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espy (3615) の日記

2001 年 08 月 16 日
午後 09:41

集団の狂気

やはり終戦の日前後であり、様々なメディアでいろいろな観たり聞いたりする。
ここの日記で語っている皆さんのいろいろな見解も興味深い。

あの時代、お国のためとか日本男児たるもの云々とかの大義が半ば脅迫も加わって
押しつけられ、一人一人の死にたくない、肉親を死なせたくない、といった
ピュアな気持ちは押し殺され、口にすることも許されなかったようだ。

我々日本人は (って言い方は適切かわからないが)、すぐに
「集団の雰囲気」を形成しやすく、またそれに個々人は押しつぶされがちだと思う。

下らない例かも知れないが、職場でみんなで残業をしているとき、
一人そそくさと帰ると「あいつはなぜ帰る」みたいな雰囲気をすぐ生み出す。
それが怖くて、用事があったのについつきあって仕事してしまうなんて人もいるだろう。

"新人歓迎会" なんてやると、新人に芸を強要するとか、一気飲みさせるとか
(これは問題があるから最近減ってるが)、もっとひどいことを強要している話も聞く。

日本が表向き民主主義国家だとしても、企業やその他団体の内部は、ひょっとして
別世界なのか?!と思うときがある。もちろん、営利を目的とする団体であり、
上の者が下の者に指示・命令して動かさなければ話にならない、という側面はある。
だが、ちらつかされるリストラ等の恐怖や集団による"雰囲気"形成によって、
抵抗できなかった誰かが押しつぶされ、ある時は不正を行ったり、またある時は
過労死等の悲惨な事態を招いていたりもする。
これは、あの、集団の狂気の時代とたいして変わらない構造なのではないか。
そんな気もする。

上に立つ者の責任は大きい。同時に個々人にも責任はある。
「みんな同じなんだ、全員運命共同体だ」という感覚を見直し、
一人一人は違うということ。差異や多様性を認められるようになることが
必要ではないか。そんなことを考えたりする。

# なんか、また似てる..

弘法筆を選ばず、アレゲはキーボードを選ぶ -- アレゲ研究家

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