oddmake 曰く、 "国境無き記者団のアナウンスによると、記者でブロガーのArash Sigarchiがイランの革命裁判所で14年の懲役刑を受けたそうである。外国との通諜やスパイ活動の容疑を受けてのこととされているが、実際には言論の自由をブログ等で行使したことが理由であり、イランの目的はブログを含めた言論の自由を抑圧することにあるとして、国境無き記者団は強く反発している。言論の自由のために、一刻も早くArash Sigarchiが自由の身となることを願ってやみません。"
最悪のタイミング… (スコア:2, 興味深い)
イスラム原理主義に忠実に物事を進める原理主義派とイスラム法を生かしながら西側の価値観にある程度寛容にしようとする改革派の間で主導権争いがあり、この人はその政争の生贄にされた部分があるのでしょうが、
イスラエルの核脅威に対抗して核武装を準備している事やイスラム原理主義勢力がいることを邪魔に思うアメリカがイラン攻撃を計画している現状では、彼の逮捕がアメリカのイラン攻撃の口実の一つにされる可能性が高いと思います。
言論の自由(イラクでの状況を考えるとイスラム世界での彼らの価値観に基づく言論の自由も保証されないといけないと思う)云々以前に、イスラム原理主義勢力はいかにもまずいタイミングでやらかした…と思うのですが。
Re:最悪のタイミング… (スコア:1)
史上初の、Blogが発端となる戦争?
Re:最悪のタイミング… (スコア:1)
# ここ最近の粘着ぶりに辟易していますので。
Re:最悪のタイミング… (スコア:2, すばらしい洞察)
○気にするほどのもんですかね?
○blogに書いても(TBじゃなくコメントを使われれば)ACはACでしょう。
誘導しても却ってわけ判らなくなるだけでは?
そんなわけでこの一文もそちらのblogじゃなくココに書いてます(^^;
○...てゆーか、ACも人間だしさ。
○むしろ匿名と直情性を抱き合わせするほうが隙を生む主張かと。
○タイトル、品が無さ過ぎます(^^;。もちろんそう発言する自由はありますが、
それでは取られる挙げ足が増えるだけでは?
(まさかその品の無さが重要な主張だとはおっしゃいますまい)
○ところで、「たかが個人のblog」って、誰のblogのことを指してる言葉なんだろ?
そして何より、
○敵と「堂々と」戦いたいなら、自分の家に帰っちゃダメですって。
自分で自在に非常事態宣言を出せる場所を使っちゃ、ダメです。
自分も一市民でしかないこの場で戦い続けることのほうが、よほど重要だと(俺は)思います。
あなたがモデレーションが恐くない人(^^;なら、問題ないですよね?ね?
----
ちなみにモトの主張(イラン云々)は、俺は好きです。
で、好きなのでなおさら、
「単なる粘着」以外(もっとたちの悪い何か)である可能性を、
少しだけ心配しちゃうわけね。俺は。
単なる粘着だ、ということにしたいのですね?...という。
いや、まあ、あれだ。
それ以外の可能性からは(こわいから)目を逸らしたい気持は、判るが(^^;
#...ってなことを言っちゃうのもゲンロンの自由なのでG7
Re:(OT)Re:最悪のタイミング… (スコア:1)
泥沼が生じる(かも知れない)場所を、換えただけでは?
つまり、そちらのblogだと、なぜ「よい」のでしょう?
やっぱ、「自在に火消しできるから」?
>>「単なる粘着」以外(もっとたちの悪い何か)である可能性を、
>まぁ、少しそれも考えています。昔2ちゃんねるで個人情報のバラまき殺られて会社に迷惑駆けて職を失った過去がありますし
あ、いや。そうじゃなく、(てゆーか、そういうのはどうでもよくて(^^;、)
反撃すればするほど泥沼にハメてくれるような、もっと高等な敵だったら、
どうするよ?という話です。
>今の /.Jでも意味不明のM1モデレートが定期的に集中してかかったりしますし。確実に「敵」と思っている人はいる訳です(笑)
「集中」の対象が(ここでは)何なのかがよく判りませんが、
たしかに近年、何やら変なのが来ますね。
ただ、それが個人宛なのか無差別通り魔なのかを調べる気も起きません。
どっちにせよ、そういうモデの存在は、俺が以前から主張するモデ不要論を
後押しするネタでしかないですんで(^^;
害虫みたいな印象を感じてはいますが、識別可能な「敵」という印象はあまり持ってないですねえ。
>/.Jを巻き込みたくなかったからblogに誘導して思う存分(人格攻撃に近い真似する)真意を問いたかっただけです。
あんなもんが、あなたの人格なんですか?
ひっぱられたものは、髪の毛じゃなく、せいぜい衣服のほつれ糸くらいなものじゃないかな、という気がしました。
それに、相手がその気なら、どこに連れていっても(けーさつとかでもない限り)無駄でしょう。
むしろ自宅に連れていこうとするのは、前述の理由により、
かえってナメられる口実になるのでわないかと懸念してみたり。
(OT)昔の事(Re:(OT)Re:最悪のタイミング…) (スコア:1)
>つまり、そちらのblogだと、なぜ「よい」のでしょう?
>やっぱ、「自在に火消しできるから」?
自分のフィールドにひきずりこみたかっただけです。二~三年前に似た事がここであったけど、大フレームになって制御不能になりましたので、ここで「彼ら」を叩くのは気が引ける…
消す気はなくて、逆に思う存分話し出来ますからね。
>あ、いや。そうじゃなく、(てゆーか、そういうのはどうでもよくて(^^;、)
>反撃すればするほど泥沼にハメてくれるような、もっと高等な敵だったら、
>どうするよ?という話です。
>あんなもんが、あなたの人格なんですか?
>ひっぱられたものは、髪の毛じゃなく、せいぜい衣服のほつれ糸くらいなものじゃないかな、という気がしました。
まさに、2ちゃんねるで最終的に個人情報のばらまきをやってきた匿名の連中はそういう「仮想人格」をでっちあげて攻撃し、無視して本論を展開しても泥沼にはめこむ、そういう手法に長けた輩でした。
当時は私も比較的奮戦し、向こうが個人情報のばらまきをやらないといけない所まで耐えぬいたのですが…
だからこそ、今回のようなとっかかりで批判する輩をPUBLICな場所で相手にしたくない(けど、叩かないとのさばるので自分のフィールドにひきずりこまないとまずいと思っている)訳です。
>>今の /.Jでも意味不明のM1モデレートが定期的に集中してかかったりしますし。確実に「敵」と思っている人はいる訳です(笑)
>「集中」の対象が(ここでは)何なのかがよく判りませんが、
たしかに近年、何やら変なのが来ますね。
某ぁゃιぃ系の掲示板で「Artane.にM1モデしてやった。気分壮快。」などと公言している人(例によって匿名)がいますからね。
そういう意味合いのM1モデは気持ち悪い訳です、やられる側としては(苦笑)
>むしろ自宅に連れていこうとするのは、前述の理由により、
>かえってナメられる口実になるのでわないかと懸念してみたり。
諸刃の剣と言うかおっしゃる通りかもしれないことはわかってますが、今までの6年以上に渡る抗争を未だひきずってます。自分でもまずいとは思っているのですが。
どこまで自由? (スコア:1)
自由という名のもとに何でも言って良いかというと
そうでもないと思います。
その線引きってだれでも同じ訳ではないから難しいですね。
特に国や時代によって大きくちがう事も多いのでさらに難しい。
/.の書き込み一つでも一部の国やある時代では問題になるかもしれない。
この発言は問題ないですよね?今の日本では
Re:どこまで自由? (スコア:5, すばらしい洞察)
私は、いまの日本という時代性・地域性を越えて、あなたの発言は問題があると思います。
J.S.ミルは『自由について』(http://page.freett.com) [freett.com]の第2章において、私たちの理性の及ぶ範囲が相対的であることを根拠として、言論の自由は無制限にみとめるべきであり、制限を掛けることはできないと考えています。
以下私なりの解釈:
あなたは「線引きが難しい」といいますが、まさにその線引きの難しさ(判断力の限界)を理由に、無制限の言論の自由はみとめられるべきであると私は考えます。『自由について』では、言論の自由を、幸福な市民社会を成立させるための手段として捉えているのだと私は解釈します。こう捉えることで、重苦しい権利/義務の議論から離れて、言論の自由を価値を作り出すプロセスとして擁護することができると考えます。
まあ、そのプロセスを何も無いところから、それもかつて無い規模の人間たちの間で、つくり上げる方法がなかなか見つからないわけですが…
要するに「言論の自由が制限されるのはとても危険なことなんだ」といいたいのですが、うまく考えを言葉にまとめられません。ミルの解釈も含めて、ツッコミ希望。
Re:どこまで自由? (スコア:3, 参考になる)
つまり、検閲は禁じられているわけですので、どんな言論であっても(たとえプライバシーを侵害するような内容であっても、卑猥な内容であっても、おどしであっても)、いちどは日の目を見る機会があります。これが言論の自由であって、一方で、言った後に逮捕されたりしないことは保障されていません。
「こういう言論はいけない(ので事前に検閲でふたをしてしまおう)」と前もって決めてしまうことができれば、一見、すごく便利なことかもしれません。たとえば、プライバシーにかかわることについては事前の検閲をOKとする、とか。
しかし、仮に検閲を導入したとして、検閲がその理念(例:プライバシーは最重要だ)の通りに行われているかどうかをチェックすることが原理的にできなくなってしまう、という問題点と、もうひとつ、その理念そのものが正しいかどうかを議論する機会さえ失われてしまうという問題点があります。
たとえいま、「この理念については、もはや議論の価値がない」というほどに強い合意が、国民全員で得られたとしても、将来誰かが新しい理由付けを考え出して「やっぱり違うんじゃないか」と言い出し、そっちのほうが正しそうだ、ということになる可能性を否定することはできませんし。
つまり、事前の検閲はどんな場合でもやっちゃいけない、といえます。
一方で、言った後のことですが、言論の自由を制限する法律がいっぱいあって、言った後に有罪になってしまう場合もあります。たとえば殺人を予告したりとか、公衆の面前で卑猥な表現をしたりとか。こういう場合でさえも、理念としては表現の自由は守られるべきだと思います。もし、現行の法律に照らせば有罪だけど実は有益な言論というものがあったとしたら、たとえ発言者が逮捕されたり有罪になったとしても、その言論はすでに日の目を見て国民の知るところとなっているわけで、法律のほうがおかしいので法律を変えよう、というふうに国民が思うかもしれません。
うまくまとまらないですが、けっきょく、憲法も法律も自分の意見も、もしかしたら間違っているかもしれないから、その場合に自由な議論を通じて修正されうる可能性を残しておく、というのが言論の自由の意図だと思っています。
Re:どこまで自由? (スコア:1)
>制限されるべきではありません。
ちなみに、この(おそらく正しい)主張に「反する」存在であり、
しかも「完全に塞いでしまうわけじゃなく、ちょっと見えにくくするだけだから、legalだよね」
という詭弁をもって逃げているのが、
スラドのモデレーションね。
Re:どこまで自由? (スコア:1)
Re:どこまで自由? (スコア:1)
他人に危害を与える事を意図した言動でも許されるべきだという事?
例えば、中学校を名指しして生徒を殺すなどと予告した学生が23日に宮城県警に逮捕されたが、あなたは「言論の自由は無制限にみとめるべきだ」と警察前でデモを行うべきだと考えるわけですか?
Re:どこまで自由? (スコア:1, 余計なもの)
思います。言論の自由は守られるべきだと思いますが、「言論」と
呼べるようなものでは無いものを引合にだして、「言論の自由」に
ついて議論しようとするのはいかがなものでしょうか。
Re:どこまで自由? (スコア:1, すばらしい洞察)
方法で決定するためにも、言論の自由が必要です。
Re:どこまで自由? (スコア:1)
違うね。親コメントの投稿者が、ミルの「自由論」をきちんと理解もせずに引用し、間違った類推をして意見を述べているから、たった一つの反例を上げられただけで主張が木っ端微塵になる、というだけの事。
Re:どこまで自由? (スコア:2, すばらしい洞察)
但し、クレームをつけるのが官吏であってはならないというこではないでしょうか?言論を制限するという意味で。
Re:どこまで自由? (スコア:1)
自由って何? (スコア:2, 興味深い)
クレームだけで済む保障があるならいいんだけどね。権力を行使されて処罰の対象になるなんてことがあればそれは許されざる状況よね。
もちろん、同様にして、恫喝行為が許されるべきとも思えないわけだけどね。完全に言論が「勝手」な世界は、声の大きい人、腕っ節の強そうな人、そして本当になんかしらの権力を行使できちゃう人に有利な世界になっちゃうわけで、言論が苦手で他に力を示す方法を持たない人にはなかなか自由に生きられない世の中になりそうな気がしてしまいます。
「いくらでも言い返せるんだから、言い返せばいいじゃないか」とか言われても、言い返せるうまい言葉が見つけられない人には、ちょっと辛い状況よね。。。だからこそ、勉強しろ、ってことなんだろうけんども、そうやって子供のうちから生き方も強制されちゃうわけだ、とか思うと、一体自由ってなんなんだろう、って、思えてきちゃうよ。
むらちより/あい/をこめて。
Re:自由って何? (スコア:1)
Re:自由って何? (スコア:2, 興味深い)
言論やお金も力の一種と考えると、相手を言い負かしたり、名誉毀損で訴えられても損害賠償を払うだけの自信があるのならば、何も恐れずに発言できますねぇ。
かと思えば理不尽なことであろうとも、大勢の人に批判されては発言を取り消さざるをえない事も想像できます。
まさにそのとおりかと。
李 露星
Re:どこまで自由? (スコア:1)
その辺の解釈はどうなっているのか、詳しい人に聞いてみたいところです。
Re:どこまで自由? (スコア:1)
詳しい人ではないですが、一部の権利を除いては、普通の国民と同様の権利を持っている、と思われます。少なくとも、憲法や皇室典範には、皇族には基本的人権はすべて与えない、という主旨の条文はありませんし。(養子がとれないとか、財産に制限がかかるということは規定されていますが。ちなみに、戸籍がないので参政権もありません。皇族は戸籍の代わりに皇統譜というものを使うそうです。)
逆に、皇室典範では、天皇や皇太子は18歳で成人するという、民法の20歳成人制に対する例外条文もあることから、民法などの適用を想定しているように思えます。
# うろ覚え&オフトピだけどID
Re:どこまで自由? (スコア:1)
確か
スターリンを暴君だとののしると侮辱罪でルビヤンカ行き。
フルシチョフを無能とののしると国家機密漏洩罪でルビヤンカ行き。
てな感じ。
他にもバリエーションはいろいろあるのかな。
ちなみにいしいひさいち氏の四コマだとオチとして
エリツィンをアル中だとののしると酔っぱらった本人に絡まれる。
ってのが(汗
#果てしなくオフトピ・・・
Re:どこまで自由? (スコア:2, 興味深い)
こうやって書き手側に自由に書くことに対する自己抑制を起こさせることが、この手の規制の目的の一つなんですよ。きっと
Re:どこまで自由? (スコア:0)
それにしても、こういうのを見ると日本の「げんろんのじゆう」とそれを唱える人達ってヌルイなあとつくづく思わされますね。
Re:どこまで自由? (スコア:1)
何かしら大きな力が、言論の自由を奪おうとするとき
ネットワーカーってどこまで自由でいられるのかな。
本来ネットって、もっと自由であっていいはずなんで
無茶苦茶や混沌もありだったはずじゃ。
ニュースグループを初めて購読したとき、吃驚した
記憶が、そのあとすぐにHDDフォーマットされちゃっ
たけど(笑)
で、ここで本来語り合いたいのは、どうすれば当局の
目を逃れてネットワーク上で自由でいられるかです。
##Free-net が本来この機能だったんですよね。
##今はファイル交換でしか機能してないように思うけど。
Re:どこまで自由? (スコア:1)
とにかく 相手の意見を潰すのは非常に快感。こんな気持ちいいこと
ないですよね。こう執拗にせめて、引いて、相手の裏をかいたり、
あげ足とったり。時間なんか気にせず、一日中いや。一年中でもやって
いたい。逆に相手に自分の意見を潰されるのは、もう最悪。
生まれてきた事を公開する。
昨日まで仲間だと思ってたやつが急に寝返って相手方についたり
流れが変わって、自分対あと全員みたいな。これもう最悪。
そういうあなたと私がいる限り 「言論の自由」という言葉はあって
も「言論の弾圧」はなくならないなぁ。
Re:どこまで自由? (スコア:1)
スラドで学のないところを公開してしまいました。
生まれてきたことを後悔しますorz
Re:どこまで自由? (スコア:1)
本来のネットって意味ですが、インターネットに2400ボーとかの
モデムでパソコン通信の大手ネットを通じて繋いでたときは、
「すげー無修正じゃん(お下品)」
とか、すっごい感動したもんです。
で、しばらくしてホームページとなるものが、日本でもタケノコの様に。
最初は、私の家族紹介から、こんな事かいていいのかよという
ものまで。
当時はやっていた ミスチルの「中略 天使でも悪魔でも中略」
みたいな感じでした
2chなんかもこの頃ですよね。かたやアングラな世界もあって、
微笑ましい家族紹介まで、まさに天使でも悪魔でもみたいな
状況だったと記憶してます。管理すべき要項も手段もさらに
管理すべき機関自体存在しなかった頃です。記憶によれば、
ちょっと左ぎみで、シャイで、ハイソで、お宅というかテクニカル
というか、無法地帯という状況でした。今じゃ当然なようになっ
ていて、やはり管理されるものになりつつありますが。って
意味です。
小人的というか、僕は、被害妄想って感じじゃないんですが、
今でも第三者圧力による言語封鎖というか思考コントロール
というか、そういう息苦しさを感じる事ありませんか?
そういう力がこれから大きくなるような気がするのです。
そういう力が大きくなったときに対抗する手段を僕らは持って
いるのかというのが、気になるんです。で、その時に、確信犯
的(使い方間違ってる?)に行えない立場の人たちにも手段だ
けはのこしておいてあげたいかなと。
あと過去の歴史も考えてみれば、300年前なんてつい最近
(4世代か5世代前)なのに、その当時の記憶もすべて忘れて
しまう僕らの持っている切なさというか儚さというか、そういう忘
れ去られていく記憶(情報?)を、曇りのない目で見るためにも
どこか無法地帯というか無管理というかカオスというかの部分
を残しておかないとなぁ。と思うのです。
##共に生きよう!!(某アニメ)
##お下品なので、誰だかわかるけど ACで投稿したい
What happens here? (スコア:1)
自由とは、まず第一に、権力への不服従の自由。
権力者の気に入らないことを言う自由、気に入らないことをする自由。
これを認めない社会に自由なし。
今回の件は、「言論の自由」について論争するほどの微妙なネタじゃないのでは?
Re:どこまで自由? (スコア:1)
不自由: 私は私の思っていることしか表現できない。
Re:どこまで自由? (スコア:1)
1を聞いて0を知れ!
Re:どこまで自由? (スコア:1)
ミスリードしたいなら、もうすこしひねって下さい
Re:どこまで自由? (スコア:1)
第三章国民の権利及び義務
第十二条【自由・権利の保持義務、濫用の禁止、利用の責任】
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
というように、憲法自体が権利の無秩序、無制限な行使を戒めています。
まあ、その限度を定めるのには判例の積み重ねによるのでしょうけど、
権利を保証されているから、といって際限無く行使できる、というわけでは決してありません。
Re:どこまで自由? (スコア:1)
てことは、戦争の道具として「自由」があるんじゃないですか?
「自由」とか「正義」とか、概念としてのそれが現実にはどこにも実現されていない、
あるいは、上で議論になっているようにその概念自体が確固たる定義としては
存在しないとしても、人間の営みとは、よりよい社会(すなわち、よりよい「自由」とか
「正義」)を築こうとする不断の努力から成り立っているのではないでしょうか。
「言論の自由」とは何か、どこまで認められるべきかという議論も重要かもしれませんが、
私は、今回のケースに対して個々人がどのように対応するかこそが重要だと考えます。
で、私は、もしこの方がネットで政府を批判しただけで懲役刑を受けたとすれば、
そういうイラン政府の対応を非難しますし、周囲にもその意見を言うことでしょう。
人権擁護法案 (スコア:1, 興味深い)
特定の団体による恣意的な運用が既に危惧されている。
http://hobby.2log.net/zk1/archives/blog772.html
http://www.nikaidou.com/column01.html
原文参照 (スコア:1, 興味深い)
なるというのは過去事例から明らかだが、この話題の原文ってのはどこかいな?(2つの意味で)
Re:原文参照 (スコア:1)
>>外国との通諜やスパイ活動
によって懲役刑とあるけれど、判決文はおろか、被告がBlogで何を書いたのかすら判らない。
「書いた内容によってそれなりの責任を負わされる」ということと「表現の自由」は両立しますので書いた内容が判らなければイラン政府が言論弾圧をしているのか判定できません。
タレコミ文を見た印象ではイラン政府は黒ですが、タレコミ文を鵜呑みにするのも危険かと。
こう見据えておいたほうが自分にとってはいいのかもし (スコア:1, 興味深い)
その暗い気持ちの中で、なんとか自分をどこかにつなぎとめておくために、ない知恵をしぼって考えてみた。
そうしないと流されて溺れてしまいそうだった、ということもある。
考えて、そして思ったこと。
“言論の自由”という看板を嫌う人たちっていうのは、つまるところ、言論の自由をさほど必要としていない人たちなんだな、と思った。
おそらく、マイノリティ性も弱者性もほとんど持ちあわせていない人たちは、そんなもの必要としなくてもとくに差し障りもなく生きていけるわけで、そういう世界で生きている人たちにとっては、いわゆるサヨ系というのか、こうした雰囲気の物言いは、きっとものすごく胡散臭く見えるのだろうな。
日本に住む日本人であり、男性であり、ある程度マトモな家庭に育っていて、大卒程度以上の教育を受けていて、いわゆる障害者でなくて、とりたてて不運に見舞われたことはなく、…と、いくつかの緩い条件さえクリアできれば、そうした層に属することになるのだろう。
社会構成比的に見ても、きっと最大多数層なんだろうな (ていうか、少数派だったらすなわち“マイノリティ”なわけで、上記の論法でいけば当然感性も違ってくる理屈)。
私は避けることのできないマイノリティ性・弱者性を最初から背負っていて、ずっとそうした世界で生きてきた人間なので、だから彼らの書き込みを見ると暗澹とした気持ちになるのだろうな。
立場の違いに由来するこの大きな深い溝は、そう簡単には越えられないような気もする。
でも、相互理解をはなから諦めながら行くというのは、苦しいし、なにかと非建設的なことだ。
どうしたらいいのだろう。世の中は難しいな、という結論しか結局出せなかった。
Re:こう見据えておいたほうが自分にとってはいいのか (スコア:3, 参考になる)
今現在の日本において、“言論の自由”という看板をかかげて活動している連中が嫌いなだけでしょう
あれは、言論の自由というものを廃止させようとしている人間の、運動なんじゃないかと思えてくる
Re:こう見据えておいたほうが自分にとってはいいのか (スコア:2, 参考になる)
どこの国に生まれるかというのは選べる物では無い。たとえば、たまたま北朝鮮に生まれたとしよう。金正日書記を公の場で批判しない奴はバカだとか、外国から見ればそう感じるかもしれないが、私は、もし外国のマスコミを見かけたら、その記者に駆け寄って「金正日打倒! これが北朝鮮市民の本音だ」と語る市民が居たら、確かに勇気はあると思うが、自殺行為であるから、結果的には愚かな行為だと思う。
イランでは保守派が実権を握っていて、Blog などで公に政府を批判する事は実質的に許されない状況のようだから(ソ連にも言論の自由は、憲法上はあった。実際には自由な言論などはできなかったが) 今回の懲役14年というのは、外国からすれば「不当」だが、イランの人間からすれば「予想の範囲」だろう。
せっかくインターネットを使うなら、暗号通信などして、海外のサーバーで Web 公開とか、もうちょっと「穏当」な方法は無かったのかな、とは思うのだが。まあ、彼が判断した結果だ。
イランでももう少し政府批判とかが許された方がいいかなとは思うし、海外から民主化の圧力をかけるのも一案だとは思うけれど、権力を握っている層はそんな物は何とも思わないだろうし (そんな事をして効果があると思うのは、「人権」という物がそれなりにある国の人間だけだろう) 自分の立場が危うくなる恐れのある運動は、有無を言わさず抹殺する物だ。
とはいえ、イランは、日本同様の主権国家であり、形の上では選挙で選ばれた政府になっている。そこの裁判所の判断を外国が頭から批判するのは国家主権の侵害とも考えられる。日本だって、海外からの難民を収容所に留置しては国際的な人権団体から批判を浴びているが、それでも難民認定をなかなかしない事で有名だ。自分の国の人権侵害も改善できないくせに、外国の人権侵害は声高に叫ぶのはどうかと思う、
またイランと言えば、アメリカから悪の枢軸と名指しされており、当然アメリカは政府転覆を狙っている。すると、イラクのように、民主国家を樹立するためという大義名分で戦争をする事が許されるのかという疑問も生じる。しかし、アグレイブの刑務所で起きた事は、戦争してまでもたらしたその「アメリカの民主主義」とやらが、いかにお粗末な物だったかを露呈しただけだった。
結局、自分の国の人権侵害も正せないのに他の主権国家だけ悪くいうのはどういう物かなっていう考えと、イラン政権転覆を狙う勢力のプロパガンダには警戒しないといけないいという思い、「人権」なんてものが存在しない国の人間がどうやって国を良くしていけるのかという厳しい現実を無視した夢想的な理想論を唱える連中に同調しても無益だという考えもあって、イラク戦争でも思った事だが、やっぱりイランを良くするにはイランの人間に任せる方が一番だと思った。応援とか、支援はできるかもしれないが、しょせんはパソコンを前にキーボードを叩くのが個人レベルでは関の山だ。今のイランで実権を握っている保守派に向かって「人権」だの「言論の自由」を海外から叫ぶのは無益だと思う。(後でそれが戦争を始める口実に使われたら、結果的に開戦に荷担した事になる。そうすれば多くの無関係の市民の人命が失われるだろう。それは最大の人権侵害だ) もうちょっとうまいアイディアは無いかな。
Re:こう見据えておいたほうが自分にとってはいいのか (スコア:1)
>もうちょっと「穏当」な方法は無かったのかな、とは思うのだが。まあ、彼が判断した結果だ。
なんか全然「穏当」じゃない気がする(却って強烈なような...)んだけど、それはさておき、
そういや法律で、ある種の(ある一定以上の強度の、だっけか)暗号技術の使用を禁じてる国も
あるんだったよね。
#ああ。たしか米なんとかっていう国だっけか(^^;
イランがどうなのかは知らないけど、
暗号で飛ばした時点で既に御縄、という恐れも、
国によっては有るわけだ...
そういう意味で、「彼」に選択の自由が有ったかどうか...は、俺はよく知りません(^^;
Re:こう見据えておいたほうが自分にとってはいいのか (スコア:1)
CRYPTOGRAPHY AND LIBERTY の AN INTERNATIONAL SURVEY OF ENCRYPTION POLICY によれば、イランは UNKNOWN [gilc.org] との事です。
2003.6.4 の情報ですが、イランのサイバー革命 [honco.jp]という記事は非常に参考になります。結局、暗号以前というか、サイバーカフェも閉鎖を命じられる有様なようですね。中東では、むしろインターネットが自由に使える国のほうが少ないと思いましたが。イスラムの戒律でポルノとかにも厳しいですから。(パレスチナ自治区ではプロバイダ自体にフィルターが入っていたっけ)
あんまり体制寄りの事を言いたくはないけど、日本みたいに比較的平和な国だと、暗号化を取り締まられると、IT家電やPCの輸出で支障が出るので暗号化の規制は迷惑なだけと思うけど、不安定な国で、テロや内戦という厳しい現実があって、反体制ゲリラが現実にラップトップPCとアマチュア用のハンディートランシーバーで、暗号メールで攻撃作戦の指示を受けたり、戦果を本部に連絡したり、自分の主義・主張を載せての「情報戦」までやってのける事もあるようだから、「これでは規制もしたくなるだろうな」というのも理解できる。
言論の自由があるとか、暗号を自由に使えるのって、比較的政情が安定していて、うまくいっている国だけの、いわば「贅沢」なんでしょうかね。治安が悪くて、政権がコロコロ変わっているような国だと、そんな余裕は無いです。もっとも、「先進国」でも余裕が無くなって来ると、例えばアメリカで徴兵制度が復活 [moe-nifty.com]とか、本性を剥き出しにしますけどね。
ただし、日本でもアメリカでも、「反体制的」と見なされる立場の運動をしている人には、現在でも「自由」なんて物は実際には無いと感じていると思います。公の政党である共産党本部は公安がビデオで盗撮していたし、反原発のデモに参加していたら機動隊員に一方的に殴られたとか、あるようです。ただ、そういう運動に関わっていない人は日本は自由があるように見えます。それは中東諸国でも、旧共産圏でも、政府のやる事に文句を言ったりせず、フツーに暮らしている分には、意味も無く逮捕とかはされないのと同じです。
結局、「言論の自由」は程度の問題に過ぎず、どこの国も問題がありますね。アメリカもマッカーシー旋風とかありましたが、ここ日本の最近の所でも、 住基ネット侵入実験のプレゼンが総務省に中止させられた [itmedia.co.jp]とか、裏金作りの実態を告発した警官が報復人事を受けた [tokyo-np.co.jp]とか、ありますが、どうしたらもっと自由な国になりますでしょうかね? そして、さらに厳しいイランではどうしたら、という事ですかね。
Re:こう見据えておいたほうが自分にとってはいいのか (スコア:1)
/.を見て悲観していてもしょうがないでしょ。
日本には受け入れる体制は整っていないのですが
経済的に豊かなので亡命してくる人が多くいます。
そんな人達が講演やセミナーをやっていますので
そちらへ行ってみたらどうですか?
言論の自由以前に、家族や隣人の命を守るために銃を取った人や
彼らを応援している日本人が大勢いますよ。
if the kid?
Re:こう見据えておいたほうが自分にとってはいいのか (スコア:1)
でも、(社会的)弱者の多くはマイノリティの立場にある。
# 日本みたいなムラの国だと突出した考えとか意見とか持ってるだけで
# マイノリティ的な・うさん臭がられると言うか疎外された扱い受けますけどね。
## このきつさ(社会からの疎外感や圧迫感)は当事者じゃないとわかりにくいかも。
Is Democracy Working (スコア:1)
----
Is Democracy Working? [fukuoka2006.com]
Call for paper: until March 31st 2005, you are invited to submit your proposition of paper [fukuoka2006.com] via the electronic form available on this website.
----
職員室でこんな会議のフライヤーを貰ったので。私の学校からも先生が参加するらしいです。
自信がある方は、応募してみてはいかがでしょうか。来年は向こうに戻っているので見に行きます。
#私は書類を整理整頓するくらいなら出来ますが、スキルもアイディアも無いので、応募も出来ません。
#これは宣伝ではありません。個人的な投稿です。
#会議主催者とは一切関係の無い個人的な意見です。
#政治的な意図は一切ありません。
Re:Is Democracy Working (スコア:1)
イランはいちおう選挙やってるって知ってる?
Re:何が自由なのか? (スコア:2, すばらしい洞察)
日本語に訳すとどちらも「自由」ですが、「言論の自由」は 明らかに後者。
デタラメ・めちゃくちゃをブッこいてもOKという意味じゃないですよね。
Re:何が自由なのか? (スコア:1)
Re:ゲーム脳との違いは何ですか? (スコア:2, すばらしい洞察)
私はBlogが権力の圧力を受けているとは思っていません。
Blogそのものが禁止されている会社なんてのは聞いたことがないし、
きっとBlogじゃなく、本に書いてても結果は同じだったでしょうから。
ただ、Blog、いや、インターネットを通じて出す声がこんなに大きかったのか、と思っています。
Blogやネットの掲示板に何かを書くのは、何かを書いてそれを地域の回覧板にのせるよりも簡単なことです。
でも、回覧板よりもずっと大きな力をもっていて、
大企業や国家が本気で危ないと感じるほどの情報伝達力があることに驚いています。
そりゃ、世界中につながっているのですから、当然と言えば当然ですが、
そんなのが家で簡単に出来てしまうことに頼もしさと恐ろしさを感じるのです。
1を聞いて0を知れ!