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ADの日記: 原子力発電について3

日記 by AD

多くの利用者は原子力について無意識、無自覚である。

「技術とは意識されずに安全であるべき」と思っておられる方も多いと思うが、それは開発者側が心がけるべき意識ではあるが、利用者が甘えるべきものではない。

現にコンピュータウィルスなどいい例だろう。それに対して無意識であるというだけで他人に迷惑をかけることもあるし、自身が被害を被ることもある。
何か特別な技術や道具を使う人間は、それに対して意識的であるべきである。
「意識せずとも安全であるべき」は利用者の怠慢を肯定するための文句にあらず。開発者への厳しい激励の言葉である。

核がどのように危険なのか。放射能とはなんなのか。物質によって放射される線の種類は違うのか。どのような事態だけは避けねばならないのか。…きっと多くの人はこんなことは考えない。マスコミが「原発で事故があった。放射能が漏れた。業者と国の体質に問題がある。」などと報じれば、その人たちを悪者扱いしてお仕舞いである。本当にそれでよいのか。

私は原子力発電について無意識でいることは避けるべきであると思う。人々が無関心であればあるほど、原子力は本当に危険なものになってしまいかねない。大きな負荷がかかる技術は常に疑うべきなのである。特に依存度の高い技術であれば尚更である。

悪口を言うだけでなく、本当の興味を持って欲しい。それが原子力を監視する目となり、見守る目となる。それは我々凡人にとっても原子力関係者にとっても望ましいことではないか。

もし原発で事故が発生した時、マスコミが報道すべきは「何がどのように漏れたので、どうすべきではないのか?」ということのような気がする。しかも、放射能という「放射線を発する性質」をあたかも「物体」のように報道するのではなく、放射性物質が漏れたのか、放射線が漏れたのかを明確に分けるべきである。

α線、β線、γ線、中性子線はそれぞれ違う性質のエネルギー線であり、人体に与えるダメージもまた異なる。故に事故、特に放射性物質が漏れ出したときに本当に知りたいのは、「どのような物質が漏れ出して、それはどのような種類の放射線を出すもので、どれぐらいの量が漏れ出しているか?」ということといえる。少なくとも私はそう思う。一番危険なのは内部被爆なのだから。

無論、原子力の運営怠慢を批判すべきことだと考えられる。しかし原子力報道に関してはマスコミの情報提供の品質にも問題があるといえる。(用語ミスをしている私に言われたくないお話w)

報道機関が原子力を監視し、知らしめる役目を担っていると思うのなら、もう少し真摯な報道を期待したい。

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ハッカーとクラッカーの違い。大してないと思います -- あるアレゲ

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