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意地悪言うけど。凡庸な努力をたたえる空気もなくなってほしくないです。みんながみんな天才なわけじゃない。どんなによい環境があっても天才になれない人間の方が多いでしょう。
けっきょくさ、みんなが「どーせ俺なんて」と思わずにすむようになってほしいよね。学力の話題とは激しくかけ離れちゃってるけど、でもそう思ってしまったが最後、どんなに伸びる「可能性」があってもダメでしょう。
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私はプログラマです。1040 formに私の職業としてそう書いています -- Ken Thompson
好奇心と執着心 (スコア:0)
Re:好奇心と執着心 (スコア:1, すばらしい洞察)
うん (スコア:0)
一人だけ違うと「あの子はおかしい」
子供を萎縮させてはいけない。
Re:うん (スコア:1, 参考になる)
意地悪言うけど。凡庸な努力をたたえる空気もなくなってほしくないです。みんながみんな天才なわけじゃない。どんなによい環境があっても天才になれない人間の方が多いでしょう。
けっきょくさ、みんなが「どーせ俺なんて」と思わずにすむようになってほしいよね。学力の話題とは激しくかけ離れちゃってるけど、でもそう思ってしまったが最後、どんなに伸びる「可能性」があってもダメでしょう。
おふとぴ (スコア:1)
それがどのようなものであれその人(自分であれ、他人であれ)の個性であって、それを守るために、そういう人間を許容できる、
否定せずに肯定するような人間を作るためにゆとり教育ってのができたわけですよね.(塾行く時間が増えたとも聞きますが)
例えばリストラされたから自分は・あいつはもうダメだ、なんてのじゃなくて、そこからまた再出発することができるんだぞ、
っていう心の余裕をもたせるための教育ですよね.(スウェーデンはそんな感じらしいです)
だから、ゆとり教育って、直接数字に表れるものでもないと思ってます.
ただ、非道徳的なことまで個性と言うのだけは少なくとも正しくはないですね. (電車の中で酒のむのはどうだかなぁ)