の人の健康や幸せを害しない義務を果たさないといけない。ところが、現状ではタバコを吸う「多くの」人はその義務を果たさず、周囲の人の健康を害したり、せっかくの美味しい料理をタバコの煙で台無しにしたりして不幸にしている。だから、タバコを吸う権利が行使できなくなる。という流れの様に思います。
涙ぐましい努力をして周囲に気を遣ってタバコを吸っている人はかわいそうになるくらいなのですが、そんな人にはタバコを吸う権利はあると思うし、いいよいいよと言って吸ってもらいます。でも、往々にしてタバコを吸う権利を主張する人って、あんまり周囲に気を遣わない人が多い様に思うのです。ちょっとでも良いから、周囲に気を遣いながらタバコを吸ってもらうだけでもだいぶんと違うと思うのですが。
Re:誰も無意味に吸うのを止めてはいない (スコア:0)
言いたいことは理解できるし、心情的には賛同できる。
とはいえ、たとえ「周囲の人へ配慮している」喫煙者であっても、「周囲への配慮がない」喫煙者をどうこうできるわけではない。
無配慮な喫煙者に配慮を強要できる権限もなければ、無配慮な喫煙行為を制止することはできない。
暴力を用いれば制止は出来るが、それは事態の解決にはならないし。
すなわち「喫煙家が自由や権利が欲しいなら~義務を果たさないといけない」というのは、個々人レベルの話としては間違っていると言わざるを得ない。
(思考実験として、たとえば特定の団体に所属していないと喫煙を許されないとか、喫煙に免許のようなものが必要だというのであれば、それらを管理する団体に対して自浄作用を求めることは可能だろうが)
だから本来は「喫煙者の隔離を強化する」ことよりは、「無配慮な喫煙者を取り締まること」を先にしないと意味がないと思うんだ。
というか今回の飲食店を禁煙にしようが何しようが、分煙を無視して喫煙する人が取り締まられなければ何の効果もない。
そして街中には未だに「路上喫煙禁止」の場所でも煙草を吸いながら歩いている人は無視できない程度に居る。つまり今の時点で既に、分煙は機能してない場所がある。
流石に飲食店で「禁煙」と書かれていても喫煙するほどの酷い喫煙者はそこまで居ないだろうが、そういうのが出た時に店側が対応できる何かが出てくるわけじゃない。
つまるところ、本当に必要なのは分煙を無視したり、本来吸ってはいけないところで喫煙する輩への取り締まりの強化だ。罰則も本当はもっと厳しくて良いと思う。
この手の議論だとたばこ税の値上げの話などもよく話題に出るが、節度の有無に関係なく喫煙者からたばこ税として徴収するより、節度がなく社会に迷惑をかける喫煙者から罰金として徴収するほうが社会福祉としても正しいのではなかろうか。
そうでなくとも、危険性の度合いで言うなら、片手にナイフを持って腕を前後に振りながら歩くのと、片手に火の付いた煙草をもって腕を前後に振りながら歩くのは大して変わらないのだから。
「煙草を吸う権利があるかどうか」なんて議論は、まずそれが為されてルールを守らない喫煙者が淘汰されて、それでも非喫煙者と折り合いがつかなかったときに改めて考えれば良いことだと思うよ。
# 自分は喫煙者じゃないけど、節度を持って吸う人との溝を作ってまで煙を避けたいと思うわけではない
Re:誰も無意味に吸うのを止めてはいない (スコア:1)
まず前提として、禁煙場所で喫煙する人を問答無用で私人逮捕出来る程度の重罪(最高刑が30万円超の罰金又は1月以上の禁錮・懲役)にしておくべきでしょう。
Re: (スコア:0)
もう何年も前の話ですが、「禁煙」表示がある待合室でたばこを吸っているい人がいたので、「ここは禁煙と書いてありますよ」と指摘したら、「でも灰皿が置いてあるじゃないか。だから吸っていいだよ」と反論されたことがあります。
「お前みたいに間違って火を付けたやつが、あわてて床にたばこを投げ捨てないようにするためだよ」と言ってやりたかったのですが、トラブルになるのが嫌で黙ってしまいました。
Re:誰も無意味に吸うのを止めてはいない (スコア:1)
「ここは禁煙ですので今吸ってる人はここで捨ててください」
ってちゃんと書いておくべきでしたね。
一人以外は全員敗者
それでもあきらめるより熱くなれ