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k3c (4386) の日記

2003 年 07 月 11 日
午後 01:22

私たちが本当に守るべきもの

JAXA

長崎の幼児殺人事件で、容疑者の少年に関する情報が2ちゃんねるに出回ったり携帯電話で顔写真が出回ったりしているという。なぜそんなことになるのか。ちょっと考えてみた。

まず、警察が容疑者を逮捕し、マスコミに発表する。氏名・住所などのプライベートな情報は報道しないという決まりになっているが、マスコミはこれを知ることができる。ここでまずリークの可能性がある。

(1) 警察、マスコミが漏らす

意識して他者に情報を提供する場合と、意図せず洩れてしまう場合があるだろうが、事象としては同じだし、責任の所在も同じだからこれ以上細かくは分類しない。ともかく、彼らは容疑者に関する情報を合法的に共有する。
次に、マスコミは容疑者の情報を元に、報道しても良いとされている情報を集めに走る。容疑者の学校関係者、友人、近所の人々、親族、などなど。ここに、明らかなリークがある。

(2) 学校関係者、友人、近所の人々、親族、が容疑者を特定できる。

ワタシは、今回の情報リークはこちらがソースではないかと考えている。なぜなら、こっちの方がソースを特定されにくいし、口コミで広まるのはほぼ確実だからだ。そこからはもう知りたい放題、地元ではみんな容疑者を知っている、という状況が生まれる。ここまでくれば(長崎の場合はもうここまで来ている)、誰が情報をリークしたかなどと詮索するのは無意味だ。地元の誰もが情報源になり得る。

これが問題にされないのはなぜだろう?理由は2つあると思う。

(a) 大多数は容疑者を特定できないから。
テレビを通じて情報を得ている日本人の大多数は最後まで容疑者が具体的にどこの誰だか知ることはない。それに比べて地元の人数などたかが知れているので、特に誰も問題視しない。あるいは自分が知り得ないため問題に気づかない。

(b) 地元はその情報を欲しがっているから。
被害者が誰かはみんな知っている。自然な興味の成り行きとして、加害者が誰なのかも、人々は知りたがる。求めているものが得られるわけだから、わざわざ問題だと声を挙げるヒトはいない。

しかしここに新たな情報リークのインフラとしてインターネットが現れる。2ちゃんねるなどの掲示板、携帯電話での草の根的口コミで情報が広まっていく。今回、マスコミはこれを問題にしている。こんなところで情報が洩れるのはけしからん、法規制を強化して迅速に掲示板サイトの情報が削除されるようにせよ、携帯電話の通話記録を遡って情報のリーク元を特定できるようにせよ。

だが、ワタシは思う。マスコミの問題意識は間違っていると。

加害者の情報が少年保護法の規定の下に厳重に(実際には洩れてしまうわけだが)保護されているのはけしからん、という論調もある。だがこれは本当にけしからんことなのか?ワタシはそうは思わない。将来のある(かもしれない、少なくとも可能性は残されている)少年の可能性の芽を摘み取るのは可能なかぎり避けるべきだ。(そのへんについては今回の話の趣旨から脱線するので深く追究しない。)ではなぜその情報が公開されないことに不満があるのか。それは、加害者の情報だけが一方的に保護されるからだ。加害者の情報が保護される一方、被害者の情報はタレ流しになり、マスコミを通じて名前や住所、親の職業、学校の名前、被害者の過去、現在、将来の夢、友人関係、マスコミが徹底的に調べあげて報道する。報道の自由の名の下に。

しかしちょっと考えてみて欲しい。

被害者の情報をなぜそんなに調べる必要があるのか。そこまで報道する必要があるのか。そこまで被害者やその家族の周辺を嗅ぎ回る必要があるのか。私たち視聴者はそれを知るべきなのか。知る権利があるのか。

ない。断じてない。

プライバシーの尊重という言葉はそこにはない。マスコミは被害者に関する法規制がないのをいいことに、視聴率を稼ぐための手段として被害者の周辺を洗いざらい白日の下に晒しているのだ。
そしてそれとバランスを取るために、マスコミはさらに加害者の情報も法や協定に触れない範囲で洗いざらい白日の下に晒していく。それが正義であるかのように連日報道し、新たな事実を付け加えていく。

我々はマスコミの執拗なすりこみによって、それが当然であるかのように思い込まされているだけだ。本当は、加害者と同様に被害者のプライバシーも尊重されるべきだ。被害者のプライバシーに配慮した報道でも、事の重大性は十分に伝えられるはずだ。マスコミは事件の本質を探ることをせず、個別の状況を詳しくさらけだすことで視聴者の同情を安易に誘い、視聴率アップを狙っているのだ。
そりゃワタシだって4歳の子供を殺した少年は憎い。だが、その気持ちに被害者と加害者の個人情報は必要ないはずだ。12歳の少年が4歳の幼児を殺した容疑で逮捕された。それだけでワタシは十分に遣る瀬ない気持ちになる。それ以上の詳しい事情はいらない。長崎だろうが東京都中野区だろうが問題ではない。顔写真など必要ない。加害者の友人関係などどうでもいい。被害者がどんな子供でも4歳の子供が殺されたことの酷さに変わりはない。そんなのはマスコミの視聴率競争の小道具に過ぎない。問題の本質ではないのだ。

奇しくも昨日、新潟の女性監禁事件の最高裁判決が出て、犯人が懲役14年の判決を受けた。そして被害者の家族がコメントを出した。一部引用する。

「私たちから普通の家族の幸せを奪った深い傷は、どんな形の裁きであれ、怒りと無念さが増し、癒えることはありません。日々の生活の中での喜び、幸せ、またある時の苦しみや悲しみを感じることができなかった娘の9年2カ月と15日の時間を取り戻すことなど、到底できません」

加害者が誰であれ、どのような罰を受けたとしても、失われたものに私たちが感じる痛みは癒されることがないのだ。…ならば、マスコミがやっていることに何の意味があるのか。

これを読んだヒトはどうか考えて欲しい。一連の情報リークの問題の本質は何なのか。私たちが本当に守るべきものはなんなのか。

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
  • by ababincho (14851) on 2003年07月11日 14時33分 (#356758)
    そんなのはマスコミの視聴率競争の小道具に過ぎない。問題の本質ではないのだ。

      同感です。マスコミにとってはすべてが演出にすぎないのでしょう。

    僕は、今回の被害者の親の声明にある「少年法を改正してほしい」ということばに違和感を覚えました。これは、誰かにいわされたのではないか、と考えるのは穿ちすぎでしょうか? 論理や理性は情緒より遥かに金にはならないでしょう。しかし、いま、報道に論理が欠けすぎているような気がします。
  • by tetsuya (11853) on 2003年07月12日 10時56分 (#357283) 日記
    > だが、ワタシは思う。マスコミの問題意識は間違っていると。

    問題意識など無いでしょう。
    問題意識があればあんなに被害者のプライバシー暴きに走ったりしないはず。

    彼らの言う伝える義務とは何なのか?その裏に見え隠れ(というか丸見え)す
    るのものを考えると悲しくなります。

あと、僕は馬鹿なことをするのは嫌いですよ (わざとやるとき以外は)。-- Larry Wall

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