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三洋電機から H" 初のカメラ付き移動機 H-SA3001V を 7 月 4 日に発売するというニュースリリースが出ました。(関連記事: 『三洋電機、H"初のカメラ付き端末「Leje H-SA3001V」 (ケータイ Watch)』『三洋電機、カメラ付きのH"対応「H-SA3001V」発売 (ZDNet Mobile)』)
まだ概要と数枚の写真が公開されただけで情報に乏しいですが、現在わかっている範囲で整理すると、
といった特徴があるようです。
サイズと重量は 87×47×24.4mm, 93g と AH-J3002V の 94.5×49×24.5mm, 96g に比べて若干小さく軽いですがほぼ同じ大きさといっていいでしょう。メインディスプレイの大きさは 2 インチの AH-J3002V より若干小さいですが、TFT であること、従来機の RZ-J700 の液晶の品質などから考えてこちらのほうが綺麗なのではないかと予想されます。
側面などの写真がないことから PC との接続方法は不明ですが、AirH"PHONE でないこと、特に記述がないことから考えて独自コネクタなのではないでしょうか。
AirH"PHONE 登場前であればなかなかそそるスペックではありますが、コンテンツサービスが H"LINK しか使えないこと、おそらく汎用ミニチュア USB ケーブルは使えないものと思われることなどを考えると出るのが遅すぎたという感が否めません。ようやく内蔵したカメラもいまどき 11 万画素にすぎません。オプション メール放題でパケット料を気にせず写真つきメールを送信できるのですからせめて 35 万画素撮像素子を使ってほしかったと思います。
とはいえ、コンテンツサービスは不要、PC にもつながないという人には十分魅力的なのではないでしょうか。AH-J3002V のように新機能満載、しかも H" 初参入という移動機に比べると不具合は少ないでしょうし、予測変換やカメラといった AH-J3002V にはない魅力もあります。使いたいのは電話とメール、カメラもあればなおよい、といった人でしたら 7 月 4 日を待ってみるのもいいんじゃないでしょうか?
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わたしはとりあえず AH-J3002V のリファイン機待ちかなあ。
タレコミ時点では間に合わなかった情報をメモ。
こういうの補足したいときってどうするんだったかなあ。誰かの日記で読んだような気もするけど忘れてしまった。slashmaster にメール? 再タレコミ?
# 日記はよそで書いてるんでこっちでは /.-J な話題くらいしか書かないんだが。
モデレータとしての適格性ってなんだろう。よいモデレーションを行う人物こそがモデレータとして的確であると考えればいいだろうか。だとすればよいモデレーションってなんだろう。
モデレーションの本来の意義について考えてみる。Slashdot FAQ (日本語版) - コメントとモデレーションには
スラッシュドットの利用者が増えて困ることの 1 つは、"荒らし"や"フレームのもと"や"余計なもの"の数も増えるということで、またこういう人たちは少人数で大量の雑音を撒き散らすということです。雑音を最小限に抑えることがモデレーションシステムの最大の目的の 1 つです
目標は、それぞれの読者が自分の望むレベルの情報をスラッシュドットで読めるようになることです。時間のない人はオリジナルのストーリーだけを読みたいでしょう。ある人はハイスコアのコメントだけを読みたい。また別の人は匿名のコメントは読みたくない。人によっては、First Posts! からスパムまで全部読みたい...。モデレーションはそれを実現するシステムです。いや、少なくとも実現しようとしています。
と書かれている。つまり、モデレーションの意義は
にあると考えられる。
では、よいコメント、悪いコメントとはなんだろう。単なる宣伝や無意味な文字列などは「荒らし」であり、誰から見ても悪いコメントだと言える。しかし「オフトピック」「余計なもの」「フレームのもと」などになってくると人によって判断が分かれてくるだろう。プラスモデレーションでもこれは言えるはずだ。ある人にとって「おもしろおかしい」コメントが他の人にとってはつまらないどころか腹立たしいことはよくあることだろうし、「参考になる」がつけられているコメントが参考にならないことなど日常茶飯事にすぎない。
つまり、よいコメント、悪いコメントの判断軸はモデレータの数だけあるわけだ。ではモデレーションは?
あるモデレータが「よいコメント」と判断してモデレーションを行ったとする。しかし判断軸がそのモデレータと似ている読者にとってはそのモデレーションはよいモデレーションと言えるだろうが、そうでない読者にとっては必ずしもよいモデレーションとは言えないだろう。よいモデレーション、悪いモデレーションの評価基準も読者の数だけあると言っていいはずだ。
ということは、より多くの人がよいモデレーションであると思えるモデレーションがよいモデレーションであり、少数の人しかよいモデレーションであると思えないモデレーションはあまりよいモデレーションではないと考えるのが妥当だろう。
従って、よいモデレータとは多くの人にとってよいモデレーションをするモデレータである、と言えよう。
多くの人にとってのよいモデレーションとは、多くの人がよいコメントであると思うコメントにプラスモデレーションをし、多くの人が悪いコメントであると思うコメントにマイナスモデレーションをすることであるから、よいモデレータとは多くの人と同じような感性を持っているモデレータ、ととらえることができる。
したがって「ふつうの人」こそがよいモデレータなのではないだろうか。であればその人が日記専だろうがストーリーへのアクティブなコメンテータだろうが ROM だろうが関係ないはずだ。むしろモデレータをアクティブユーザに限ることのほうが全体として偏ったモデレーションをもたらすだろう。
結論として、日記専であるなしに関わらず、M1 はどんどんすべきであろう。多少偏ったモデレーションがあってもモデレータの数が増えれば吸収されるだろうし。
にわかな奴ほど語りたがる -- あるハッカー