aruto250の日記: ギフテッドとやらも二十過ぎればただの人 16
「十で神童、十五で才子、二十過ぎればただの人」という言葉があるけど、どうもこれが、いわゆる「ギフテッド」みたいな人間の芽を伸ばせずに潰しておいて、「天才なんて幻想だ!普通こそ正義!」と言ってるようなニュアンスを感じてしまう。クローン人間も遺伝子コーディネートもない現在、天才なんつーのは確率でしか語れない現象なんだから、これからますます人口が減少していく日本においては、天才の芽を逃さず丹念に拾って育てることが重要になってくると思うんだけど、どうだろうか。
もし日本が今までと同じようなマス教育をこの先ずっと続けるなら、後は単純に頭数の勝負になって、人口の多い中国とかが必然的に天才を多く抱えることになり、学問にしても産業にしても、いずれ抜かされていく(もしくは既に追い抜かれている差が一方的に開いていく)しかないような。アメリカじゃある程度「ギフテッド」なるものが認知されていて、懐次第とは言えそれなりに教育制度も整備されつつあるようですが、平等信仰の強い日本じゃそういうのはハナから拒絶されそうですね。