思えば8月の下旬、9月の下旬、それぞれに精神面で出来事があった。
両方とも新月の前後だったというのが特徴。
8月は自分を囲むフィールドを認識した。一時的だが。
9月は夢の中で何者かの訪問を受け、汗だくになって夜中に目を覚ました。
「金縛り」という現象だ。
それまでにもこのサイクルで何かあったのかもしれないが、意識する
様になったのは最近のこと。
そして10月の下旬。
昨日。夜になって何か気配がしていた。
「ケモノくさい」というと、一般の観念的少し違うかもしれないが、
とにかく人間とは違う生臭さを感じる臭いを感じた。
寝入り前に聴覚の片隅に、ありえない音が聞こえた。
気のせいと一蹴することもできる。
だが、眠りにつく前にある予感を感じた。
「負けないぞ」と声に出して、目には見えないが確かにそこに居る何者かに宣言する。
だがその存在に対する拒否じゃない。自分の恐怖に負けないということだ。
予想通り。
入眠後まもなく、体が動かない。
波が押し寄せるように恐怖が来るが、もう一度「負けないぞ」と声に出す。
波は静かに引いた。冷静な感覚と明晰さが帰ってくる。
無数の手が動かない体を卑猥に探る感覚。
インキュバスやサキュバスというのはこういう状態につけた名前
かも知れない。その手のひとつを触ってみた。
脂っこい感触はあるが、それは・・・
自分の手と同じ手ごたえだった
扱いやすいイメージとして私自身のイメージをそいつは借りたらしい。
だが、そいつの感触も私の肉体感覚も現実の世界のものではない。
「夢見のからだ」という奴だと解釈する。
手を握ってきたそいつに「握り返してやろう」と言い、握り返した。
「抱きしめてやってもいいぞ」と冷笑しながらさらに言う。
おびただしい手の感触が消えた。
私は夢の中で枕もとにあったスタンドを手に持っていた。
そして目を開けた。スタンドは枕もとにある。また目を閉じる。
訪問者は触りまくったあと、手を引っ込めて私を寝床ごと動かした。
また目を開けた。物理的位置は変わっていない。また目を閉じる。
自分の意思で同時に存在する二つの世界を行き来できたように思う。
これは初めてだった。
何度かこういうことを繰り返したあと、現実の体の感覚が戻ってきて
完全に目が醒めた。恐怖心はなかった。
・・・こういう状態には慣れているが、やはり能動的にその中で振舞う
というのは運がいいか、意思の力が強いときに限られるらしい。
それと、満月ではなく新月の前後に私は感受性が高くなるということを
改めて悟った。それがポジティブなものに同調するか、ネガティブな
ものに同調するかはまだ自分ではコントロールできていないが、
自分にとって不要なものは無いはずだ。
****
翌日。朝の散策の時。
道の真中。足元に茶色い毛虫がたくさん毛玉のように絡まって
うごめいているのを見つける。ギョッとして立ち止まる。
そのときカラスが鳴いた。これは兆しなんだろう。偶然じゃない。
「昨夜訪れたのはおまえの恐怖心だ」
とでもいいたげだ。私はその虫の固まりを無視した。
超然とした意識が降りてきた。「勝った」と思った。
知人の一人が「感受性」の強い人だったということを昨日知る。
もっとも、彼女は五官で感じるのではないらしい。
「あまり他人にはなすべきではない」
と言ったが、似た世界を知る人間に出会えてうれしいらしい。
世界は同じではない。孤独は自由とよりそう影なのだ。
内心の歓喜は私も感じはするが、それが落とし穴でもある。
こんな感性は特別な力というわけではないのだよ。
誰も口にしないか、忘れているだけ。
私はゆっくりと思い出しているだけ。
意図的に「退行」の道を今はたどっているのだ。
騒がしい夜。
犬はひっきりなしに吠えつづけ、深夜にも拘わらずカラスが飛び交う。
カラスは昼間の属性だと思った。夜に鳴くカラスの告げる兆しは何だ。
数日前から眠れない。というより、眠りの質が変わったようだ。
体は休んでいる。昼間に睡眠不足は感じない。
寝床に入ると胃のあたりに軽い痛みを感じる。
これを軽減するのは簡単だ。
居心地のいい姿勢になって、呼吸を整えるだけ。
そして意思を蓄えて目を閉じる。
自分の口にくわえたタバコが見えた。それが、あの世界でも自分に
属するもので、自分が手にとって向きを変えたりできるものだと
言うことが判った。一瞬の衝撃にすぐ目覚めたが、それで充分だ。
目を閉じたときに見えるビジョンは、存在感や現れ方に明確な差が
あることに気づく。周囲を取り囲むように突然現れる漠然としたもの、
閉ざされた視界の闇のトンネルの中の向こうに見える明確なもの。
後者はある程度制御できる。前者は普通「夢を見る」として知覚
される光景だ。この光景を後者の制御可能なビジョンと同様に知覚
できるようにすることを試みている。
数日前に、一行ずつ流れる~ちょうど映画「マトリクス」のシーンの
ような感じで~「活字の川」が現れていた。目を閉じると、必ず
目の下半分あたりに幅狭く流れる。やがて目を開けているときも、
視界を転じたときなどに一瞬現れたりしたが、その後止んでいた。
その意味を考えていたが、見えなくなったのでそれ以上追求して
いなかった。このビジョンは後者に属する。
開かれた本が現れた。図版を交えたページ。
図版にはキャプションが書かれている。
「ナワールの指紋」
とある。前者のビジョン「普通の夢」だった。
ビジョンの中のその図版に意識を集めた。その図版につけられた
説明から、これは意味のあるものだと思ったから。
これを明確に記憶しようと操作しようと思った。平板な夢の光景の
中から、その絵だけがスクラップブックに貼り付けるために切り
取られるかのように、急激なリアリティを伴いながら、浮かび上がり
意識が受動的に夢を見る睡眠の状態から覚醒した時の状態に変化した。
夢の中から切り取られたビジョンの部分も同様に漠然としたものでは
なく、リアルな画像に変わる。
そのモノクロの図版を明確に記憶している。まれに見る「変体紋」
の一種だ。つまり、指紋がない。代わりに点上の模様が均一にある。
指の関節2つ分ほどの長い傷が指の腹の右側を貫いている。
これ自身には意味が無いだろう。エクササイズのテーマとして現れた
だけではないかと思う。
昨日:
・操縦者を失った大型旅客機。燃料切れまであと2時間。
それまで身分を隠していた共産圏の人間が操縦桿を握り、大胆にも
市街地の道路に着陸する。名前を聞いた気がするが忘れる。女性。
ディテールは問題ではなく、自分がその中で何を思い、何を判断し、
どう行動したかだが、まだ積極的に夢の中に関与している風ではない。
これまで私の夢に現れたいくつかの断片をつなぎ合わせることができ
ある種の一貫性をもった世界があると考えている。
眠りの間にそうした世界を旅していたり、そこで過ごしていたり
するのだが、そこにある種の一貫性が見いだせるようになったのは
ここ数年のこと。
・個人が空を飛ぶための道具を持ち、活用している世界。文明は、
現実の世界とは異なる原理や技術で構築されている様子。
・広大な荒野の下に築かれた地下世界。複雑な地下都市がある。
列車によって地上や地下都市の各地域と結ばれている。
が、地上には人は殆どいない。暗い、陰鬱とした世界。
町の様子や人々の生活は、現実世界とさほど変わらない。
上記以外の世界を舞台にした夢も見るが一貫性は感じられず、
つながりがない。
昔は空を飛ぶ夢など見なかったのだが、最近は前者の世界が舞台と
なる夢が増えた。後者の世界は殆ど現れないが、漠然とした地図が
書けるほどにその世界を歩きままわり、そこに住む人と言葉を交わし
自分も生活していた。
前者の世界のイメージは金色の光と豊かさ。
後者の世界のイメージは暗灰色に青白い光、貧困。
どちらも私にとっては現実に見聞きした世界。
昨日:
・夢は見なかった
・真夜中に人気のない歩道に立っているゴイサギの影に驚く。
本来夜に川で小動物を食べているのがこいつの習性だが、
「夜には鳥は飛ばない」と思い込めば不思議なことに思う。
すること、しないこと。
動物たちは人間が思うよりずっと柔軟に生きている。
鳥といういきものの
すること=昼に活動する
しないこと=夜に活動する
働くということの
すること=お金を稼ぐため
しないこと=自己の真の目的のため
言葉や理屈で判ったふりをすること、
思い込んでいることに縛られること、
・・・・それらを「すること」とすれば
言葉や理屈を越えた事実に触れること、
思い込みからはなれること、
・・・・それらが「しないこと」。
でも、「しないこと」だけでは生きていけない。
耽溺は意味を損なう。
単なる奇抜な行動が「しないこと」ではない。
「すること」「しないこと」にも縛られずに利用し、行き来する
能力が目指すこと。
その究極は人間の「かたちをなくす」ということになるんだろう。
昨日:
・渦を巻く金色のペイズリー状の模様
・左側正面近くに座る黒い水着の娘。胸をはだけている。
・右側正面遠くに見えるオレンジ色のセーターの娘。
・朝の散策のとき左側に見え隠れした黒い蛇。
今日:
・「武装解除(Disarm)」という声
・武器をたくさんまとった銀色の鋼の戦士
・視界中心を取り囲むミルク色の霧
あまり眠っていない気がするが、眠気を感じない。
物事のやり方は一つではない -- Perlな人