インフルエンザを封印せよ 26
ストーリー by Oliver
バカにつける薬も頼む 部門より
バカにつける薬も頼む 部門より
KAMUI 曰く、 "中日新聞の記事に依ると静岡県立大学薬学部と三菱化学生命科学研究所の共同研究グループはインフルエンザウィルスが感染する際に,相手の細胞に結合・侵入したり,増殖して細胞外に出て来る事を抑制する新物質の開発に成功した。
インフルエンザウィルスは細胞への感染の為に「ヘマグルチニン」(HA),増殖後の分離の為に「ノイラミニダーゼ」(NA)という2種類の蛋白質を持つが,新物質はこれらの働きを阻害する事で感染や増殖そのものを抑制する事を狙ったもの。
「シアリルホスファチジルエタノールアミン誘導体」という舌を噛みそうな名前だが,ウィルスが変異しても細胞と結合する部位は殆ど変化しない為,従来のワクチンと違ってほぼ全てのインフルエンザウィルスに有効だという。更に「新物質の素材は生体内にある物質で毒性などは少ない筈」との事で近い内に治療薬開発に結び付けたい意向だ。因みに昨年 1~3月のインフルエンザによる死亡者は 1,287人,今でも十分恐い病気ですね。"
補足 (スコア:2, 参考になる)
インフルエンザは皆に馴染みが深いし、児童へのワクチン接種義務の廃止などから軽視されがちだけど、おそらく感染症としては最も多くの人を殺した(1920年頃のスペインかぜだけで2000-4000万人)と言われてますし、変異による新型の出現頻度の高さなどからも、現在もっとも注意が必要と言われている感染症の一つです。
ここ数年のうちに高齢者へのワクチン接種の奨励や、いくつかの治療薬の認可が相次いだのは、その怖さが再認識されている証拠かもしれないですね。
現在、治療薬としてはHA阻害作用を持つと言われているアマンタジン(商品名シンメトリル)、NA阻害剤のザナミビル(リレンザ・吸入)、オセルタミビル(タミフル・経口)が認可されてます。今回開発された新薬も作用メカニズムからは有望だと思います。リンク元の図から見ると、リン脂質(ホスファチジルエタノールアミン)と結合させてミセル状にするあたりがこの薬のポイントで、単独ではウイルスと結合しにくいシアル酸基がうまく結合し、細胞膜上のシアル酸基と競合できるように工夫したのだと思われます。
この新薬が(有効性、安全性、耐性出現など確認されて)治療薬として出来あがればそれだけで万事OK、などということはないですが、既存の治療薬に加えて、新たな選択肢が増えることで耐性ウイルスの出現阻止や、いざ出てきたときの対処に役立ちますから、その意味で期待します。
Re:補足 (スコア:3, 参考になる)
リン酸基の部位のようですから(こちらなら糖鎖をつけるのは比較的楽)、
おそらく多重膜のリポソーム(liposome)の形になっていると思います。
y_tambeさんにはリポソームといっただけで分かって頂いているとは思いますが、
一般の読者の方のために補足を。
おそらく今回のリン脂質を模式的に描くと(等幅フォントでご覧下さい)
V V V V ┐今回の新規部分(糖鎖)
V V V V ┘
○ ○ ○ ○ ー リン酸基(水溶性)
┌┴┐┌┴┐┌┴┐┌┴┐
│ ││ ││ ││ │
│ ││ ││ ││ │ー 脂溶性部分
といった膜状の構造が裏表にある二重膜になっていて、この構造が
何重にもなっていると思います。
リン脂質は通常の細胞の細胞膜を構成する脂質のおよそ半分くらいの
(残りはコレステロールなどの中性脂質)分子で、これを緩衝液中で
懸濁して超音波をかけるなどして均一化するとリポソームが形成され
ます。
糖鎖の部分は構造が非常に多様なので、ここをインフルエンザの表面
に結合するような形でうまくデザインすることに成功して、細胞内へ
の侵入を阻害したようですね。
ただ、糖鎖は一般に抗原として認識されてしまいますので、人によっ
て使えるか使えないか事前の診断が必要になりそうな気がします。
kaho
Re:補足 (スコア:1)
補足ついでに。元記事を読むと糖鎖のどこかをフッ素原子に変えてノイラミニダーゼ(NA)耐性にしているようなので、割と細かい部分まで考えて作ってあるみたいですね。インフルエンザウイルスの場合、HAでレセプターとなる糖鎖と結合した後、放出時にはNAでレセプター糖鎖を破壊(切断)することで遊離しますから、NA耐性にしておかないと治療薬がウイルスにどんどん壊されていくことになりそうだし。
#ただ、この辺りは耐性ウイルス出現のポイントにならないだろうか、とも思ったりして。
Re:補足 (スコア:1)
>#ただ、この辺りは耐性ウイルス出現のポイントにならないだろうか、とも思ったりして。
そうですね。
おそらく今回の糖鎖が結合する部位は、現在手に入るインフルエンザウイルスの
配列を比較してほとんど変化のない部分だとは思います。
従ってそこを標的とした薬品を作れば全てのインフルエンザウイルスに効くだろ
うと予測するのは合理的ですが、逆に言えばその部分を変えることの利得がこれ
までなかったから変わらなかっただけで、変えた方が多くコピーをつくれるとな
ればすぐにでもそこに変異が入ってしまうかもしれませんね。
それでも膜タンパクの膜通過部位は他の部分に比べて保存性が非常に高いことは
よく知られているので、その近辺に挿入された変異が膜タンパクの構造を変化さ
せ、ウイルスの機能を損なってしまうようであればなかなか耐性ウイルスは現れ
ないかもしれません。
これを臨床で使う前にチェックするとしたら何種類かの変異を入れて標的部位を
X線解析でもして、構造がどうなるか見る、とでもしなければならないでしょう
が、それはとても時間的にもコストが見合わないでしょう。
となると耐性ウイルスが現れるかどうかはやってみないとわからない、としか言
えないのではないかと思いますが、まあ、他の試薬と標的部位が異なるので耐性
ウイルスが現れてもこの試薬がお払い箱になるだけなのでダメージは少ないだろ
うと高をくくって経過を見守りたいと思っています(笑)。
kaho
Re:補足 (スコア:1)
これは具体的にノイラミニダーゼ抵抗性のシアル酸アナログにしている点を指してます。例えば、このアナログまで切れるような新たなノイラミニダーゼを作るものが出てくると、阻害がより可逆的になる(アナログにくっついたウイルスがそれを切断して遊離する)ために効き方が落ちてしまうのではないか、と。
今回の薬のターゲットがレセプターである糖鎖への結合そのものである、という点ですが、これはウイルスの宿主依存などとも関わってくることなので、なかなかうまいところではないかと思います。
#ウイルスにとってみれば(ヒトの、その細胞に感染しようと思ったら)結合する糖鎖を変えるわけにはなかなかいかない。
だからこの点では僕も開発側同様というか、従来のアマンタジン(間接的にHAの構造を変化させて効く)やザナミビルなど(NAの酵素活性阻害)に比べると、耐性が出にくい方なんじゃないかな、とは思います。けどまぁ、耐性ウイルスは出てみないと判らないというのはおっしゃる通り、間違いないことですね。
Re:補足 (スコア:1)
重要な機能ドメインだからこそ選択圧がかかって,多態を示せないのでは?
重要性が低ければ配列の同一性はむしろ下がるかと.
ん? (スコア:1)
>
>重要な機能ドメインだからこそ選択圧がかかって,多態を示せないのでは?
>重要性が低ければ配列の同一性はむしろ下がるかと.
同じことを言っていると思うのですが?
つまり、今までは変化することが害でしかなかったから(=利得がない)
変わらなかったのが、今回の試薬で変化することが有利になって、変異体が
できる、と言っているつもりですが。
動物では滅多に観察されませんが、ウイルスほど変異の早く、個体数が多い
場合はpositive selectionといって、ある部分を自然の変異率よりも高い
頻度で変化させることがあります。(寄生虫でもあるらしい)
耐性菌や耐性ウイルスというのは、広い意味でのpositive selectionに
よって出現したと考えてよいのですが、今回の記事の試薬で、今までとは
異なるpositively selected individualsが現れるかも、と言っている
わけで、別にすべての変異がpositive selectionであるなどと言ってい
るわけではありません。変異の殆どは個体に対して害か無害かで、そうで
なければどこかの実験室で超能力ハエが生み出されているでしょう。笑
kaho
人間でなくても (スコア:1)
人間には使えなくても、ブタとニワトリとアヒルに定期的に与えられる程度の毒性ならばインフルエンザの発生は防止できます。
ただし、これは中国全体でやらないと意味がないです。
(歴史的、疫学的に見れば、インフルエンザの発生元は中国なのです)
・耐性インフルエンザが発生したりして…
# 半世紀に渡って殺傷力の強いインフルエンザが流行してないのは僥倖なんでしょうね...
notice : I ignore an anonymous contribution.
糖鎖(Re:補足 (スコア:1)
思います(少なくとも基本骨格は)
もともとインフルエンザウイルスのヘマグルチニンは、標的細胞表面の糖鎖の
末端部分にある、シアル酸(N-アセチルノイラミン酸などの総称)からなる
糖鎖部分を認識して結合します。この部分がインフルエンザウイルスに対する
「レセプター」として機能する、と。
レセプター部分の違いは、ウイルスの宿主となる細胞が決まる上でも重要で
それがある/ないは、その細胞にウイルスが感染する/しないに影響します。
だから使っているのは、標的となるヒト上皮細胞や赤血球のもつシアル酸
配列を元にしていると考えた方がいいかと。「生体内にあるもの」と言ってる
のにはリン脂質だけでなく、糖鎖の配列も含まれてるんじゃないかな。
上のような理由なので、副作用としてアレルギーなどに対してことさら特別に
注意が必要、という感じではないと思います(もちろん検討は必要ですが)
ただこの新薬は、いわば「細胞膜のダミー」にあたるものだと思いますから、
確かに免疫・炎症系の方が動いたりしそうな気もしますね。
#あとウイルスを介して、標的細胞と結合したりしないか気になる。
参考図書 (Re:補足) (スコア:1)
Re:補足 (スコア:0)
ワクチン(Re:補足 (スコア:2, 参考になる)
しかし現行のワクチンでも重症化を防ぐには効果があると考えられてます。
#かなり専門家向けの情報になりますが、証拠としてはこちら [ocn.ne.jp]をどうぞ。
ワクチンも夢の薬などではないですから副作用など使用する上でのリスクはあります。しかしインフルエンザにかかった場合のリスクと天秤にかけて、高リスク群である高齢者などには投与しておくべきだ、という考えに至っているわけです。
児童への予防接種に関しては、少なくとも社会的流行防止という意味ではあまり役立ってなかったんじゃと思います(IgG抗体だし)。また児童を高リスク群に入れるかどうかと言われると専門家でも意見が別れそうです(大方は入れないかな)
ただ廃止による副次的な影響として、ワクチン作成用の発育鶏卵を扱う業者ががたっと減ったことで、いざ新型インフルエンザが流行したらワクチン製造が間に合わないという、国家レベルで危機的な状況に陥ったことも確かです(現在は専門家の指摘を受けていくらか持ち直してますが) ちょうどその頃、香港で見つかったH5N1型がヒト間では感染をしないものだったので助かりましたが、万一を思うとぞっとします。
#まぁ、ぞっとした人が多かったからこそ、アマンタジンなどの認可につながったという話もありますけど。
そーいえば (スコア:2, 興味深い)
やっつけすぎると (スコア:2, 興味深い)
より耐性の強い菌への進化?が加速しつつあるという話を聞くのですが
ウイルスの場合だとそのようなことはないのでしょうか?
素人考えで全く的はずれだと申し訳ないのですが
強力な抑制作用を持つ薬などは上記の意味でちょっと怖い気がします。
Re:やっつけすぎると (スコア:2, 参考になる)
もちろんありうる話で、その中でも実例が知られてるのが(上にも名前の出てる)
アマンタジン耐性インフルエンザウイルスです。また薬剤耐性HIVも、
近い将来の出現を危惧している研究者が多いです。
ただしウイルスの場合は「耐性」を獲得する以前の問題で、そもそも
有効な抗ウイルス薬というのがとても少ないので、まだそれほど話題に
上っていないだけに過ぎません。
#自前の(しかもヒトとの相違点の多い)細胞だけで独自に生命活動を営む
#細菌に比べると、宿主細胞の機能を大いに利用するウイルスは、ウイルス
#「だけ」の増殖を特異的に(ヒト細胞の活動を損なうことなく)やっつける
#ことが難しく、なかなか良い薬が見つからない。
やっつけないのがミソ (スコア:1)
薬剤耐性については他のコメントでも述べられているのですが、今回の薬も含めて最近の対インフルエンザ薬はウィルス自体を攻撃するというよりも、ウィルスが細胞レベルで感染するのを防ぐというところが従来の物と大きく違います。従来のウィルス識別・攻撃と変異のいたちごっこから比べれば、まさに目から鱗の解決方法です。少なくとも相方の人間の細胞表面の状態はそんなに極端に変異しませんから、こちらに注目していればある程度の範囲は絞り込めるはずですし。(従来とは別の部位に発症するなんてことはあるかもしれませんが)
こんな方法が取れるようになったのも、やはり膜やそれを介した感染に関する分子レベルでの研究が進んだからなのでしょうね。
服用のタイミング (スコア:1, 参考になる)
それでもこれまでは症状の緩和と免疫力の活性化くらいしか対処の仕方がなかった対ウイルス治療に新しい道が開けるのは素晴らしいことです。
副作用のデータが重要 (スコア:1, 興味深い)
- オピオイド
- ステロイド
- インターフェロン
生体内に微量存在するということは、悪い作用がでない濃度におさまるよう、フィードバック制御されている可能性が高い。 人為的に濃度を上げると、副作用の出現は必至と予想すべきでは?Re:副作用のデータが重要 (スコア:0)
ウイルスだけがだまされるのならいいんですけどね…。
あるいは、投与する量とか期間とかで折り合いをつけられるかもしれません。
でも、そういうのって実際にヒトで試してみるしか無いんですよね。
進化論 (スコア:1)
Re:進化論 (スコア:1, 興味深い)
大量合成大変そうだって事です。
糖は官能基がたくさんあるんで選択的に反応させるの大変ですよ。
しかも、結晶化しにくそうな物質なんで精製が大変。
実験室レベルのように、反応かけるたんびにカラムなんて出来ないし。
自分は、糖構造をもった薬なんか実用化できるわけないと思ってたんですが、
もし実際に、大量合成できればそれだけで結構すごいような気がします。
まあ、実際の化合物見てないし、化学から離れてだいぶたったんで
あんまし当てにならない感想ですが。
あと薬物動態悪そう。
Re:進化論 (スコア:1)
基質のフォスファチジルエタノールアミンは一般試薬だし、
CMP-シアル酸の合成スキームはこちら [yokohama-cu.ac.jp]。
シアル酸転移:こんな反応で [glycoforum.gr.jp]収量よくできそうな。
シアル酸転移での合成なら、樹脂で吸着して精製できそうな気がします。
大量精製ならストリームラインとかも使えるし、なんとかなるかな。
これにフッ素を導入したのが今回の物質ですよね。
# Name Reactionもほとんど覚えてないから自信ないなぁ(汗
これは新薬のアプローチとして大変面白いと思います。
(ただ、この薬自体が万能薬として有効かどうかは別の話です。
シアル酸は神経系に多く含まれるってことは、大量投与で神経障害を
起こすかもしれないし。)
ペニシリンが抗生物質という戦略を拓いたように、このアプローチによる
戦略が一回確立されたら、以後いろいろと改良できるので、副作用を小さく、
効果を大きく発展させられる可能性がある、という点で面白いと。
(たとえば、シアル酸よりもHAとの親和性が高い(ウィルスにくっつきやすい)
アナログを片っ端から土方仕事で試してみるとか。
・・・いかん。いかにも農芸化学的思考だヲレ(わら
# ナニ?農学屋の意見なんてきーてない?こりゃまた失礼。
ザナミビルの場合 (スコア:1)
予防薬として使うにしてもワクチンみたいに長期間効くようなものじゃなさそうなので受験日など絶対にインフルエンザにかかりたくない日の一週間前から飲みつづけるという方法になる。その時は保険効かないから高くつくんでしょうね
Re:ザナミビルの場合 (スコア:1)
それともう一つ気になるのは剤型ですね。インフルエンザウイルスは気道粘膜に感染するので吸入薬の方が効果が出しやすいと言われてます。実際に服用するには経口の方が(皆慣れてて)都合がよくて、ザナミビル(商品名リレンザ・吸入)より後発のオセルタミビル(タミフル・経口)の方が好まれるのも、ここら辺りの事情もあります。
今回のはリポソームになってるみたいだしどうなるだろう? よく知らないけど経口で気道粘膜に、というのは他のものより難しいんじゃないだろうか、とか思ったり。
個人的には抗インフルエンザ薬を予防薬として使うのは、耐性出現の危険性から反対です。特に治療薬の手駒が少ない現状では、安易な投薬自体も慎むべきだと思ってます。
#でも結構「インフルエンザ? タミフル出しましょか」と安易に言う医者が多いのが何とも…