ADの日記: 簡単であるという幻想
日記 by
AD
「自分が理解できているということは簡単である」
…と我々は無意識的に思ってしまうことが多いのではないか。
しかし、「自分が理解できているということは簡単である」は幻想である。
あなたは、自分が経験済みのことを他人に「簡単だ」と言ってしまうことはないか。あなたにとって簡単なことが、必ずしも簡単ではないということを理解しているか。
例を挙げるならば、私はPCの自作をすることがある。私はそれを簡単だと感じる。少なくとも難しくはないと感じる。
しかし、自作経験のない友人は、「絶対的な知識量が足りない」「やり方がわからない」などといい、「自作は難しい」という。私にとっての簡単は彼にとっては難しいなのだ。
「簡単/難しい」というのは多くの場合、主観的なものであり、必ずしも相手に当てはまらないと言うことを多くの人は気づかない。気づいているといっても、意識できない。
経験というものは、慣れというものは、大きな資産である。慣れているものに対しては適切な対処が出来る。だから不安を感じることなく、難しいと感じること少ない。
逆に慣れていないもの、未経験なものというのは、ただそれだけで不安であり難しいと感じる原因になる。
それを過小評価しているということに、気づく人は稀である。
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