OSSコミュニティの「萌え」の微妙な関係
タレコミ by
あるAnonymous Coward 曰く、
Ubuntu Linux5.04にMPlayer、acroreadなどを全自動でインストールするツールを同梱したISOイメージを配布しているUbuntu-jaで、ちょっとした珍事が起きたのでご紹介したい。
ことの起こりはUbuntu-jaのアイデアプールにArt Workとして「Ubuntu-tan」の文字が記されたことにさかのぼる。冗談まじりと思いきや「密かに発注済み」と経過が記され、やがて完成品が2chのUbuntuスレで晒されるに至り当スレは騒然となった。
現時点Ubuntu Linuxに正式な日本ユーザー会は発足していない。配布ツールがインストールするアプリケーションのライセンスの問題か、Ubuntu-jaは本家Ubuntuとは別物として配布されている。
しかしUbuntu-jaの関係者がすでにubuntulinux.orgのドメイン上から多くの日本語情報を公開していたことから、Ubuntu-jaをあくまでぽえりなのような2次ディストリとして扱うべきかどうかについては以前から緒論あった。日本におけるUbuntuのパブリックイメージが「萌え」にされることへの懸念がユーザー層にとまどいを産み、「あくまでデザインの一種として」扱われることを望んだUbuntu-jaの当事者たちと衝突したかたちらしい。
SCIM-Wnnや巫女GNYO/Linuxなど、オープンソースコミュニティにおいて「萌え」がフィーチャーされた例は多々あるが、本家が別にあるLinuxディストリビューションは未だ前例がない。一方で「萌え」を世界に誇るべき日本のムーブメントと持ち上げる向きもある。古くは公式マスコットになれなかったRubyちゃんなんて例があったが、「萌え」はこの世界でどれだけ一般化されたのか。一般化させていいものなのか、/.erの忌憚ない意見をお聞かせ願いたい。