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5241 story

おたく誕生20周年 156

ストーリー by Oliver
I-say-with-pride:Ich-bin-ein-Otaku 部門より

marinkarin曰く、"「おたく」の名付け親は中森明夫氏ということになっているが,氏の「噂の真相」での連載において,今年が「おたく」命名から20周年であることが明らかにされました。20年前といえば1983年ですから,ファーストガンダムが終わってしばらくした頃。それから20年でおたくを取り巻く環境はどう変わったでしょうか。いや,少なくともカミングアウトしても恥ずかしくない言葉にはなったような気はする。"

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  • そうか? (スコア:3, おもしろおかしい)

    by Anonymous Coward on 2003年03月13日 13時53分 (#277893)
    >いや,少なくともカミングアウトしても恥ずかしくない言葉にはなったような気はする。

    それは外国語としての"OTAKU"ではなかろうか。

    ネットゲームでとある外国人と雑談しててそう思った。

    A 『僕ァ宮崎アニメはみんな好きさ…(以下作品名の*邦題*での羅列)』
    私『あんたやけに日本のそっち方面詳しいねえ』
    A "HAHA, I'm anime-otaku"
    B 『"otaku"ってどーいう意味?』
    私『あー、ナードとかギーグとかマニアとか…』
    A 『…熱心なファンって言ってくれよ』
    B 『(爆笑)』

     
    「おたくってゆーな!!マニアと呼べ!!」
    「言いたいことは解る、だが大同小異という単語があってな」
     
    っつー漫才ねたは万国共通と知ったあの日。
  • by SS1 (6823) on 2003年03月13日 14時13分 (#277915) ホームページ 日記
    20年前に戻って,オタクに話したらおどろきそうなこと。

    ほぼ全員が携帯電話を持ってる。
    アキハバラに同人誌専門店が林立してる。
    NHKが,岡田斗司夫がマンガについて薀蓄をかたる番組を人工衛星から全国放送してる。
    ワープロのオアシスが廃れる。マッキントッシュが生き残っている。
    新宿のカトレヤが「まんが喫茶ヨムヨム」に変わった。
    ガンダム専門のマンガ誌が登場した。

    インターネットのことは,とても説明しきれません。
    --
    斜点是不是先進的先端的鉄道部長的…有信心
  • by tomoyu-n (8131) on 2003年03月13日 20時26分 (#278171) ホームページ 日記
    以下は、10年くらい前に聞いたことなので、
    事実とは異なるところもあると思います。

    80年代の中期に東京おとなクラブ [iij4u.or.jp]という伝説的なミニコミ誌がありました。
    主催していたのは、現在月刊アスキー編集長の遠藤諭氏。
    同誌のメンバーの中に中森明夫氏、石丸元章氏らがいたそうです。
    宅八郎氏も遠藤氏の人脈で、中森氏が「新人類」で売り出した後、
    「新新人類」として売り出そうとしました。
    なお、宅氏が「東京おとなクラブ」に参加したかどうかは知りません。

    そもそも、一部のマニアが、礼儀も知らず、対人関係もうまく築けず、
    あたりさわりのない二人称として、あいてを「オタク」を使うように
    なったことを指摘したのは、遠藤氏だったそうです。
    それを、マスメディア上で中森氏が流用し、中森氏がオタクの命名者と
    なったとか。

    上記とは直接関係ない話ですが、たしか'83年ごろの月刊OUTに、
    「愛はオタクを救う」というパロディ特集が掲載されました。
    僕が、オタクという言葉の概念と使用法を知ったのは、このときです。

    さらに関係ないですが、'80年代に吾妻ひでおを中心とした美少女ブームがありました。
    このとき、フュージョンプロダクツ誌に、かなり興味深い記事を書いた
    「エンドウユイチ」とライターがいました。どうも先の遠藤氏と同一人物らしいです。

    より詳しい方の訂正と加筆を希望します。
    --

    [tomoyu-n]
    • by SS1 (6823) on 2003年03月14日 3時44分 (#278421) ホームページ 日記
      オタクと新人類の語源を年表風に整理するとこんな感じですかね。
      ところどころ因果関係がくずれてて,ちょっと読み難いですが。

      1983年 大塚英志編集長の「漫画ブリッコ」に中森明夫のコラム「おたくの研究」が連載される。読者の反響はすさまじく。たしか3回くらいで中断。語源はもちろん,この連載から。
      http://www.geocities.co.jp/Playtown-Bingo/1049/

      1983年 「在学中に、宅八郎、ピチカートファイブの社長の管付と3人で「新・新人類」というキャッチコピーでライターデビュー。(石丸元章・プロフィールより。)」
      http://www.geocities.co.jp/SiliconValley/9776/gensho/profile.html

      1984年 筑紫哲也編集長の「朝日ジャーナル」で「新人類の旗手たち」というインタビュー記事が連載される。そこで,新人類の一人として中森明夫が取り上げられる。もちろん「新人類」という流行語はこの連載から。
      http://www.tbs.co.jp/news23/caster/caster.html

      1989年 大雪山系SOS事件,宮崎勉事件
      マスメディアでオタクが普通につかわれるようになるのは,宮崎事件から。

      1990年 宅八郎,「日本初のおたく評論家としてデビュー。」(宅八郎プロフィールより。)
      http://www2.csc.ne.jp/~takuhachiro/pro.htm

      新聞などで「おたく族」という言葉が若者風俗として使われるのは,90年代から。基本的にはポスト新人類という位置付けだった。

      1995年 地下鉄サリン事件,阪神大震災
      岡田斗司夫「「エヴァ」ブームに半ば便乗するかたちで「オタク評論家」としてデビュー」
      http://members.tripod.co.jp/toumyoujisourin/jiten-okada.htm

      なお岡田氏の「マクロス説」は,ただのデマゴーグ。
      http://www.netcity.or.jp/OTAKU/univ/kyoshitsu/otacul/0417/semi02.html

      1996年 難波弘之氏が MacUser誌上で,実は昔からSFファンの間で使っていたんだ,と言い出す。

      中森氏は朝日新聞(だったと思う)のインタビューに答えて,もとは高校時代にクラスメートにつけたアダ名だったと話している。また,遠藤氏などと隠語として共有していたのは事実らしい。吾妻ひでお系同人誌の『はあど・しゅ~る新聞』によれば,『東京おとなクラブ』への掲載を「うちは,おたくがお客さんだから…」と遠藤氏が断ったため,中森氏が『漫画ブリッコ』に持ち込んだのが真相とのこと。

      もともと蔑称として始まったのは暗黙の事実だった。それまでの蔑称は「ネグラ」,「ロリコン」,「二次コン」などで,これらとくらべれば,ユーモアもあった。 あとは,それを自称し再定義しようとする,SFファンやアニメファンの闘争の歴史といってもいいかもしれない。
      --
      斜点是不是先進的先端的鉄道部長的…有信心
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    • 訂正です

      >あいてを「オタク」を使うように

      相手を「オタク」と呼ぶように

      失礼しました。
      --

      [tomoyu-n]
      親コメント
    • by tanh (4900) on 2003年03月13日 21時01分 (#278187)
      どこに書こうか迷ってしまうのですが。

      SFファンの間で、相手のことを「お宅」と呼ぶのが流行?
      したのが始まりと聞いたことがあります。
      それがアニメ方面などにも広まっていったような。
      SF大会ってかなり濃い人たちの集まりですよね。

      GAINAX が設立されるきっかけになった DAICON FILM なんかも
      SF大会で上映するために作られているし。
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  • やっぱり (スコア:2, おもしろおかしい)

    by 37A (12754) on 2003年03月13日 14時09分 (#277907) ホームページ 日記
    「おたく」はアニメトピックに入るのかぁ…
    --

    ----------------------------------------
    You can't always get what you want...
  • by kiyotan (3912) on 2003年03月13日 14時02分 (#277902) 日記
    「おたく族」って「族」がついてませんでした?
    #たけのこ族の親戚?ピーマンってのもあったか?
    ##いや、夕暮れ族ってのも...
    --
    Kiyotan
  • Re: おたく誕生20周年 (スコア:1, すばらしい洞察)

    by Anonymous Coward on 2003年03月13日 14時11分 (#277911)
    「人類」と命名される以前から人類が存在した
    ように、「おたく」と命名される以前からおたくは存在したわけで、
    「『おたく』誕生20周年」とすべきかと。

    それ以前でいうと、「ビョーキ」とかかな?

    # 細かいことなので AC
  • 自分が追いかけてたものを、今度は自分が造るようになってる人ってやっぱり多いのかな?
    自分はパソコンおたくなどと言われたけども、今もパソコンおたく止まりだなぁと感じる事があり、時々悲しい。
    • 問題の中森明夫のエッセイを載せたロリコン雑誌の編集長は,いまや評論家として論壇デビューしてる。
      そのエッセイ掲載を断ったミニコミ誌の編集長は,今も月刊アスキーでパソコン評論をしてる。
      また,問題のロリコン雑誌を読んでいた高校生は東大に入学し,何を間違ったかブルセラ評論家としてデビュー。
      彼とは別の東大SF研にはいった狂茶党員は,ケイザイ評論家としてデビュー。
      いっぽう,コミケでヤオイ本をあさっていた女子大生は,フェミニズムSF評論家としてデビュー。
      その旦那は,米文学評論家としてデビュー。
      そのころのSF大会実行委員長は,オタク評論家としてデビュー。

      というわけで。あなたも悲観せずに評論家デビューしてはいかが?
      --
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  • by bikeman (14466) on 2003年03月13日 14時56分 (#277942)
    確か、自分の記憶では、70年代に流行っていたアマチュア無線で、相手を呼ぶときに使っていたと思う。年齢差を超えた呼称として、「お宅」がぴったりだった。
    • by Anonymous Coward on 2003年03月13日 16時58分 (#278031)
      それは、

      ・一般的にアマチュア無線では2人称に「おたく」を使っていた

      のではなくて、

      ・あなたの周りの「おたく」がアマチュア無線をやっていた

      というだけの事と思われますが :-D
      # 70年代でも、ふつ~は「○○○(サフィックス)局」と呼んでたような...
      # アイボールでコールがわからない時は「OMさん」とか

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  • by zzztkf (4496) on 2003年03月13日 16時03分 (#277999) 日記
    80年代初期は個人的に一番ぴったりくる年代で、どちらも同時代と
    して体験した世代なんですが、ファーストガンダム(この呼び方が
    もうしっくりこない)が終わったのがたしか1980年の1月ごろでしょ。1983年をさして「しばらく」とはいえないような。少なくともそのころは「ガンダムがおわって、すげー長い時間がすぎた」
    感触でした。

    1983年ごろになにが一番テーマだったかはもう思い出せないんで
    すが、、、

    あのころは一年、一年がとても長く感じた。

    とりあえず、そのころはPCもインターネットも携帯電話も無かったが、そのかわり冷戦と相互確証破壊とハルマゲドンがあった。
    >
    --
    life is too short to hate each other.
  • by dice-k (9534) on 2003年03月13日 17時55分 (#278075) 日記
    個人的には宅八郎などによって、ステレオタイプな「おたく」
    が具現化されたあたりから「おたく」という用語が
    人口に膾炙するようになったような気がします。

    # '83 当時はまだ、ちっちゃなお友達だったですよ
    # 今は?(^^;;
  • by ultra_hawk_1 (13626) on 2003年03月13日 20時37分 (#278176) 日記
    “漫画ブリッコ” [geocities.co.jp]か。何もかもみな懐かしい……。

    藤原カムイ、岡崎京子、白倉由美、谷口敬、火野妖子、
    中田雅喜、いくたまき、寄生虫、計奈恵、ちみもりお(後の高屋良樹)、
    みなみゆうこ、悶悶、影次ケイ、後藤寿庵……書ききれん。
    (漫画が好きだった人ばかり書いているので当然漏れはたくさんあります)

    そして、途中で亡くなってしまった、「あぽ」こと、かがみ♪あきら。
    (本当は二連八分音符)
    当時、1984年10月号 [geocities.co.jp]を読んで、お亡くなりになった事を知った時の衝撃は今も忘れられません。
    これからの人だったのに……。

    中森明夫の連載とかは比較的どうでもよかったので読んでいなかったなあ。

    高校生だったのに買っていた時期もあったけどもう時効だろうからID
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