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7184 story

GPLと日本の法律 148

ストーリー by Oliver
所変われば法変わる 部門より

mixca 曰く、 "昨年12月に開催された「Open Source Way 2003」で弁護士の小倉秀夫氏によって「GPLに関する法律問題~日本法とGPLの整合性~」と題された講演が行われました(linux.japan.comによるレポート)。私は公演に出席しておりませんので、その詳細な内容については判りませんが、内容を纏めたものがCNET Japanに「GPLは契約として成り立つか---日本法との整合性を検証する」として掲載されております。その内容を強引に纏めると「現状のライセンス内容ではGPLを日本国内で完全に有効と見なす事は難しい」となっており、/.的には(恐らく)看過できない結論となっております。
また小倉氏が取り上げた主な「有効と見なせない」理由として日本の著作権に付随する権利である「著作人格権(概要は「とびだせ辞典(マンガ著作権)」が判りやすい:-))」があがっておりますが、この「著作人格権」はローレンス・レッシグ氏提唱の「クリエイティブ・コモンズ」を日本の著作権法に対応させる際にも問題となった経緯がありました。クリエイティブ・コモンズ・ジャパンでは日本国内専用の独自ライセンスとして「日本版クリエイティブ・コモンズ(CCjp)」を作成、本問題に対応しました(現在ドラフト版を公開中。また、経緯はHotWired Japan特集ページが詳しい)。
/.-jの皆様におかれましてはGPLを日本の著作権法に対応させる為の問題について、どのようにお考えでしょうか?そもそも日本国内でも完全に有効?それとも「GPLjp」なるライセンス(もしくはそれに類するGPLライクなライセンス)を新たに作成する必要がある?どちらにしてもクリエイティブコモンズの歩みは参考となる事でしょう。"

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
  • by Anonymous Coward on 2004年01月06日 4時57分 (#466248)
    「有効と見なせない」理由として
    GPLでプログラムを公開した人が、プログラムの著作者から著作権を譲り受けた人である場合だ。「このとき、著作者がプログラムの改変について同意しているとは限らない」(小倉氏)。
    というのを挙げているが、そもそもGPLで公開することを許諾されていない人が「勝手に」GPLで公開するという時点でマズい訳で、改変云々は関係無いのでは?
    著作権者がGPLで公開することを許諾しているのであれば、改変も当然に許諾されているはずだし。
    要するに、同一性保持権以前に公表権というのがある訳で、「GPLとして公表する事」を著作者人格権保持者(著作者)が著作財産権保持者(著作者以外の場合も有り得る)に許諾するか否かという問題でしょ?
    公表権も同一性保持権も、著作者に一身専属の著作者人格権で他人に譲渡不可能な権利なので、当然に同一人が保持しているはずですから、ここでズレが出ることは考えられない。

    それと、GPLjpみたいなのを作るのはマズいでしょうね。
    GPLはGPLで再配布しなくてはいけない。
    GPLjpはGPLjpで再配布しなくてはいけない。
    という2つの制限があると、マージする事は不可能になりますから。

    • by H_Hucke (8626) on 2004年01月06日 9時11分 (#466296)
      >著作権者がGPLで公開することを許諾しているのであれば、改変も当然に許諾されているはずだし。

      それはどうでしょうか?契約の有効性という観点から考えると、ちょっと
      問題があるように思います。

      GPL での配布を許諾する契約を結ぶということは、GPL の下で著作物に対し
      て行われるあらゆる改変を、著作者があらかじめ許諾するということになり
      ます。また、著作者は改変を妨げることもできません。しかし、改変範囲を
      定めず、改変をやめさせられないのは著作人格権を行使できないことと同じ
      です。著作物を取得した人が著作物に対してなんでもできてしまうのに、
      著作者がそれを止めることができないわけですから。これはもちろん法的に
      無効です。

      つまり、日本の法律の下では著作人格権を行使する、しないを決めるのは、
      あくまでも著作者の意思であり、その意思を行使する権利を完全に奪って
      しまう契約は法的に問題がある、ということではないかと思います。

      今更、書くまでもないことですけど、やはり従来の著作物とソフトウェア
      を同じ法であつかうことに無理があるのでしょう。

      親コメント
    • >著作権者がGPLで公開することを許諾しているのであれば、改変も当然に許諾されているはずだし。
      (中略)
      >公表権も同一性保持権も、著作者に一身専属の著作者人格権で他人に譲渡不可能な権利なので、当然に同一人が保持しているはずですから、ここでズレが出ることは考えられない。

      著作権の譲渡をするときは、「著作者人格権の行使をしない」と付帯条項を付けて契約すると聞いたことがある。
      改変は認めたが侮辱するような改変は認められないとか、原作者からの横槍をかわす為にね。
      映画化とか部分的な奴でも、映画化した奴らは「良い出来だ」と思っても、原作者はぶち切れ寸前みたいになる場合がある。
      例えば、新撰組の沖田は開国主義の坂本と知り合いで、知り合いであるが故の苦悩を表現した作品を、説得や主張し合うところをばっさり省き、その為に「相手の考えも分かるし、他の主義者の主張も分かるが、自分の立場などを含めた苦悩の描写」ではなく、対立する主義者同士の戦争活劇として映画化みたいな感じ。

      改変を認めると、全てのいかなる改変を認めたことになるのか否かってのが微妙なんじゃないの。
      GPLはいかなる改変も認める発想だが、「クラッキングツールの原作者の○○さん」とマスコミ発表されてから「俺が原作者の訳無いじゃん」と思いクレームつけたら、「そう言った表現は止めるが、ソースに著作権表示があるので氏名表示権の制約上、記事で引用する場合には表示義務が課せられるので、その点はご了承いただきたい」みたいな展開にもなりかねないのが現状なんじゃないの?

      ついでに、「改変して良いよ」とか、「映画化して良いよ」みたいな奴は、断りがないので無償で自由にと言う意味か、断りが無いから有償で契約の範囲でと言う意味かは分かれるよね。
      仕事としてならば、有償が原則。八百屋で「大根下さい」と言えば有償でと言うことになる。
      また、片方が有償と思っていて、片方が無償と思っている場合でも、誤認による契約無効に出来る。
      契約が成立していたとしても、契約は一方的に解約することも出来る。
      著作者人格権は譲渡不可なので、同一性保持権で改変は契約による物。
      アメリカの様に「公共に譲渡された物」ではない。
      この辺りで更なる微妙さを生んでいるんじゃないの?
      親コメント
    • それと、GPLjpみたいなのを作るのはマズいでしょうね。
      GPLはGPLで再配布しなくてはいけない。
      GPLjpはGPLjpで再配布しなくてはいけない。
      という2つの制限があると、マージする事は不可能になりますから。
      ベルヌ条約においては、著作物を他国に持ち出す際は原則
      相手国で決められた権利を適用することになってます。

      だから、日本で作ってもとりあえず本家版のGPLを正式な
      ライセンス条項とし、日本で運用する場合に限りGPLjpを
      適用するという形にすればよさげ。
      ローカライズの際にいくつかの条項が無効になるでしょうが、
      それは法律が違うから仕方ない…と書いたところで、わざわざ
      GPLjpを作るまでもないと気付いた罠。

      でも、今の日本語版文書は殆ど原文の直訳で日本の法律に合って
      ないことも確か。そのへんの表現を修正し、日本で適用されない
      部分はその旨を明記してGPLjpとしとく必要はあるかも。
      --

      --
      Ath'r'onならfloatあたりに自信が持てます
      親コメント
    • 著作権者がGPLで公開することを許諾しているのであれば、改変も当然に許諾されているはずだし
      CNETの記事は読んでいましたが私もそう思いました。で関連リンクで紹介されている クリエイティブ・コモンズ日本語化 [hotwired.co.jp]などを読んでちょっと考えさせられました。

      プログラムを再利用する側の立場からは GPLやBSDのようにメジャーなオープンソースライセンスはそれを使う上での何をして よいのか、いけないのかが、はっきりしているのがメリットだと思います。またそれぞれのライセンスを受け入れた時点で著作権者に いちいち連絡をしたりせずにプログラムを修正したり公表したりできます。つまり使う側にとってはプログラムとそのライセンスを気にしていれば良いとおもっていました。

      ところが著作人格権というものがある。そしてGPLはそれを考慮していない。このことでGPLが全部無効になるとはおもいませんが、GPLで得たと思っていた自由が日本の法の下では一部制限される可能性は確かにあるように思えてきました。

      GPLjpはメタライセンス的なものして出来ないですかね。なんとなくですが。

      親コメント
  • by Anonymous Coward on 2004年01月06日 8時14分 (#466279)
    パッケージソフトのシュリンクラップ方式の契約も議論の多いところですが、現実これで多くのソフトがあり、これを否定されるとソフト業界が成り立たないと思うのですが、これも著作権法上、「厳密には契約と見なせない」との回答でしたので、なんかソフトウェア自体、著作権法と整合性がないですよ、と言っている印象に受け取れました。そのスタンスですから、ましてや、GPLに肯定的な意見は期待できません。

    そんなソフト業界を否定するような法律は改正するのが、法律家の仕事かと。
    「海外でもまれに見る厳しい法律」と言われる法律の改正に関して
    「制限の厳しい法律は外国からは喜ばれても、外圧で改正を迫られることはない」と回答され、分かっているなら、なおさら。

    今後のご活躍に期待したいところです。
  • by moreau (10365) on 2004年01月06日 11時13分 (#466378) ホームページ 日記
    民法にある私的自治の原則(契約自由の原則)の方が優先したりはしないのでしょうか。私的自治の原則は、公序良俗などに反しない限り法律の条文よりもコミュニティーの合意や契約を優先する、とかいうような内容だったと思います。GPLはそれなりに合意がとれたコミュニティーにおける決めごとだと思うのですが(つっこまれることが少なくなるよう、もっと精密にしていくというのはした方がいいような気もしますけど)。
    • by nbs (4368) on 2004年01月06日 12時09分 (#466428) 日記
      >私的自治の原則は、公序良俗などに反しない限り法律の条文よりもコミュニティーの合意や契約を優先する、とかいうような内容だったと思います。

      「私的自治の原則」は原則であって、例外も多いのです。

      多くの法律には「強行規定」(強行法規とも)といわれる規定があります。
      例えば、私企業と私人との間でお金の貸し借りがあった場合、私的自治の原則に従えば22%とかでも問題なさそうですが、年20%を超える利息の合意は無効となる規定があります(利息制限法1条)。

      ※上の例は重要な例外が無視されています。
       興味のある方は、「貸金業の規制等に関する法律」を
      http://law.e-gov.go.jp/cgi-bin/idxsearch.cgi
      で参照してみてください。
      親コメント
  • by Anonymous Coward on 2004年01月06日 11時59分 (#466417)
    GPLの条項が単純に言葉足らずです。
    GPLには「GPLedソフトの複製・配布・変更をした場合はGPLに同意したものとみなす」
    と明確に書かれていますが、
    「GPLedソフトを使用した場合」についてはそのように書かれていません。
    すなわち、GPLに同意しなくても使用には制限なしというライセンスです。
    そのため、「ソフトを使用」に限って言えば
    同意してもしなくても使用は可能です。

    http://www.gnu.org/licenses/gpl.html
    > We protect your rights with two steps: (1) copyright the software, and
    > (2) offer you this license which gives you legal permission to copy,
    > distribute and/or modify the software.

    この中の
    "legal permission to copy, distribute and/or modify the software"
    に「使用」を含めていないため
    結果としてGPLは「複製配布変更許諾書」となり「使用許諾書」になっていません。

    ところが、GPLには使用に対して免責事項が書かれています。
    無料で配っているのだから何かダメージがあっても責任は持たないよという
    使用者に対する宣言です。
    しかし、使用者はGPLに同意しなくても使用できているため、
    その免責事項は宙に浮いた状態になります。

    このGPLそのものが持つ問題は
    日本の法律であってもどこの国の法律であっても
    同じように問題を持つと思います。
  • by COCKY (5646) on 2004年01月06日 19時25分 (#466814)
    内容を云々する以前に、なぜ誰も裁判所法 [ron.gr.jp]第74条に触れないのかが疑問です。
    日本国内でGPLライセンスの内容を巡る裁判を起こすことを想定した場合、FSFが公式に認めた日本語訳の存在がない現状ではその翻訳した内容を巡る係争などが考えられ、裁判の維持が非常に難しいことになると思うんですが。

    英語版と日本語版とで内容の整合性が取れない事態などを恐れて、FSFが公式日本語訳をこれまで認めてこなかったという事情は理解してますが、そろそろそういうことを言ってられない時期に差し掛かっているのではないかと。
  • 日本法に限らず (スコア:2, 参考になる)

    by entaille (15816) on 2004年01月06日 23時58分 (#467004) 日記
    半年ぐらい前に、本家でドイツ法等に関して
    似たような議論がありました。

    GPL May not work in German Legal System [slashdot.org]

    Europe Discusses Free Software Licenses [slashdot.org](続編)

    おもしろいところだと、ドイツ法では
    たとえ免責の契約しても、製造物責任の放棄は、公益を害するので
    ダメみたいな見解とかあった気が。

    そもそも、この議論は、米国のcopyrightの概念を
    「著作権」と訳して、そのまま日本で米国と同じ
    法律の枠組みを使えると思い込んでる点で
    終わってると思うのだが。

    極論すれば、
    copyrightはコピーし利用するための権利の規定、
    一方、著作権は、著作者を守るための規定、
    GPLなんてものは米国法の考え方でなければ出てこない代物、
    と私は決め付けています。

    考え方的におかしいのは米国法のほうで、
    そんな国でRMSやコンピュータ産業が育ったのが悲劇だと思うな。
    • by dgz (12635) on 2004年01月07日 0時35分 (#467025)
      そういう話、いまよんでいる「著作権の考え方」 (岡本薫, 岩波新書, ISBN 4-00-430869-0) に載っております。 元文化庁の役人のせいか「アメリカは遅れていてけしからん」という 正論(?)で書いてあるようです。
      親コメント
  • by Anonymous Coward on 2004年01月06日 6時17分 (#466256)
    日本の法律を変えられないか考えるべきでは?
    オープンソースとかいう言葉が好きな国会議員もいるんだし
    国ごとに新しいライセンス作ってたら国際的なプロジェクトなんてできないでしょ。
    • by Anonymous Coward on 2004年01月06日 13時02分 (#466462)
      ナンセンス。

      アメリカの著作権法はいろんな意味で「古臭い」上に「過剰」な部分があるので、日本の著作権法をアメリカの著作権法に合わせるのは、むしろ後退。

      オタどもがどれだけ騒ごうと国家は存在するのだし、法律は法律。それに従った契約を結ばなければ、当該国内では無効と言われても仕方ないだろう。GPLそのものを金科玉条のごとくありがたがるのではなく、OSDのような「準拠」ということを考えて、GPLの精神を失わない各国向けのライセンスを作るのが、現実的。
      親コメント
    • GPL Version 3 を(以下略)

      GPL が Version 2 になって今年で 13年。
      当時とは周囲の状況が随分変わってるとも思うので
      そろそろ見直す事を考えてもいいんちゃうかと。

      別ツリーで GPL が著作者人格権を考慮してないみたいな
      話が出てた様ですが,そういったものも含めた改定を行えば
      ある程度の問題はクリア出来ませんかねぇ?
      あなたは、Free SoftwareFoundation が公表したGNU 一般公有使用許諾の 「バージョン2」或いはそれ以降の各バージョンの中からいずれかを選択し、 そのバージョンが定める条項に従って本プログラムを再頒布または変更することができます。
      ・・・って GPL 自体が謳ってるんだし。
      親コメント
  • by oguma (17986) on 2004年01月06日 10時16分 (#466338)
    ×:「著作人格権」
    ○:「著作者人格権」
    ですね。

    著作権法 第二款 [e-gov.go.jp]参照。

    --
    Nullius addictus iurare in verba magistri
  • by Anonymous Coward on 2004年01月06日 10時20分 (#466339)
    日本国内で通用するかどうかという議論が、そもそも無意味だと思うんだが。国がかわれば法律が変わるわけで、中華人民共和国対応GPL(西側と権利関係にかかる法体系が異なる)とか、ロシア共和国対応GPL(これも以前の法律の影響で微妙に異なる)とか、アラブ首長国連邦国対応GPL(イスラエル製のものに限って全般的に制限がある)とかを想像してみれば、いかに日本国対応GPLというのが無意味かってことがわかると思う。
  • 著作者人格権というのは、著作物と著作者を結びつけるごく当たり前の権利です。

    氏名表示権は自分の著作物を他人の物だと言われないための権利。
    A が作成したソフトウェア a に対し、「このソフトの作者は B です」と騙られるのを防ぐために氏名表示権がある。

    一方、同一性保持権は自分のでない物を自分の著作物だと言われないための権利。
    A が作成したソフトウェア a に対して、Bが改変したソフト a' がある時、
    A が、作った覚えのないソフト a' の作者になってしまうことを防ぐために、
    同一性保持権がある。

    このとき、「a' は A が作ったa を B が改変して作った a とは別の著作物である」と言ってしまえば、著作者人格権は問題にならない。

    その場合、B は a' の著作者として著作権を持つが、
    a' は a の二次的著作物であり、A も「二次的著作物の利用に関する原著作者の権利」としてBと同じの権利を持つことになる。
    (Aが認めたこと範囲でしか、B は a' について著作権を行使できない)
  • 前から疑問なんですけど、日本の著作権法 [e-gov.go.jp]では第十条第三項で、インターフェイス(「プログラム言語、規約及び解法」の「規約」)そのものには著作権法による保護が及ばないことを明言しているので、GPLのライブラリにリンクされるバイナリは二次著作物にはならず、従ってGPLを適用させることはできないのではないかと思うのですが…。
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犯人は巨人ファンでA型で眼鏡をかけている -- あるハッカー

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