国産UNIXワークステーション開発秘話 19
ストーリー by koyhoge
Project-Xのネタになりそう 部門より
Project-Xのネタになりそう 部門より
日本でのUNIXの普及に大きく貢献したUNIXワークステーション SONY NEWS。
今はすでに生産も終了し、ほそぼそと稼動しているのを時たま見かけるくらいだが、当時NEWSでUNIXのイロハをおぼえたという中堅エンジニアも数多くいるのではないだろうか。
当時の開発者による回顧録(というかメールのアーカイブ)が、渡邊克宏氏によって公開されている。 当時の通産省が進めていたSIGMAプロジェクトとの絡みに若干触れていたり、 NEWS-OSがSONYとSRAの共同作業で作られていったことなど、なかなか興味深い話題が満載である。ぜひご覧あれ。
当時の開発者による回顧録(というかメールのアーカイブ)が、渡邊克宏氏によって公開されている。 当時の通産省が進めていたSIGMAプロジェクトとの絡みに若干触れていたり、 NEWS-OSがSONYとSRAの共同作業で作られていったことなど、なかなか興味深い話題が満載である。ぜひご覧あれ。
Re:S社のコンピューター戦略 (スコア:4, 参考になる)
(いや、忘れてもいいですけど。(^^;))
参入撤退を繰り返す、というのはおそらく、
当初他社にない付加価値を探して目処が立つと参入するのだが
あっという間に市場や技術が追いついてくる
というところがあると思っています。
VAIOで言えばマグネシウムで薄くて軽い505とか
ハードディスクでTV録画とか
特徴的だったけどすぐに他社に真似されてますよね。
NEWSも気合入れて作ってSUNより安く売るという感じだったけど、
SUNがSUN4を投入したり価格帯を下げたりしたのですぐにone of themになってしまいました。
DTPマシンみたいな方向性がこけていく中でその後の特色の出し方を見失ったのが大きかったのでしょう。
そういう意味ではVAIOは息切れせずによく頑張っていると思います。
Re:一部ですが (スコア:2)
S社のコンピューター戦略 (スコア:2, 参考になる)
おそらく最初に参入したのがMSXで、その後にNEWSに
いってほぼ同時にQuaterL(PC互換機いわゆるDOS/V機)
それから沈黙の後にVAIOで再参入といったところで、
参入、撤退を繰り返してきた経緯から個人的には
イマイチ信用していないんですが(^^;)
新聞広告を派手に打ったりしたNEWSがその後なぜ
尻すぼみになっていったのか、そういったあたりが
実は良くわからないんです。
そうそう、NEWSといえばS社の土井さんがあまりにも
有名ですが、随分といろんな本を執筆されている
ようですね。天外伺郎名義で書かれているようですが。
--- Lcs(http://lcs.myminicity.com/ [myminicity.com])
Re:S社のコンピューター戦略 (スコア:2, 興味深い)
Re:S社のコンピューター戦略 (スコア:2, 参考になる)
当時、某出版社の某氏がSONYの役員に「SONYコンピュータの戦略は?云々」とのお話を聞きに行ったところ、「うーん、正確に言うと、ありません。だって、SONYはVIDEO機器の売上がXXXで、コンピュータはXXXでしょ。全体の売上のほんのXX%以下ですよ。戦略もなにもないですよ」と言われたとか。
で、VAIOになるまで、コンピュータ戦略というのはなかった、ということでした。
たしかに、今でこそ「ITだなんだ」とうるさいですが、当時はコンピュータやってる、というと、
◎をたく
◎ネクラ
◎他にやることないんじゃないの?
◎おんなにもてない
など、散々に言われたものでした。
コンピュータ業界自身が「隙間産業」くらいだったし、パソコンのソフトウエアの業界の年間売上は靴のゴム底の業界とおなじくらいの規模、なんていわれてました。
Re:S社のコンピューター戦略 (スコア:2, 興味深い)
Q.「何故BSDではなくSYS-Vなんですか?」
A.「BSDは中心開発者が抜けたので、これ以上は進みそうもないですから」
というのがありました。
対してNewsは「UNIXを使う開発者ならBSDを選ぶに決まってる」という理由でBSDだったそうで。
で、結局SONYは、OSのメンテやアプリの移植を全部自分達でやる羽目に.....。
Re:S社のコンピューター戦略 (スコア:2)
オフコンのN5200と足すとNEWS10000だね、って冗談をみんなが言ってましたね。
一部ですが (スコア:1)
といっても、プリンタスプーラ専用となってますし、
ワンフロアに1台あるかないかだもんなぁ(笑)
あと数年もすれば、
「SONYU製のってVAIO以外にもあったんだ」
なんて言われそう(T-T)
Re:一部ですが (スコア:1)
大学の研究室では (スコア:1)
もう10年位前の話ですが。今はどうなっていることやら。
会社では、既に社員に払い下げられ、
マニュアルも廃棄文書です。
入社当時はバリバリ現役でしたが。(遠い目)
忘れ物 (スコア:1)
当時からAV機能を指向していた点で、興味深い製品です。
--- Lcs(http://lcs.myminicity.com/ [myminicity.com])
WSその物が歴史 (スコア:1)
今では、WS を作っているメーカーも少なくなりましたが、SUN も互換 PC のパーツを使ってコストダウンして PC と大差無いように思えるラインナップもあったような、、
Re:S社のコンピューター戦略 (スコア:1)
Re:S社のコンピューター戦略 (スコア:1)
ただ、OSがBSDからSysV系に変わったときに、AppleTalkサポートはオプションになったんじゃなかったかな。
Re:S社のコンピューター戦略 (スコア:1, 参考になる)
EWS4800?
あったね、そういうのも。
VMEバスが後ろにあるのにこいつにInterruptがハード的につながってないやつ。割り込みがない周辺機器はドライバ書くのに苦労したぞ。普通はやらん。
SHARPはあとでサーバにはPyramid使うようになって、たしか青山骨董通りの某社にもちらっと置いてあったことがあったような。
このころ、松下は大失敗で終わったSequentに出資したりして、日本ではPana Sequentって名前でやってたね。たしか、最後は米国Sequentの株の70%は持ってたんじゃないか?386CPUを強引にマルチで並列処理させてた。会社は芝公園のダイエーのいるビルの隣の小さなビルにあった。今はふくろうグッズのお店になってますが。
あの頃はWSは「Sunとその他大勢」という感じだったなぁ。
なお、NEWSは特にそのスピードと真っ暗闇で有名なTDLの某アトラクションのControllerとして活躍したとか。そのため、OS開発者自身は怖くてそのアトラクションに乗れなかったそうな。あくまでうわさですが。う・わ・さ。
でも、当時のNEWSって、よく熱で死んだように記憶していますが。熱設計はイマイチだと思います。
Re:WSその物が歴史 (スコア:1)
Re:S社のコンピューター戦略 (スコア:1)
サーバー:News
クライアント:Mac + HyperCard
なんてのがありましたね。
(経理システムのオープニング画面に「ずしや」と出てくる ^^)
Re:WSその物が歴史 (スコア:1)
ほとんど中身は PC ですね。
IDE-HDD,PCI-BUS,AutoEjectなしのFDD等など。
masamic
SHARPもあったね (スコア:0)
あの当時はSHARPもUNIXあったね。Hもあったし。
もっとも、SHARPはオフコン扱いでした。
インプリには、たしかKO大学の某先生がかかわっていたはず。
Hの某マシンなんか、某有名なUNIXの権威の大学の先生に、「UNIXへの冒涜」とか言われたとか言われなかったとか。
この頃の話題は、伏せることもかなり多くて「某」ばっかになっちゃう。