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5843 story

みんなの考えた「オープンソース」 578

ストーリー by Oliver
人はそれをエセと呼ぶ 部門より

k3c 曰く、 "みんなの考えたオープンソースというWebページが開設されている。オープンソースの定義には合致しないのにオープンソースを自称しているソフトウェア、オープンソースに対する間違った解説の実例をWikiによって広く収集していこうという試みで、既に多くの実例が投稿されている。マスコミ、ソフトウェア開発者・会社、研究者、など、実に広い範囲で「オープンソース」という言葉が誤解されている、あるいはさらに誤解を招きそうな表現で解説されていることが分かる。中には、指摘された内容が指摘後改訂されている例や、sourceforge.jpでホスティングされているのになぜかライセンスで使用する分野を限定している例なんてのもあり興味深い。当てはまる例をご存知のヒトはどんどん追加してみましょう。そのうち何かが見えて来るかも…。"

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  • リストアップの意味 (スコア:3, すばらしい洞察)

    by Lef (7962) on 2003年06月06日 22時37分 (#330935) 日記
    こういうリストアップ(まつもとさんのMatzの日記 [rubyist.net]では「晒す」と書かれていますが…)は、本当にやるべきなのでしょうか。

    リストアップされた人が、厳密な「オープンソース」の定義に無自覚なのは事実だと思います。
    でも、ここで一方的にリストアップされることで、「晒された」側の人は悪い印象やおそろしいという感じを受け、その結果「オープンソース」から遠ざかることになってしまう可能性はないでしょうか。
    そうは思いたくないのですが、もしそういった圧力をかけるようなことが目的なら仕方がないと思います。
    でも、OSD準拠のオープンソースが広まってほしいと思っていて、それが目的なのであれば、こういう形はとらずに作者に直接コンタクトをとって、まず話をしてみるべきなのでは。
    それによって厳密な意味でのオープンソースが増えていく、というのが理想なのではないのでしょうか。

    リストアップよりも、例えばこういう事態が生じた原因として影響が大きいであろうメディア上での単語の使われ方をもっと正していくような活動が先だったりしませんか。

    「オープンソース」のロボット PINO [srad.jp]
    オープンソースミュージック [srad.jp]

    この辺とか疑問があるんですけど。:)
    (そもそもこれらはどういうライセンスなのだろう(苦笑))
    • by matz (2690) on 2003年06月06日 23時18分 (#330956) ホームページ
      目的としては、

      1.まずどれだけ無理解が広まっているかを認識する。
      2.無理解のパターンを研究する
      3.対抗策についての議論の材料にする

      などがありますから、集めることに意義があると思います。

      だれでも無謬ではありませんから、間違いの指摘程度で「おそろしい」と思ってもらっては困ります。実際にWebで広く誤解を広めているのに。

      それから、メディアでの使用例も当然リストの対象だと思います。
      --
      まつもと ゆきひろ /;|)
      親コメント
  • 固有名詞? (スコア:3, すばらしい洞察)

    by Anonymous Coward on 2003年06月07日 0時25分 (#331018)
    「オープンソース」という一般名詞的な言葉に
    固有名詞としての意味を込めるから混乱するんでしょうね。
    バックグラウンドの知識が無い人が
    「ソースがオープンならオープンソース」と
    誤解するのも無理は無いはず。
    理想としては別の言葉を考えるべきでした。

    MSがかつてWindowsという言葉は汎用語句ではない [zdnet.co.jp]
    とか主張していたことを思い出しちゃいました。
    • by Anonymous Coward on 2003年06月07日 1時50分 (#331103)
      オープンソースは商標 [linux.com]です、と主張するのが良いと思う。オープンソース(R)という言葉の正しい意味と、正しい意味で使うことの意義を、マスコミに分かるように書いてプレスリリース出したら?
      親コメント
  • ダメな例ばかり挙げているのも何ですので。

    Windows用のメーラ電信八号 [esprix.net]はオープンソースではありませんが、 自ら「オープンソースではない [esprix.net]」とはっきり書いてあります。しかも解説付き。

    結構勘違いしている人がいるのですが、私たちは「オープンソースにしろ」と言っているわけではありません。「オープンソースでないならそう名乗らないでくれ」というだけです。そういう意味で、電八の姿勢は非常にまっとうで素晴らしいと思います。

    --
    mhatta was here
  • by Anonymous Coward on 2003年06月06日 23時24分 (#330958)
    の作者なのですが、ここ数年
    プログラムをオープンソースにしてよ!
    オープンソースじゃないと駄目だ!
    オープンにしろケチ!!
    といったメールにウンザリしています。
    彼等は引き換えに何かしてくれるといった事は一切書いて来ません。
    見返りを求める事は良くないのかもしれませんが、せめて
    メンテナンスをしてくれるとか、マニュアルを作成してくれるとか
    何か買って出て欲しいですね。
    ついでに、過激なメールを送ってくる人の多くがフリーメールで
    信頼できないってのもありますが。

    こーいった人々が増えない為にもオープンソースとは
    何なのかを広く知らしめる事は大切かとは思います。
    • by G7 (3009) on 2003年06月07日 2時52分 (#331175)
      >メールにウンザリしています。

      そんな連中に感化されて、あるいは根負けして、あるいはそのどれでもなくても構わないですが、
      とにかくソースを公開したとして、
      たぶんあなたは何も失いません
      #もちろん、今のところOpenSourceにしないことで何かメリットを得ているなら、話は別ですが。

      OpenSource(や似非OpenSource(笑))って、つまりそういうもんだと思う。
      誰が何を言おうが、それとは無関係に、出したいものは出す。それだけ。
      うるさい連中がいるからって、意固地(たとえばですよ)になってコードを出さなくても、
      逆にあなたは何かを得られるわけじゃないんです。

      まあ、こじつけようと思えば色々こじつけられますよ。OpenSourceにする自分にとってのメリットをね。
      例えば、「俺様はこんなソフトを書けるんだぜ。少なくともコード書けないDQNよりはマシであることが、
      今ここにソースが存在することで、証明されたんだぜ。」と思い込む(^^;材料にするとか、さ。
      なんとなく「勝った気分」を味わう、って奴です。

      かたい事考える必要は、まあ、無いです。
      どっちにせよ、当たり前ですがオリジナル版は、あなたのwebサイトやHDDがクラックでもされん限り
      損なわれないわけなので、公開したっていいじゃんいいじゃんって感じです。

      #その辺の事情に負けて(笑)、(肉筆)絵から作曲に趣味を転向した、なんてなことも有ったのでG7
      #絵が売れちゃうのは「苦しい」んだけど、曲(譜面)なら売れてもCopyすれば済むものだから、痛みを覚えずに済む。

      >信頼できないってのもありますが。

      信頼なんて不要です。

      あなたがソースを出そうが出すまいが、
      不心得者(仮にそうだとして)は、どうせ世の中には以前から存在し、今後も居るんです。
      それがたまたまあなたに接触(?)を図ったかどうかの差でしかないです。

      バイナリ出す先も、ソース出す先も、どうせ同じ「世間」なんですよ。
      ほどほどにしか信用できない相手なんです。

      信用できる(できない)から出す(出さない)ってのは、あんまり意味がない考え方だと思っています。

      #ただし、ソースを出すことで世間ががらっと変わってしまうほどの、とんでもないKillerなソフトであって、
      #かつその世間への影響度は、バイナリしか出さない場合とでは凄く違ってしまう、というソフトならば話は別ですが、
      #不幸にして俺には、そんな凄い(というか不思議な)ソフトは想像もつかないんで…
      親コメント
  • by keita (844) on 2003年06月07日 0時23分 (#331014) 日記
    八田氏の"「オープンソースの定義」の意義"では、
    オープンソースとバザールモデルの関係が強調されていました。
    そこで思うのは、これらのリストに挙げられた人々の定義する
    「オープンソース」は果たしてバザールモデルを成功させられるか、
    またそもそも彼らはバザールモデルに期待しているのか、
    という疑問です。

    もしも彼らがバザールモデルに期待してこの用語を用いているのならば
    それを正すのは意義があるように思います。
    だから啓蒙活動という視点すれば間違っていることを指摘するだけでなく、
    その定義でバザールモデルは成立するのか、
    また効果的なのかを論じることが有意義と思います。
  • by Anonymous Coward on 2003年06月07日 0時42分 (#331037)
    戦略を変えませんか。「オープンソース」という言葉にこだわる
    のではなく、「オープンソースの定義」(以下OSDと訳す)自体の
    理解をひろめることを目的にするように。(オープンソースという
    呼び方を変えるということではない)

    すべての人にある言葉を特定の意味で使わせることは、事実上
    不可能ですし、ここでの最近の議論をみても、そういう努力は
    正直、徒労という感じが否定できません。

    とりあえず、不特定多数相手にオープンソースという言葉を使う
    ときは必ず、OSDについての説明もするようにしましょう。

    上のほうでOSDがよく理解できない、といった人がいましたが
    OSDについてのわかりやすい解説文書もほしいですね。

    くりかえしますが大事なのは呼び方ではなく内容です。
  • by j3259 (7093) on 2003年06月07日 14時35分 (#331545) ホームページ 日記
    なんか昨今の「オープンソース」は「フリー」陣営みたいにカルト宗教化してきて気持ちが悪いものになってきてるなぁ、というのが僕の印象です。
    僕はオープンでも、会社のプロプラでも両方で開発して、それぞれよさがあると思うし。バクトラッカ、CVS、その他のバザール型とかは大好きなんだけどね。

    で、ちょっと思うのは、日本語のカタカナで「オープンソース」って書いたのにとやかく言うのは限界があるんじゃないかなって事。
    元の Open Source は大文字の Open と Source で固有名詞であるわけで、だからこそ定義ってのをすることができるわけだけど、一般的な言葉であるオープンとソースってカタカナだと、誤解が生まれて当然って気もする。
    open source って小文字で書けば、公開されたソースコードっていう意味で、Linux、Free Software、Apache とか Mozilla とかのムーブメント全般を指したりして、曖昧に普通に英語圏で使われてるし。
    slashdot を open source community の溜まり場みたいに表現したりして。そういう用法の場合は、OSI の定義 [opensource.org]みたいな厳密な話じゃぜんぜんないわけで、大文字で Open Source と固有名詞化して、「あのオープンソース」ってなるわけで。

    俺たちがやってるのはこういう「オープンソース」で、そこに税金突っ込んでくれないと意味無いんだよって啓蒙は結構なんだけど、曖昧に輸入された概念にいまさら定義でツッコミを入れまくるのはどうかなって思います。
    言葉うんぬんよりも、こういうライセンスがありますよ、とかバクトラッカ使いましょうとか、CVS使ってますか?とか他にもオープン陣営は啓蒙することがあるんじゃないかな。ソースだけ開いても、ソフトウェアを育む土壌がなければ、何も育たないわけで。
    まずは形からってのはいかにも日本的で、また面白いわけですが。とりあえず、流行で終わらないで欲しいですね。

  • 「オープンソースの定義」に合致したつもりの独自ライセンスが、実際に合致しているかどうかはビミョーな場合もある。

    Perens(「オープンソースの定義」を定義した人)

    OSI(「オープンソースの定義」に合致しているかどうか決める人(々))
    ですら解釈が違っ [neweb.ne.jp] [neweb.ne.jp]わけだし。

    突き詰めると「既に認定済みのもの以外はオープンソースと呼ぶな」ということになりませんか?
  • by Anonymous Coward on 2003年06月06日 20時12分 (#330880)
    私のような(オープンソースが良く分かんない)人から見れば、好感が持てる文章だと思います
    過去のストーリーなどでは、"我らの敵を殲滅すべし"みたいな雰囲気で、理屈以前の段階で引いてしまう人も結構居るように思いますが
    この文章ならば、正しく理解しようという気になるのではないでしょうか
  • 楽しそうだけど... (スコア:1, すばらしい洞察)

    by Anonymous Coward on 2003年06月06日 20時39分 (#330888)
    「みんなの考えた」って、こんな表題では、
    定義を理解している連中がふざけて変なライセンス文を書き、
    「私の考えたオープンソースです」とか言い出しそうだなぁ。

    これからネタへ走ろうとしているオープンソース開発者へ。
    ライセンス文中のネタは、ネタと分かるように書きましょう。
    • by naruse (12596) on 2003年06月07日 4時01分 (#331226) ホームページ 日記
      「みんなの考えた」というのは、
      「個々人が好き勝手に考え、曲解して創りだした」と言いたいのを、
      ぐっとこらえて皮肉っぽく表現しているのだと思いますが。

      実際に行って、最初の方の
      > オープンソースの定義に合致しないにもかかわらず「オープンソース」であると自称/解説しているものが世にあふれかえっているようです。
      >そのような「オープンソースの定義には合致しないのにオープンソースを自称しているソフトウェア」や「オープンソースに対する間違った解説」の実例を収集して研究してみましょう。
      のあたりを見れば、
      「みんなの考えたオープンソース」を肯定しているのでないことは明らかです。
      親コメント
  •  みんなタレコミに投稿するのにオープンソースを
    検索してるんだろうなぁ、と思った俺は
    “オーブンソース”でググ [google.co.jp]ってみた。

    かな~り、あるね。こうばしそうなオーンソースが。
    --
    やなぎ
    字面じゃなく論旨を読もう。モデレートはそれからだ
    • by moci (11748) on 2003年06月07日 1時08分 (#331062) 日記

      オーブンソースなら、オープンソースではないのだから、オープンソースの定義にとらわれることなく、勝手な制限をつけくわえる自由がありましょう。てなことまで考えて、意図的にオーブンソースで公開されているソフトウェアがあったら、それはそれでイヤかも。

      親コメント
  • 良かれと思ってソースを公開する→ソースを公開していることを示すために「オープンソースとします」と書いておく→そもそもライセンスをどうのこうのというほどのコードでもないから曖昧に→晒される

    というか、件のページの目的は、「これからはなるべくオープンソースって言葉を使わないようにしよう」と思わせることに有るようにしか思えない。
    それぞれにそれぞれのポリシーが有って、OSIの定義から外れたオープンソースもどきを作っているワケで、それをオープンソースの定義に合わせて変更しようと思うほうがおかしい。
    期待されているのは、オープンソースもどきが「オープンソース」を名乗らないということだ。

    「オープンソース」ブランドは魅力的だ。
    少しは流行ったから、自分好みに改造してやろうとか、なにかサンプルはないか といった人間を比較的簡単に誘導できる。
    でも、ブランドへの加入条件は厳しい。
    ソースを利用する人間にもライセンス条項を理解し吟味することを要求させる。
    コミュニティによるチェック機構もあるわけだ。

    自分の5000行も無いようなコードを「オープンソース」にするには負担が重過ぎる。
    コミュニティと喧嘩する気もない。

    だから、
     これからはオープンソースという言葉を使わないようにしよう。

    # osdev-jはとりあえず「オープンソースもどきに修正して晒されるのを回避
    • よくわからない (スコア:2, すばらしい洞察)

      by Anonymous Coward on 2003年06月07日 2時45分 (#331161)
      >良かれと思ってソースを公開する→ソースを公開していることを示すために「オープンソースとします」と書いておく→そもそもライセンスをどうのこうのというほどのコードでもないから曖昧に→晒される

      ソースを公開していることを示すには「ソースを公開しています」と書くのが一番だと思うのですが、なぜわざわざ「オープンソースとします」なんて書きたくなるのでしょう?
      ライセンス条項を理解し吟味したくないのでライセンスは使わないという一方で、オープンソースという言葉の内容については何も考えず使えるのはなぜなんでしょう?

      >ソースを利用する人間にもライセンス条項を理解し吟味することを要求させる。

      「オープンソースとします」だけ書いてあとは曖昧になっている場合、ソースの利用者に利用条件を確認するために作者に連絡を取ることを要求することになるのですが、どちらが大変ですか?

      >自分の5000行も無いようなコードを「オープンソース」にするには負担が重過ぎる。
      >コミュニティと喧嘩する気もない。

      どんな負担がありますか?
      なぜコミュニティと喧嘩する必要があるんですか?
      親コメント
    • コメントのみに反応します。
      (ライセンスに関する話は既に行われていますよね。
       G7さんの「あなたは何も失わない」というのが
       一つの答えだと思います)

      某所に提出した申請文に書いた通りの事をやっている
      と思うのですが、その osdev-j というのは何か反する
      様な事をしていましたっけ?

      まずいことをしていないのであれば、そもそも隠れよう
      とする理由がわかりません。
      指摘に対する対応や議論は可能だと思いますよ。

      まずいことをしているのであれば、「もどき」を付け
      れば回避できるというものではありません。

      良い機会かと思いますので、ご検討を願います:)

      #申請文書いた人より
      親コメント
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Stay hungry, Stay foolish. -- Steven Paul Jobs

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