kitaj 曰く,
"この記事によると,ローマ法王庁が近く発表するインターネットに関する指針の中に「ざんげ」をメールで済ませてはいけないという項目が盛りこまれる.その理由は,「インターネットではプライバシーが絶対に守られない。また、通信の相手を互いに確かめることもできない」からとのこと.
セキュリティ技術が進歩すれば,ローマ法王庁もインターネットざんげを認めるようになるのだろうか…"
懺悔をすることに対して通信相手を確認することは必要なの
だろうか? よく分からないが、ネット葬儀なるものも存在
する日本のほうが進んでいる?
不浄なデータでない保証 (スコア:4, すばらしい洞察)
信じている人がいることそのものが宗教なのだからしょうがない。
不浄な成分が微量に味の素に混ざる可能性については大問題になっても、
大気中に浮遊して呼吸とともに体内に入る可能性は問題にならない。
むしろ今までコンピュータシステムに宗教がらみの問題が
あまり起っていなかったことは幸運だ。
たとえば、ある宗教にとって絶対に避けなければならない不浄な場所があって、
インターネットを経由したデータが決してその不浄な場所を貫くケーブルを
通らなかったことを保証せよ…という要求が出たらどうするのだろう?
IPパケットに宗教識別子が必要になる。
進んでるとか、そーゆー問題じゃないような^^;; (スコア:2, 参考になる)
なんかメール云々以前の問題のような気がします。ネット葬儀といい、形式的に行なえばそれでよし、ってのは、宗教の本質とはかけ離れているような。
まー宗教の形式と本質の話は歴史上よくある話ですけど。ルター先生に聞かせてみたい話ですな。
セキュアな懺悔 (スコア:2, 参考になる)
・・・そんなにセキュアじゃないように思えるのは日本人だからでしょうか。
結局、懺悔をやってる環境並にセキュアにするのってそんなに難しいことでもないのでは。
ネットワーク上はSSLなんかで保護をして、懺悔受け取り専用ホストに網膜認識的なユーザー認識認証を加えるだけ・・・などと安易なことを考えるのは、私がきっと日本人だからですねー。(--;
Re:セキュアな懺悔 (スコア:2)
メールによる懺悔:GPG (PGP) で安心さ
とはならんでしょうかね?
wakatono
形式って宗教の本質なんですよ (スコア:2, 参考になる)
例えば家族の誰かが亡くなったとする。
とてもつらい出来事だから、下手するといつまでも立ち直れないかもしれない。だから形式を決めて、ここまですれば良し、と言うところで、社会生活上でも気持ちの上でも区切りをつけて、これからを生きていこうというわけです。
だから、その形式に納得できる権威みたいなものがないとだめなわけです。逆にいうと納得できればなんでもいいんだけど ^^;
ちなみに仏教は、日本古来の宗教にはきっちりと決まっていなかった葬式の形式をもたらしたので、普及したのですね。
世界におけるバカ大国日本 (スコア:2, 参考になる)
実際、設備を購入して電話線で墓参りできるのは余裕のある金持ちなんだろうから、「忙しい」なんてのはまったく理由にもならない。単に死者を想う心や信心に欠如した人達で、「めんどいから」だと思います。
他力本願。
無信心な日本人ならあんがいOKかも (スコア:1)
本当にあるらしいですね。自宅から電話回線経由でお墓参り。日本人ってこういうところがかなりバカみたいですね。
他力本願。
Re:セキュアな懺悔 (スコア:1)
Re:セキュアな懺悔 (スコア:1)
やはり懴悔BOXに入って小さな穴からごそごそと語るってのがいいんでしょう。
誰がいいはじめたのか・・・ (スコア:1)
うちの会社でもWebでお墓参りなんてアホなこといったおぢさんがいましたが・・・
「それっていちいち電話繋いでパソコン使って画面見るだけ?写真を同じ枚数そろえた方がはやくない?」
---------- ほげほげふぅ〜 きょうもがんばろか〜 qool001@hotmail.com
Re:世界におけるバカ大国日本 (スコア:1)
あんなのやっても、実際に墓参りに行くのとでは
気持ちの面がかけ離れていると思う。
たとえ数年に一回でもいいから忙しい中でちゃんと
墓参りに行く奴のほうが私は好きだ。
Re:形式って宗教の本質なんですよ (スコア:1)
が、形式のみが残って、源初の感情(と表現しておきます。死者や世界に対する恐れとか祈りとか、宗教の発生の根源となる人間の感情のことです)を置き忘れていくと、それはそれで本質からズレているかと思います。
キリスト教で言えば、中世の免罪符に端を発する宗教改革も、そーゆー運動だったかと。このような運動や論議は、歴史をみる限り、どの宗教でも行なわれているようですし。
その辺、個々人の宗教観とか出てくるのでこれ以上は言及しませんが、先の書き込みにはその辺の説明が不足(つーか抜けてる)していましたね。申し訳ないです。
#特定の宗教を揶揄する意図はありませんので、その辺で気分を悪くされた方がいらっしゃったら申し訳ないっす。
Re:形式って宗教の本質なんですよ (スコア:1)
はい、形式がほんとに形骸化してしまえば、まったく無意味であることは、その通りだと思います。
でも、何にもしない、という選択肢もあるのに、せめてネット葬儀をやってしまうところに、ほのかに、いろいろなものが見えるなぁ、と思う次第。
Re:世界におけるバカ大国日本 (スコア:1)
俺の感覚とはだいぶ食い違うんでびっくりしました。
死者を思うといえば。俺は、A級戦犯云々を例の場所から
早く別のところに移して、それで首相が「どっちに」
参りに行くかをつぶさに観察したいです(笑)。
閑話休題。
>同じ国に住むものとしてとても恥ずかしいです。
「誉め殺し」なんだから、あれで超オッケーだと
俺は思うのだが…
てゆーか、面白いし。
死者を思って生者を殺すという
世界じゅうでしばしば見られる愚行よりは
数段面白いです。
>心の豊かさについては蔑視してきた日本人
反動なのだと思いますが、ここ数年は
逆に盲信してますね。
「きもち」だけで何でも片付けようとしやがる。
>電話線で墓参りできるのは余裕のある金持ち
まぁそれ言ったら自動車も冷蔵庫も
買えるのは金持ちだし。
分散処理 (スコア:1)
実は分散処理体制を維持したいってことだったり
しませんかね?
IPなりなんなりでローマに直結されちゃったら
(今までは事実上無理だったがIPなら出来るよね)、
その情報(この場合はコンテンツ、つまり
懺悔内容という意味)を処理する手間は
バチカンに集中しちゃって、
ぜったいPS2予約より早くシステムダウンするでしょう。
教区(とかいうんだったよね)という概念が崩壊すると
あっち畑の人々は色々辛いんじゃないかな。
分散処理を前提にして組織を構築してたから。
ええと。弟子は12人までを旨とする、んだったっけ?
Re:無信心な日本人ならあんがいOKかも (スコア:0)
たとえバカであっても、そう言い切ってしまうのはいただけないな。こんなときは、
「忙しくて時間がとれないときは電話線経由でもお墓参りをするなんて、なんて律儀なんでしょうね日本人は」
くらいにホメ殺してほしいものだ。
宗教の本質 (スコア:0)
ネット葬儀で満足する信者がいるのならばその信者
を満足させるのが教祖様のつとめでしょう。
「自分が先祖様を拝んだ」という安心感が欲しい時代の
信者と「ちゃんと先祖様を拝んでいます」という免罪符
が欲しい世代の信者に同じものをサービスしても売り
上げの増進にはつながらない。
現代社会で現金収入を必要とする宗教サービス
業は、現代の顧客に受け入れられる商品を提供する必要
がある。もちろん、高級感を売りに出すところもあるだ
ろうし、薄利多売を目指すところもあるでしょうが。
太古の昔より宗教と現金と権力は切り離せないのだから。