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5811 story

オープンソースにおける「オープンソースの定義」の重要性 252

ストーリー by Oliver
元々はDebian-Free-Software-Guideline 部門より

yaegashi 曰く、 "経済産業研究所(RIETI)/オモイカネ/OSDN/日記界/他を巻き込んだ一連の日本におけるオープンソース(ukai 氏による wiki リンク集) の議論に関連して、「オープンソースの定義」の意義 と題する mhatta 氏の新しい記事が japan.linux.com に掲載された。
内容は、Open Source Initiative (OSI)オープンソースの定義 (OSD) に準拠しないソフトウェアをもオープンソースと呼ぶことの危険性を指摘したものであり、先日 RIETI のサイトに掲載されたオモイカネの大熊氏の反論文書(PDF) への反論ともなっている。
なぜこのように OSD を尊重すべきかという問いに対しては、前のストーリーの Oliver 氏のコメントが短めな回答になっていると思うが、今回の mhatta 氏の記事は、バザール型開発の原理やオープンソース運動成立の経緯などを解説しつつ、その重要性を論じたわかりやすいものとなっている。今回の一連のオープンソースの議論に感心のある方にはぜひ一読をおすすめしたい。
またもうひとつの大きな論点であるところの「日本発のオープンソース」の意義については、スペースの関係からか mhatta 氏の今回の記事での評論は見送られたようだ。なるべく早く次の記事が読めることを期待しよう。"

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
  • コメントで mhatta 氏の記事の感想を述べるのも結構ですが、 せっかく新しいストーリーができて仕切り直しとなったことですので、 この記事で得られるオープンソースへの認識を共有しつつ、 大元の話題であるオープンソース政策についても議論しませんか。 お題は、政策は OSI の定義をどれだけ尊重すべきかについて。

    前のストーリーには こういうコメント [srad.jp] もあったのですが、 残念ながら他のノイズにかきけされて議論があまり発展しなかったようです。

    # スコア +1 ボーナスを使っておきます

    • by Anonymous Coward on 2003年06月02日 13時25分 (#327886)
      OSIの定義を尊重するのは前提だと私は思います。
      今回は「オープンソースを含むソースが閲覧可能なソフトウェア」を
      オープンソースと呼ぼうとしたせいで混乱が起こったわけです。
      題材についての共通認識を得ずに議論は出来ませんから、
      大熊氏のあやふやな定義に対する反論が出ているのです。
      #もちろん、単なる罵詈雑言も多数ですが。

      大熊氏は「広い意味でオープンソースである」という説明ではなく、
      定義及び用語法を省みて文書の改訂をするべきではないでしょうか。
      親コメント
    • >この記事で得られるオープンソースへの認識を共有しつつ、大元の話題である
      >オープンソース政策についても議論しませんか。

      「Slashdotに聞け」でタレコミしてみるとかしてみてはどうでしょう?
      --
      ---- redbrick
      親コメント
  • Open-Development (スコア:2, 興味深い)

    by tyamagch (672) on 2003年06月02日 9時19分 (#327721) 日記
    件の記事を流し読みしただけですが。
    ソースが公開されバザール形式に代表されるオープンな開発形
    態が取られる点に重要性を認めるのであれば、オープン開発
    (Open-Development)と呼んだほうが誤解が少ないように思い
    ます。
    閉ざされた環境で開発されるプロプライエタリなソフトウェア
    との差もはっきりするわけだし。

    もっとも、エライ人たちが提唱してある程度定着した「Open-
    Source」という呼び名が今更覆るとは思いませんが。
    あ、mhatta 氏の主張には基本的に賛成です。「オープンソース」
    を称することでオープンソース運動が提唱する知的資産の公開・
    共有に賛同しているふりをする動きを防ぐためにも。

    --
    Don't ask me why!
  • by T.Sawamoto (4142) on 2003年06月02日 10時06分 (#327749)
    八田氏の記事中で気になったのが、パブリック・ドメインに関する部分です。
    八田氏の語調はパブリック・ドメインに対して否定的なように読めるのですが、これはオープンソースとは相容れないものである、ということなのでしょうか?

    私は、『ソースコードがパブリック・ドメインとされたソフト*1』はOSDには矛盾しないと考えていたのですが、これはオープンソースに含めるべきではないのでしょうか。
    (*1 面倒なので以下PDSと書きます。『バイナリだけPDS』は、ここでは考えないということで)

    別段PDSがオープンソース(あるいは『自由なソフト』)でなくても私は構わないんですが、オープンソースの定義を明確にするのなら、この点もはっきりしてほしいと感じました。

    実際、/.Jでは「オープンソース・ムーブメントとは相容れない」とか「無責任なソフト」という意見も目にしたことがありました。
    私がPDS界(って何?(^^;))を代表するわけではありませんが、PDS公開しているものの一人として、ぜひ皆さんの意見をお聞きしたいと思います。

    # 『立つ瀬』は私自身が決めます。
    # なければ泳げばいいし(^^;)
  • 正直 (スコア:2, 興味深い)

    by Anonymous Coward on 2003年06月02日 10時18分 (#327760)
    私はSourceForgeで一人オープンソース(一応GNUライセンス)を
    やっていますが、「42件~」からの一連の騒ぎについて、こんなにも
    オープンソースの定義にこだわる人が多いということに少々困惑して
    います。

    私がソースをオープンにする理由はたいしたものではありません。
    ソースをオープンにすることで何か面白いことが起こるかも知れない
    なあ、という程度です。予想に反して反響はほとんどないですが。
    だから、私などまつもと氏や八田氏などとは比較にならない無名の
    小物に過ぎません。

    正直なところ私はGNUでもApacheライセンスでもBSDでもどうでも
    よい、と思っていました。
    そうではない、ということは八田氏の寄稿文を読んでわかりました
    が、私などはどうしてもある種の宗教臭さを感じてなりません。

    宗教的なものに対してアレルギーを示す人は決して少なくないと思わ
    れるので、あまり原理主義的なものにこだわりすぎるのも、オープン
    ソースに興味を持ち、参加しようとする人を呼び込む意味で大きな
    マイナスになるのでは、と危惧しています。
    #新しい血が入らずにクローズドになった組織・コミュニティが衰退
    していくのは今更指摘するまでもない、と思います。

    オープンソースコミュニティが過激派イスラム原理主義者のごとく
    ならないよう祈ってやみません・・・。

    長文失礼致しました。
    • by Anonymous Coward on 2003年06月02日 10時57分 (#327786)
      GNU GPL も Apache ライセンスも BSD ライセンスも、ぜんぶ OSD の言う「オープンソースの定義」に合致しますし、 GNU の言う「フリーソフトウェア」に含まれます。

      ですので、GPL でも Apache でも BSD でも何でもよい、 というのは、オープンソースな人々にとっては完全に同意できることですし、 GNU な人々にとってもある程度は同意できることだと思います。

      ただ、「ソースは公開するけど再配布のときには一声かけてね」 とか「改変しないでね」というライセンスだと、 ネットワークや CD-ROM などで作者の応対能力を超えて広く流通したり、 改良や修正や流用などの派生効果が生じたりということが期待できないわけで、 そういうライセンスでさえなければいいのだと思います。

      親コメント
    • Re:正直 (スコア:2, 興味深い)

      by mhatta (70) on 2003年06月03日 1時47分 (#328435) ホームページ 日記

      いや、どちらかというと、元の投稿者のような人を想定してあの文章を書きました。私でも、「クローズドなソフトウェアは倫理的じゃない!だからすべからくフリーにしなきゃダメ」とか大上段に言われると、ついていけません。

      あの文章が「原理主義的」と感じられたのはひとえに私の筆力不足でしょうが、意図としては全く逆で、作者の「信念」(開発者は全員ボランティア精神だけでやっていると思う人が未だに多いのです)などが無くても、ちゃんとオープンソースによるバザール型開発は回るんだ、ということを論証しようとしました。簡単に言えば、ソフトウェアを公開するとこんな良いことがある、その際に少し注意すると、良いことが倍増するかも知れない、という程度の話です。で、そういった注意をまとめたものがOSDなので、尊重したほうがいいですよ、と。

      ライセンスに関しては、本当にどうでもよければパブリック・ドメインを宣言してしまうのが良いと思います。ご自分のクレジットを多少なりとも残したければBSDライセンス、さらに加えて自分の書いたものが未来永劫誰でも自由に使えることを保証したければ、GNU GPLが良い選択肢でしょう。

      --
      mhatta was here
      親コメント
    • by kjm (1606) on 2003年06月02日 11時38分 (#327816) ホームページ
      正直なところ私はGNUでもApacheライセンスでもBSDでもどうでもよい、と思っていました。そうではない、ということは八田氏の寄稿文を読んでわかりましたが、私などはどうしてもある種の宗教臭さを感じてなりません。
      GNU GPL が持つ「ある種の宗教臭さ」に賛同できないのであれば、GNU GPL を使うべきではないと思います。
      親コメント
      • by Quo Vadis (10810) on 2003年06月02日 14時57分 (#327944)
        >GNU GPL が持つ「ある種の宗教臭さ」に賛同できないのであれば、GNU GPL を使うべきではないと思います。

        元コメント者は、八田氏の文章に対して宗教臭さを感じたのでは?
        親コメント
    • Re:正直 (スコア:1, すばらしい洞察)

      by Anonymous Coward on 2003年06月02日 12時13分 (#327847)
      > 正直なところ私はGNUでもApacheライセンスでもBSDでもどうでもよい、と思っていました。

      うーん、その感覚が理解できないです。。。

      オープンソースに適合するとはいえ、それぞれ特徴があるものなんで、
      その特徴を踏まえたりはしないでしょうか。
      というか、それぞれのライセンスを理解しようとはしないのでしょうか。
      理解したらなんでもいいなんてことはあり得ないと思うんですよ。

      どうでもいいっていうんならユルユルのBSDとかにしておけばいいわけで、
      なぜ最右翼のGPLなどを選択したんでしょう。メジャーだから?

      私が心配するのは、ライセンスの内容をを知りもしないで採用して、
      正しくライセンスに従って自由に活用しているユーザが、
      理解していないあなたに文句をいわれたりしないかどうか、です。

      GPLについて理解した上で採用しているのならごめんなさい。
      でもどれでもいい、なんて理解しているとは思えないのです。

      あと、宗教臭はライセンスの必要性を実感していないから感じるのかもしれません。
      それぞれのライセンスは、実際に必要にかられれて、
      よくよく考えられた結果というだけにすぎません。
      宗教というよりかは、思想でしょうね。
      親コメント
    • by shudo (7398) on 2003年06月02日 13時25分 (#327887) ホームページ
      > 正直なところ私はGNUでもApacheライセンスでもBSDでもどうでも
      > よい、と思っていました。

      こういう方にとって、現状、
      ソフトウェアをきちんと公開できるまでの敷居が
      高くなってしまっていないでしょうか。

      「ソースを公開して、自慢したりフィードバックを得たりしたい、
          共同開発者を募りたい。
          それには、何らかのライセンス条項を付けた方がいいらしい。
          GNU GPL? BSD? Apache?
          僕はどれを採用すべきで、どれを採用すべきでないのだろう?」
      親コメント
      • by vbsnbk (13976) on 2003年06月02日 14時36分 (#327931) 日記
        >「ソースを公開して、自慢したりフィードバックを得たりしたい、
        > 共同開発者を募りたい。
        > それには、
        >何らかのライセンス条項を付けた方がいいらしい。
        > GNU GPL? BSD? Apache?
        > 僕はどれを採用すべきで、
        >どれを採用すべきでないのだろう?」
        そのような人は面倒がらずに自前のライセンスを作るのがいいんじゃないかな。
        少なくともこの社会、法律が絡む場合にはなにがしかの面倒な仕事をしなきゃならん、
        というコストは避けられないのが実情なんですな……。
        #いや、一応5年ばかり小さな独自ライセンスのソフトを公開していた関係上、その気持ちはよく分かるのですが。
        #オープンソース、という言葉を聞き始めた頃に面倒になって止めちゃいましたが。
        親コメント
      • by harux (9573) on 2003年06月02日 16時24分 (#328005) ホームページ 日記
        >こういう方にとって、現状、
        >ソフトウェアをきちんと公開できるまでの敷居が
        >高くなってしまっていないでしょうか。

        こういう方は、
        GNU GPLやBSDなぞ使わずに、
        「自由に使ってください。改造可。バグ報告歓迎。」
        とか、そんな感じで自分の好きな制限つけて公開すればよろしいのじゃないですか?

        有り物ライセンス使うほうが楽だと思いますけどね。
        いっぱいあるオープンソースの多くについて、その特徴を比較検討しなくても、
        メジャーなものので、内容が自分が納得できるものであれば、
        ひとまずそれを使えばいいのだし。
        親コメント
  • by Circlive (12651) on 2003年06月02日 8時41分 (#327706) 日記

    自分はGNU信者なので、オープンソース運動自体が「ひよった」ものに見えてしまうんですけどね。

    正直、ESRのしたことを揶揄したいわけじゃないけど、GNUやRMSの「宗教がかったところ」をオブラートにくるもうとした結果がオープンソースなんじゃないか、と。で、オープンソースでもまだまだアレだと感じた人たちが大熊氏のようなやり方をしちゃうってことじゃないか、と。

    --
    ...芸というものは一生勉強だと思っています...
  • 「オープンソースという言葉は使わないようにする」という選択肢が一番正しいように思うのですが、いかがでしょうか。
    (かつてフリーウェアのことをPDSと呼んでいた時代があったことを思い出そう。)
    Why ``Free Software'' is better than ``Open Source'' [fsf.org]
    フリーソフトウェアと自由な社会 ―Richard M. Stallmanエッセイ集 [amazon.co.jp]
  • 定義問題って、結局どっちかが別の名前を普及させるか、どっちかが諦め
    るまで続くんじゃないかと思う。

    結局、今回の件に関しては、ある陣営が「ソースをオープンにする」以上
    の何かまで含めて「オープンソース」と呼ぶようになったのが誤解の始ま
    りなのでは。なんか別の名前にしたら駄目なの?
  • by Anonymous Coward on 2003年06月02日 11時30分 (#327809)
    • あえて Public Domain を選択する作者は仲間はずれなんですかそうですか。

      Public Domain こそ究極のハッカー倫理。その上で、 それの「弱い」点を武器をもって守ろうとする GPL とかには もちろん敬意は払うけど、かといって、PDSを「排除」しようと いうような思考と発言はあまり感心できない。

      それから、PDS と BSD への意識の境目を聞いてみたい。 にたようなことは、GNU の偉い人も言ってた気がするけど、 そっちは、BSDライセンスもPDSもひっくるめてうだうだ 言ってたので、軍人さん的思考としての筋は通ると思う。

    • 「オープンソースの商標を取って、オープンソース(R)として用語の利用を制限すれば良いではないか」の意見があった、は少々 事実誤認では?

      単に「オープンソース(R)使えばよいだろう」だったはず。 元の発言者はすでに商標がとられていることを認識した上で こう発言しているのに、「商標を取って」をつけるのは、 それを正しく伝えて無いと思う。

      意見主張したいならそれこそ「やりたくない」なんて 道具選んでる場合じゃないだろう。工業所有権法を盾に した商標を毛嫌いするなら、著作権法を盾にしたGPL を 使うことに対する意識との差を聞いてみたい。

  • オープンソースの定義 [opensource.gr.jp]を読むと、

    5. 個人やグループに対する差別の禁止
    6. 利用する分野(fields of endeavor)に対する差別の禁止

    は、心情的にどうかと思う面もあるといえばありますね。
    いや、否定しちゃいけないことなんだろうけど。

    上記とは別に、うまく説明できないので申し訳ないんですが、
    このページの各項の「理由」を読むと何か違和感を感じる部分がある。
    「許可」と「禁止」がこの「理由」でなんか曲げられているような……
    素直に文面を読んではいけないのだろうか、というか。

    ライセンスとオープンソース(ライセンス?)がなんか
    すっきりしないというのか……
    --

    本当かい♪本当かい♪
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