L.Entisの日記: 証明?(手抜き) 9
日記 by
L.Entis
tagga さんの日記
;; どうでもいいけど。有限の序数としての自然数の掛け算に、定義上、順序がないと言いたいような感じの人もいるんだけど、論文書いて、投稿をしてほしいなあ。順序を入れない定義が可能であるという証明で、順序つきの定義のもとでの交換則の証明と実質同じでないものができるなら大発見だと思いますよ。
「有限の序数としての自然数の掛け算」ってどう言うことでしょう?
掛け算を定義した時点で少なくとも無限の自然数になりそうな気がするので、ちょっと難しすぎて良く分かりませんが、1からNまでの(有限の)数の掛け算なら、NxNの九九表みたいになるのでは?
もしそうなら、同じように任意のNについては、掛け算の定義に基づいて計算して表を埋めていく行く方法で、順序が関係ないことは証明できそうですね。
まあこの方法では一般化は難しそうですが。
ところで、NをM回加算した数を、N×Mと表記する場合、加算が普通(?)の加算であるならば、(N+1)×M=N×M+M であることを証明することはさして難しくは無いと思うのですが、1×N=N×1からはじめれば、任意の自然数N,Mについて、N×M=M×Nになると思うのですが………違いますか?(汗)
自然数の定義には何通りかあります (スコア:1)
特定の人向けの皮肉なので、気にしないでください。
自然数の集合をどう定義するかには、流儀があります。
(1) や (2) で常識的に乗法を定義するなら、 ご指摘の通り、数学的帰納法でごちごちと証明していくことになります。 ただし、 定義の段階では、乗法の交換則が自明でないことを確認してください。
非常識な定義も可能です。例えば、m-set というものを考えます。 これは、順序は無視するが、個数は考えるというものです。 つまり、{a, b}_m = {b, a}_m, {a}_m ≠ {a, a}_m というものです。 要素が 2 個の m-set からの N への写像として、 乗法を定義してしまえば、交換則が成り立つのは自明です。 ただし、定義可能であることの証明が必要で、 それは通常の乗法での交換則の証明そのものにならざるをえません。
(3) のように定義することも可能です。これはブルバキ流です。 四則演算が集合演算に対応しているので、 四則演算の規則は自明です。
皮肉を解題するのもなんですが、 自然数を 基数として定義するならともかく、 序数として定義しているのに交換則を 自明とするのは非常識だという意図です。
Re:自然数の定義には何通りかあります (スコア:1)
掛け算に順序がないことと、掛け算を定義する段階でそれが自明ではないことは別問題でしょう。
掛け算を定義するときに、
m+m+m+…+m (n個) = m×n
と定義して、それが「タコが2匹なら足は 8×2 が正しい」の根拠なんでしょうけど、
m+m+m+…+m (n個) = n×m
と定義していけないという理由はありません。
どちらのやり方で定義しても定義されるものは同じ掛け算なので(もちろんそれは証明を要することですが)、
掛け算には順序はないのです。
Re:自然数の定義には何通りかあります (スコア:1)
n を m 回加算を m×n と記述するにしても、m×n=n×m は定義のままでは自明ではありませんね。
n+n+n+… (m個) = m+m+m+…(n個)
は一見同じではありませんから。
Re:自然数の定義には何通りかあります (スコア:1)
いえ、自明だなんてことを言うつもりは毛頭ないです。
掛け算に順序が存在しないことは、定義の段階で自明であるかどうかとは関係ないことだと言う話です。
Re: (スコア:0)
っ[行列式]
虚数の導入とか先まで考えて作られて作られているんだよ
結果だけよければ勝手に家でやれ
Re:自然数の定義には何通りかあります (スコア:1)
?行列のことですか?虚数も意味不明ですね。
掛け算で順序を区別するようにしないと行列や虚数で何か困るのですか?
意味不明ですね。しいて推測するなら、
式として間違っていても結果さえ合っていればいいというのなら
と言いたいのでしょうか?だとすれば、違います。どちらの順序でも式として合っている
というのが私の主張です。
Re:自然数の定義には何通りかあります (スコア:1)
どちらのやり方で定義しても定義されるものは同じ掛け算なので(もちろんそれは証明を要することですが)、 掛け算には順序はないのです。
それがつまり、私が m-set を使って言っていることです。 さらに、それでは証明が自明ではないので、 自明になる体系 (3) を使う方がいいと主張しています。 もちろん教育向けには別の表現になりますが。
公理と定義をもとに数学(算術) を構成していくのが、 現代数学の特徴です。 そのため「同じもの」についても 構成の仕方が何通りもあり、どれも間違いではありません。
日数教の人たち言っているのは「逆順をいきなり使うな」であって、 「逆順を使うな」ではありません。 逆順を使うなら、前段階が必要だということです。 その背景にあるのは、数学的には 1つの筋の通った構成法です。 筋が通っているものを、筋が通っていないといくら批判しても 相手に響きません。 必要な批判は〈その構成法は教育として問題がある〉です。 私はそれをしたいのです。
Re:自然数の定義には何通りかあります (スコア:1)
よくわからない主張です。筋が通っているとも思えません。
まず「逆順」の意味がわかりません。2つの異なる定義 (どちらも正しい) のうち、恣意的に
一方を正順(?)、他方を逆順と呼ぶのは単なる便宜に過ぎません。
2つの定義があると子供は混乱するから最初は一方だけを教える、というのなら理解できな
くも無いですが、それはあくまでも「どちらでも正しい」ことを最終的には理解させることが前
提でなければなりません。
逆に書いた答えに×をつけたり、二本足のタコまで持ちだして「こっちの順序だけが正しい」
と強調するやり方が、それにそっているとは思えません。むしろそれらの教師自身が「掛け
算の順序には意味がある」と思い込んでいるようにしか見えないのです。
実際、この「かけ算の順序問題」に対する意見で、「答えは合っていても式としては間違って
るのだから×をつけるのは正しい」という意見が少なからず見られるのは (その典型みたいな
ACさんがコメントを付けてくれましたが)、結局、そのような指導の悪影響なのではないでしょうか。
Re:自然数の定義には何通りかあります (スコア:1)
「逆順」というのは、面倒なので言っているだけです。
繰り返しになりますが、数学と数学教育を分けて考えてください。
「思い込み」ではありません。 日数教が採用している累加による乗法の定義では、 困ったことに、 順番に意味があるのです。 それでも筋が通った数学は構成できます。 実際、クロネッカーが元ネタの元ネタなんです。 ただし、数学教育としては、 ご指摘の通り、 いろいろと筋が通らないことをしなければいけなくなります。 なので、こういう盛り上っている時期以外にも、 私は批判を続けています。
順序に意味があると考えても、 順序に意味がないと考えても、 筋が通った数学を構成していくことはできます。 どちらも数学としては誤りではありません。 好みでない体系を数学として「誤り」と決めつける行為は、 どちらが数学教育に向いているかの議論をさまたげるだけです。