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日記

yasuokaの日記: 『キーボードQWERTY配列の真実』における「真実」 9

日記 by yasuoka

牧野武文の『業界標準と互換機戦略 キーボードQWERTY配列の真実』(レトロハッカーズ、2013年6月11日)を読んだのだが、かなりひどいシロモノだった。私(安岡孝一)の目にとまった間違いを、ざっと挙げておくことにしよう。

ショールズも当初はこのピアノ鍵盤を利用したタイプライターを特許申請している。1859年のことだ。

2007年4月20日付の私の日記にも書いたが、Christopher Latham Sholesの初めての特許は1864年で、「Paging-Machine」に関する特許である。1859年のSholesの特許など、少なくとも私は見たことがない。

ショールズが活字箱や印刷電信機をどこまで参考にしたのかはわからないが、まずはABC順に並べるという素直な発想をしてみたことは間違いない。なぜなら1859年に特許申請をしたときは、ABC順に並べたキーボードを採用していた。

だからSholesは、1859年に特許申請などしていない。もしSholesが1859年に特許申請をしたというのなら、ぜひ私に見せてほしい。

重要なのは、ショールズのレイアウトとしては先ほどの1870年のものが最終形態で、ここからQWERTY配列にいたるまでの改良は、レミントン社のエンジニアがおこなったということだ。

違う。『タイプライターに魅せられた男たち』の第5回第6回にも書いたが、少なくとも1872年7月までの改良は、Sholes自身によっておこなわれている。もちろん、George Harringtonなどの要求があったことは間違いないが、Harringtonの会社は「レミントン社」ではなく「Automatic Telegraph Company」だ。

レミントン社のエンジニアたちは、タイプライターを量産化するにあたって、さらに改良を進めていく。このときの改良のポイントはいくつかある。ひとつはまず数字の1と0をIとOで代用することをやめて、ちゃんと数字のキーを用意したことだ。

1886年発売の「Remington Standard Type-Writer No.5」ですら、数字の1は準備されていないのだが、いったいその「ちゃんと数字のキーを用意した」というのは、いつの話を言っているのだろう?

通信士がヘッドフォンでモールス信号を聞き、それをタイプライターで打っていくのだ。

2010年10月14日付の私の日記にも書いたが、この頃モールス符号の受信に用いられていたのは、主にMorse Sounderだ。いわゆるヘッドフォンは、まだ発明されていない。

この考え方に反するようなタイプライターも19世紀初頭には存在していた。ブリケンズダーファーという人物が開発したブリケンズダーファー・サイエンティフック・キーボードというものが存在している。

私の調べた限り、George Canfield Blickensderferのキー配列特許は、1887年申請のU.S.Patent No.410662が最初だと考えられる。そもそもBlickensderferは1850年10月13日の生まれであり、「19世紀初頭」にキー配列を開発することなど有り得ない。

ブリケンズダーファータイプライターは、レミントンのQWERTYタイプライターに対抗するために発売された。機構が大幅に改良されて、QWERTYのようにバーが絡む現象が起こりづらくなった

「起こりづらく」も何も、「Blickensderfer Typewriter」はタイプホイール式だ。「バーが絡む現象」など、起こるはずがない。

1880年頃になると、速記の専門学校の学院長であったエリアス・ロングリーという女性が、指2本でなく、すべての指を使ってタイプすると、疲れずに速く打てるということを啓蒙しはじめた。

『タイプライターに魅せられた女たち』の第76回を読めばわかる通り、Elias Longleyは男性だ。

連邦裁判所の公式速記者であったフランク・エドワード・マッガリンという人物が、すべての指を使ってタイプすれば、キーを見ないで打つことができるという現在のタッチタイプに近い方法を編み出して、世間に広めようとしたが、どこへいっても「キーを見ないで打てるなんてウソだ」と手品師か、ひどいときにはいかさま師として扱われたという。

『タイプライターに魅せられた男たち』の第11回第22回でも明らかにしたが、Frank Edward McGurrinは、ソルトレークシティ第3地方裁判所の公式速記官や、ユタ州憲法起草議会の公式速記者だったことはあるが、「連邦裁判所の公式速記者」だったことはない。「いかさま師として扱われた」などという当時の記録も、少なくとも私は見つけていない。

レミントン社はシフトキー方式を開発したものの、現在のようなシフトロック方式はまだなかった

違う。初期の「Remington Type-Writer No.2」は、いわばシフトロックしかなかったのだ。すなわち、「Upper Case」キーを押して大文字に切り替え、「Lower Case」キーを押して小文字に切り替える方式であり、現在のようなシフトキーが現れるのは、もう少し後のことだ。

当時のシフト方式は紙送りの役目を果たす金属製のプラテン全体をテコの原理で持ち上げるというもので、非常に力が必要だった。

これも違う。2006年4月24日付の私の日記にも書いたが、初期のタイプライターのプラテンシフト機構は、プラテンを前後に移動させるものだ。プラテンを持ち上げたりはしない。

タイプライター業界は1888年7月25日に、シンシナティ市でタイプ早打ちコンテストを催すことになった。

2006年4月9日付の私の日記でも明らかにした通り、このコンテストは、McGurrinの公開挑戦をLouis Traubが受けて立った、というだけのことである。「タイプライター業界は」って、どこの業界のことだろう。

複式キー方式のトーブは、課題書類とキーの間を忙しく目を動かしてタイプしていた

このコンテストでMcGurrinと戦ったのは、Louis Traub (ルイス・トローブ)だ。「トーブ」じゃない。しかしTraubは、ロングリー式タイピング法で「Caligraph No.2」を操っており、「忙しく目を動かしてタイプしていた」などということは有り得ない。もし別の「トーブ」だと言うのなら、当時の記録をぜひ示してほしい。

このコンテストは毎年おこなわれていたが、毎年レミントンが圧勝というわけではなかったようだ。

だから、「このコンテストは毎年おこなわれていた」って、どこの業界の話?

細かい点を挙げるとキリがないので、目についた間違いだけを挙げたが、それでもこのひどさだ。非常に残念だが、この『業界標準と互換機戦略 キーボードQWERTY配列の真実』は、『キーボード配列 QWERTYの謎』(NTT出版、2008年3月)はおろか、インターネットで簡単に読める『タイプライターに魅せられた男たち』や、私の日記すら参照していないように見える。それで「QWERTY配列の真実」を書けるというなら、是非その「真実」とやらの根拠を、ちゃんとした形で示していただきたい。

この議論は、yasuoka (21275)によって ログインユーザだけとして作成されたが、今となっては 新たにコメントを付けることはできません。
  • ショールズとピアノ鍵盤のあたりは
    wikipediaの「QWERTY配列 [wikipedia.org]」

    入力されたアルファベットを印字する機械としては、デイビッド・エドワード・ヒューズとジョージ・メイ・フェルプスによって制作された印刷電信機が、当時すでに実用化されていた。ヒューズとフェルプスの印刷電信機では、ピアノに似たキーボード上に、アルファベットの前半が左から右へ、後半が右から左へ配置されていた(下図、アメリカ特許第26003号)。ショールズは、このキー配列を、タイプライターに流用した[2]。

    とあるのを見て、
    すでにあったピアノ配列を流用して、ショールズが「アメリカ特許第26003号 [google.com]」を取得した。
    と勘違いしたんだと思いますよ。

    • U.S.Patent No.26003 [uspto.gov]がショールズの特許だと勘違いした、というのは、普通の人なら有り得るとは思うんですが、歴史モノを書こうとする人間なら絶対に有り得ないミスです。筆者の牧野武文は、そこまでバカじゃないと信じたいのですが…。

      親コメント
      • でも、「1859年のショールズの特許申請書。」というキャプションと共にU.S.Patent No.26003の絵を載っけてたら、他に解釈しようがないですし・・・

        親コメント
        • 確かにそうなんですが、マトモな歴史屋なら、このU.S.Patent No.26003という史料を手にした時、まず最初に、発明者はGeorge M. Phelpsで、証人はThos. J. CorneliusとAustin F. Parkで、特許成立は1859年11月1日、って記録するはずですよね。それからやっと内容の吟味に入るはずです。それは、少なくとも私(安岡孝一)個人は、30年近く前に大学の一般教養で「イロハのイ」として習いましたし、今もそれは変わらないはずです。

          だとすると、筆者の牧野武文は、「単に図版を入れ間違った」か「マトモに史料を扱う訓練を受けていない」か、まあ、そのどちらかあたりが考えられるわけです。私個人としては、やはり前者だと信じたいのですが、もし後者だとすると、この筆者の他の著作も非常にマズイことになっている可能性があって…。

          親コメント
  • 1859年特許問題しか修正してないように見えますね

    「1868年にABC配列のタイプライターの特許を取った」と書くべきところを誤ってしまった、的な修正です
    出てる絵は US Patent 79868 [google.com]のものに差し替わってます

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アレゲはアレゲ以上のなにものでもなさげ -- アレゲ研究家

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