著名な学者からの酷いアドバイス、科学者になるのに高度な数学リテラシーは必要ない 3
タレコミ by eggy
eggy 曰く、
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米国の昆虫学者エドワード・オズボーン・ウィルソン氏がThe Wall Street Journal記事で、科学者になるのに必ずしも高度な数学リテラシーが必要なわけではないとし、数学が苦手だからといって科学分野に進むことを諦めないよう研究者を目指す若者に向けてアドバイスしている。Byte Size BiologyブログのIddo氏は、ウィルソン氏のアドバイスは科学的素養がなくても良いと若者が受け取りかねない危険な意見であるとし、ウィルソン氏の考えに反論している(本家/.、The Wall Street Journal記事より)。
ウィルソン氏自身、アラバマ大学に入ってから代数学を学び、微分積分はバーバード大学教授であった32歳の時に学んだのだが、数学の成績は常時Cだったとのこと。氏によれば、高度な数学リテラシーを必要とするのは素粒子物理学、天体物理学、情報理論くらいで、科学において数学より遥かに大切なのは発想力なのだそうだ。
一方のIddo氏は、著名な科学者であるウィルソン氏個人が、数学的素養が欠如しながらも科学者として成功しているからといって、それを他の人にも当てはめるのは危険であるとしている。こうした例として、大学を卒業していないにも関わらず事業で大成功を納めたビル・ゲイツ氏を挙げ、ゲイツ氏の真似をして大学を卒業せずに起業し、失敗した若者が大勢いたことについて触れている。
ウィルソン氏は、数学的素養を持たなかったが科学者として名を残したダーウィンを挙げ、発想が先立ち数学的根拠は後に付け加えられたとしているが、これに対してもIddo氏は、ダーウィンが「数学の主な法則を少なくとも理解するための努力を怠ったことを深く悔やんでいる。こうした素養のある人は、超感覚的能力が備わっているみたいだ」と書き記していたとし、生物学的思考において数学が極めて有効であると説いている。
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議論噛みあってなくね (スコア:2)
ウィルソン氏「数学ができないからって、科学者の道を諦めるのは極論」(できた方がいいだろうというのは言わずもがなの前提)
Iddo氏 「科学者ならば、数学ができた方がいいことが多い」
数学は必要になる時もあると覚えるべき (スコア:1)
一応、物理や数学は覚えておくべきだけど、それをやっていると時間がなくなることも考えるべきかも。
最近はマセマティカやなんかもあるし、定理の自動証明のプログラムを組んでいる人もいて将来的に証明が自動的に出来てしまう予想もあるので数学は使うのに知っておいた方が良い知識になる可能性は大だと思っている。
数学科から一言() (スコア:1)
dodongaです。
リテラシーの定義はどこまでしょうか。コレがないと議論が始まりません。
曖昧なので以下、日本教育における高校数学・高校倫理前提で。
天才は意識せずに身に着けているでしょうが、哲学・論理は必要です。
思想のみで哲学なく、思想のみで論理なく、哲学のみで思想なく、論理のみで思想なく※1
の議論を進めて、理論になったものもありますが、カッコとした論理なき思想は議論が不毛・後世で覆されます。
#ただ、ニーチェの様に哲学のみだと、実態が追いつかない面が多々あります。
論理なく思想も同様です。
哲学なき思想も同様です。
論理は、どの時代・分野でも必須です。どの学問でも必須です。
論理が展開出来なければ、全て空論です。当然、反論も論理が展開出来なければ、全て空論です。
空論に学問はありません。
#↑の文が分からない人は「論理」を「論理学」で捉えているのでしょう。
# または、哲学を「文系」と思っているのかも。
# または、「論理」の意味も分からないのかもw
数学は論理が正しいかどうかを教えてくれます。
この意味ではリテラシーとしては人として必須の知識です。
リテラシーの定義がハッキリしないのでタレこみ文は読んでいて違和感があるのでしょう。
リンクを読むべきです。
最後にクイズです。
※1を記述するのに数学的リテラシーは必要だったでしょうか。
閑話休題