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airheadの日記: word: 嘘,まっかな嘘,統計

日記 by airhead

巷では「『嘘,まっかな嘘,統計』はマーク・トゥウェインの言葉」と思われていたりするようだが、皮肉っぽくてトゥウェインに似つかわしくないように思える(トゥウェインの作品を読んだことはないので、なんとなく持っている印象にすぎないが)。

「ディズレイリの言葉である」との内容を以前どこかで読んでいたので私はディズレイリ発祥だとばかり思っていたが、はたして実際のところはどうなのか。ならば、と次の3ページをたどって調べてみると、ちょっと面白い内容だった。このエントリでは、トゥウェインから追っていったほうがわかりやすいと思いヨーク大のページとは説明順を逆にしたが、その内容を中心にまとめてみた。

トゥウェイン自叙伝には次のような内容の記述があるらしい。

この36年で執筆ペースが落ちてきているものと思っていたが、自分の統計の欠陥に気がついた。1868年の春の3,000語、当時は7~9時間で一気に書いていたが(中略)。私はしばしば数字に惑わされる。自分自身に当てはめる場合はなおさらだ。ディズレイリの言葉「嘘は三種類ある:嘘,まっかな嘘,そして統計」が正当性と説得力をもって通用してしまうんだ。
「トゥウェイン自叙伝」より(要旨。この部分は1904年に書かれたことになる)

ディズレイリとは、かつての英首相Benjamin Disraeliのこと。というわけでしばしばディズレイリ発祥説が語られるが、ディズレイリが言ったという証拠はトゥウェイン自叙伝以外に無いらしい。一方で、別の発祥を示す文書がある。J.A.ベインズによる、第59回英国統計学会(1896年)の学会誌で発表された論文である。

...もう一度だけ、何度も繰り返すまい、これを最後として、コートニー氏の聡明さの泉に触れさせていただこう:「私たちが賢明なる政治家の言葉 ――嘘,まっかな嘘,そして統計――を面白がって囁きあってるとはいっても、どんな間抜けでも理解できてどんな利口な者でもごまかせない、わかりやすい数字はあるものだ。」 ここに、私が単純化に最善を尽くしあなたにわかりやすく示した数字がある。ごまかしのない明快なやり方となるようにしている。
J. A. Baines「1892年および1895年の選挙で示す、英国における代表議会制度」より

コートニー氏とは? ベインズの友人の統計学者で、下院議員、上院議員、男爵にもなった人物らしい。彼の1895年の文書が残っている。

「...結局のところ、事実は事実であって、私たちが賢明なる政治家の言葉『嘘――まっかな嘘――そして統計』を面白がって囁きあってるとはいっても、どんな間抜けでも理解できてどんな利口な者でもごまかせない、わかりやすい数字はあるものだ。」
Leonard Henry Courtney「サラトガ・スプリングスの兄弟弟子に宛てて」より(全文はpostscript/LaTeXで提供されている。ヨーク大のページを参照)

これは彼がニューヨークで行った劇(演説)を印刷物として出版したもの。時は未来、舞台を架空にした劇中の人物の台詞として「...結局のところ(中略)数字はあるものだ」が登場する。この劇は比例代表制を批判するための「実例」だったらしい。年代的にはトゥウェインが知っていてもおかしくはない。

Goransonさんは、「賢明なる政治家」というのは冗談交じり(であって、実在の人物の発言を引用し名を隠したものではない)としている。実在の政治家から借りたのなら聴衆の誰か気づいただろうが、1895年以前の賢明な政治家が「嘘...統計」のような発言をしたというような記録は見つけられないし、コートニーやベインズがそれを期待していたというのは不自然だ、つまり架空の人物の言葉なのだ、という。Goransonさんはさらに、もう一つ指摘している。句読点の使い方からトゥウェイン版では等級的になっているのに対して、コートニー版は同格あるいは同義語のようだ、というのである。

  • トゥウェイン版:「嘘、(ひどいのは)まっかな嘘、(一番ひどいのは)統計」
  • コートニー版:「嘘、(言い換えれば)まっかな嘘、(いやいやはっきり言おう、)統計」

というニュアンスだろうか。

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