う~む。明日は何をやろうか。
「好きなことをやってください」っていうのがいちばん困るなぁ。
歌でも歌わせようかな~。
謎歌「その1」
きたみーてしおーひっだかーゆうばりおーうでっぱ(でわ)きたかみ
あぶくまえちごかんとうひっだきそあかいしすずかっきー
ちゅうごくしこくにつくしきゅうしゅう♪♪
謎歌「その2」
いんしゅうしんぜんかんごかんさんごくしんなんぼくちょう
ずいとうごだいほくそうなんそうげんみんしん
ちゅうっかっみんこくちゅうっかっじんみんきょうわこく♪♪
…僕の考えた「すいへーりーべーぼくのふね…」のようなものです。
まだまだあります(あるのかよ?)。
暗記科目という言葉は嫌いです。
社会科はそう形容される場合が多いのですが、そう言ってしまったら
中学高校の勉強なんて全て暗記科目じゃないですかね。
数学にしても物理にしても公式を暗記して、例題を解いて、その回答方法をくりかえし憶える。
小論文もテクニックを含んだ書き方を憶える。
なにそれ?って思いますよ。
もちろん言葉というか単語はいくつか憶えないといけませんが、
それは思考へのステップとしてあるわけで。
学力って「知識」と「思考」だと思うのですよね。
どちらが欠けても成り立たないわけです。
現在の教育は「知識」偏重なんだよなぁと感じざろうえません。
例えばこういう問題があります。
2、□、6、8…
上の四角にはどんな数字が入りますか?
(みなさんも考えてください)
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
低学年の答えだと「4」と答えます。2の倍数ということでしょう。
ちょっと知恵がつくと「3」とか「8/3」とか答えるようになりますが、それだと不正解です。
不正解というか…正解でもあるんですけど。
答え・どんな数字が入っても良い
ちょっと簡単でしたね。
数字を黒板に書いて、質問を口頭で言うと大抵の人は引っかかるのですが。
「え~!どうして?」と思う人は文科省にやられてしまっている人です。
とくに生徒の中でも「勉強ができる」生徒の方が間違えやすいです。
そういうふうに習ってきているからですよね。
「この数列には必ず規則性がある」と思い込んでいるわけです。
これは単に言葉のゲームではないですよ。
理科などで題材にしやすいですよね。
重さ50グラムの分銅がバネ測りに、つり下がっています。
バネ測りは何もつけていない状態だと1cmの長さです。
今、バネ測りの長さは6cmです。
バネ測りの長さを10cmにしたいとき、あと何グラムの分銅を付ければ良いですか?
答え・分銅はそのままでバネ測りが10cmになるまで手で引っ張る
答え・バネ測りをあらかじめ何も付けない状態で10cmに伸ばしておき、それを針金で補強しておく
答え・分銅はそのままで重力の強い星に行く
…なーんて答えが出てきてもいいと思うんですよ(え?ダメ?)。
わけわかんないこという人間ほど可能性を秘めているような気がしてならんのです。
そういう人たちが表には出て来づらいシステムなんですよね。現在の受験制度は。
受験がある以上、「ここは○○大学の問題でよく出ます」なんてことを言わなけりゃならない。
「知識」も叩き込みつつ「思考」力を定着させるような授業が理想なんだろうな。。
難しいなぁ。
で、明日は?
明日は都道府県とディスカッションの2本立てで行こう。
#ディスカッションのネタを考えて、資料を作らないとなぁ。。。。
犯人はmoriwaka -- Anonymous Coward
見方を変えてみましょう2 (スコア:1)
# あんまり kazunosuke 氏にコメントしてると
# 粘着していると思われるな...いやだったら言ってください.
> 中学高校の勉強なんて全て暗記科目じゃないですかね。
> 数学にしても物理にしても公式を暗記して、例題を解いて、
> その回答方法をくりかえし憶える。
えっと,,やはりここはちょっと否定しておきましょう.
物理は半分は暗記科目だと思います.なぜならば,公式を導く
ためには実験をし,観測しなければならないからです.観測から
得られた結果は覚える必要があります.
でも数学は違います.数学は知識を問うているわけではないので,
勉強しないでも,解くことが出来ます.そういうことが出来る
唯一の学問だと思います.ただ,数学が出来ない人は公式を暗記
し,類題を繰り返し勉強してパターンを覚えようとします.数学
が出来るひともそうするでしょうが,それは必ずしも数学の問題
を解くために必要な条件ではありません.楽をしているだけです.
時間の節約にもなります.過去の偉人の結果は素直に利用するの
が文明人です.
あ,でもちょっとだけ暗記科目の側面がありますね.用語を覚え
ないと問題の意味が分からなくなってしまいます.フェアじゃな
いですよね.各用語の定義くらい全部書いておいてくれてもいい
と思います.
そういえば,大学の数学の試験って授業に出ていなくても解ける
ようになっている物もあります.授業中にやった新しく導入した
定義や概念(一緒か)がそのまま試験の問題に書いてあったりし
ます.フェアですね.ただし,こういう場合やたら問題が難しか
ったりますが.でも,それこそまさに数学の試験のあるべき姿だと思い
ます.教科書持ち込み可の試験もいっぱいありますね.知識を問
うているのではなく,考え方や発想を問うているのですね.
> 「知識」も叩き込みつつ「思考」力を定着させるような授業が
> 理想なんだろうな。。
> 難しいなぁ。
よく僕が考えるのは,文系と呼ばれている教科ってですね A → B
という知識を授業で教えて,試験では A → ? あるいは x → B, x ?
というようなものを問う問題ばっかりだった気がするんですよ.つまり
これって知識を問うているだけですよね.X というものを教えて,試験
で X のことを聞くんです.input をそのまま output することが要求
される.これって見方をかえると人をずいぶんとバカにしているような
気もします.別にそんなの人間じゃなくったって出来ますから.
事実から何が導き出せるか,何が問題なのかを問わないと,考える力
がつくとは思えません.高校の選択科目くらいになるとようやく
授業では A → B だけ教えて B → C を書かせるような問題が
少し出てきますね.あるいは
A → B, B → C, C → D ,...,Y → Z という事実を列挙しておいて
A → Z はなぜだ?という様な問題です(あーほとんど数学だな).
これなら知識ではなく考えを問うていると思います.
社会を生きていく上で知識だけを問う問題もいくつか必要な物は
あるでしょうが,中学くらいからは,与えられた情報・知識(これも
一緒か)からどう考えるのか,何を考えるのか,何が問題なのか,何が
導き出せるのか,というのを文系教科の問題意識としてはっきりと挙げる
べきだとおもいます.(少なくともそいういう意識をはっきり
と持たなくてはならなかった文系の科目って僕はなかったなぁ..
まぁ僕が DQN だっただけかもしれんが.)
でも,そうすると先生がめちゃめちゃ大変になると思います.一定の
型で教えることが出来なくなるんですもの.それに事実から新しい
事実を発見できる人って先生なんかになってないで,物書きとかして
がっぽがっぽ稼いでると思われます.新しいことを生み出せることは
それだけで価値がありますから.本当の意味での「考えることのできる人」
ってなかなか先生にならないんじゃないかって思います.教育界の
抱えるジレンマでしょうか.知識偏重教育は教わる側が楽なのではなくて
実は教える側が一番楽なのでしょう.マニュアル通り授業をすれば
すむからです.
# あと,最後の理科の問題ですが,入学試験レベルの問題になると
# (本来なら全部の問題がそうであるべきだが)そのように回答に
# 冗長性がないように徹底的に吟味してから問題として出されます.
# 一般に問題製作者は問題を解く人の何十倍も時間をかけて問題を
# 作っているって聞きますね.問題は作る方が大変です.
長文失礼しました.
2へのレスコメント (スコア:1)
># 粘着していると思われるな...いやだったら言ってください.
コメントアウトのところすいませんね。
別に嫌ではないですよ。むしろコメント付ける人が少ない中で
君は貴重な存在です(ぁ。
>えっと,,やはりここはちょっと否定しておきましょう.
>物理は半分は暗記科目だと思います.
>なぜならば,公式を導くためには実験をし,観測しなければならないからです.
>観測から 得られた結果は覚える必要があります.
>でも数学は違います.数学は知識を問うているわけではないので,
>勉強しないでも,解くことが出来ます.
>そういうことが出来る 唯一の学問だと思います.
いやー、ま、そうなんだけどね。
そうなんだよ。だけど中学高校の数学なんかは、君も言っているように
数学の持つ独創性とかそういうものを無視しても解けるということなんだよ。
本来はそうあるべきじゃないとは思うんだけど。
じっさいは小学校でも九九を暗記するし(現代社会で必要条件になりつつあるな。九九は。)、
それと「こうなるからこうなる」ということを忘れてしまっても
「3.14」(今は“およそ3”か…)という数字さえ憶えていれば円の面積なんかを導き出せる。
数学の原理からみっちり教えていけば、そういった時間短縮のための「数学も暗記科目」という
本末転倒なチェックを外すことはできると思うけど、それだと今度は授業時間が足りない。
教える側としては今の倍時間があってもいいと思うんだけどね。
でも生徒は嫌だと思う。自分も生徒だったら嫌だし。
そのへんがジレンマですね。「限られた時間でどこまで教えるか」ということが。
#大学に入ったら「暗記科目」ではないと言えるんだろうけど。
>中学くらいからは,与えられた情報・知識(これも
>一緒か)からどう考えるのか,
>何を考えるのか,何が問題なのか,何が導き出せるのか,というのを
>文系教科の問題意識としてはっきりと挙げるべきだとおもいます.
まったく仰るとおりです。
だから僕の場合は授業で空いた時間を見つけては(まだ実験段階なんだけど)、
1.自分の気になる社会的ニュースを自分の言葉で要約し、説明形式でみんなの前に出て発表をする。
2.そのニュースからどうしてその事件(ないし事故、紛争、戦争)が起こったのか、
またその事件は社会的にどんな意味を持ち、何を表しているのかを自分で考えて説明する。
3.自分の発表に対する、みんなからの質疑応答。
4.発表してみての感想。
なんてことを1人10分ぐらいでやっています。
発表中は僕も聴衆のひとりなので、何にも誰も質問をしたりチャチャ入れたりさせません。
学期の初めは発表自体が怪しかったけど、最近ではいくぶんまともになってきたような
気がします。でもこれは「やりっぱなし」というわけにもいかないので、
最後は自分が総括的なコメントをしないといけないんだけど。
これがまた、教員側としてはものすごい時間、社会事情を知識として吸収し
考察しなければいけないので、自分でやってんのにアレだけど、すっげぇ重荷(ぉ。
だけど教科書をダラダラ説明するより(しないけど)、はるかにおもしろいねえ。
#この発表をやらせると不思議なことに、定期テストでの評価と発表での評価が
#必ずしも一致しないことがわかりました。
#それもまた不思議(っていうか当然か)なんだけど。
>知識偏重教育は教わる側が楽なのではなくて実は教える側が一番楽なのでしょう.
>マニュアル通り授業をすればすむからです.
そうだよね。
僕なんかは「楽したいんだったら教員になるな」と言いたいですよ。
生徒は先生を選べませんからね。
#僕も全然たいしたことないのにアレですが。
># あと,最後の理科の問題ですが,入学試験レベルの問題になると
># (本来なら全部の問題がそうであるべきだが)そのように回答に
># 冗長性がないように徹底的に吟味してから問題として出されます.
># 一般に問題製作者は問題を解く人の何十倍も時間をかけて問題を
># 作っているって聞きますね.問題は作る方が大変です.
最後にまたまたコメントアウトのところを。。
そうですよ。問題作るときは吟味しないと大変なことになりますね。
クラスまわって、訂正ばっかりしていると「なんだよ。訂正ばっかだよ」ってことに
なりますからねぇ。
テスト問題作るときはかなり頭が痛いです。
#なんか、すげー長いレスになってしまった。。。。